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混濁

久しぶりの投稿です。愛読する某異世界小説のWeb版の最終回に、メタボ氏=ノームの記載を見つけまして、「これはもしかして?」と勝手に盛り上がり、葛藤を繰り返した結果、こちら側で勝手に書くという暴挙に出ます。はっはっはっは。


それから誤字修正いただいている方、ありがとうございます。助かります。

その日の朝、オレは夢うつつだった。

元の世界で過ごしたオレの記憶、異世界小説の物語、ゲーム世界、

この世界でウノとして過ごしている現実とが交差する。

記憶。

物語。

ゲーム。

現実。

この世界は現実なのか?

ステータス画面が見えるこの世界が現実だって?信じられない。

この世界はゲームじゃないのか?ゲームだろ。

となると現実はどこに行った?

現実が無いなんてありうるのか?

…オレは混乱している。

・・・

痛ぇ。

物語は二日酔いの状態で始まった。

オレは頭をガシガシと手で掻く。完全に二日酔いだ。

身体が重い…。

そして、暑い。

いや…重いのも暑いのも、いつものことだった。

オレが着ているのはTシャツ一枚とパンツ一丁。

オレはベッドから起き上がり、よろよろとズボンを履いた。

着ているTシャツをくんくんと嗅ぐと臭い。

窓際のカーテンレールに干しっぱなしのTシャツに着替えた。

そして薄い半袖シャツを羽織る。

これは昨日と同じだが…まあいいだろう。

暑い。汗が噴き出る。

とりあえず歯を磨こうとキッチンシンクに向かい、

歯ブラシに歯磨き粉を少し乗せて、口の中に突っ込む。

…ゴシゴシ。

おえっ。

…ゴシゴシ。

おえっ。

オレは何度もえづきながらも、どうにか歯磨きを終えた。

ぶふぅ。

さあ、会社に行こうか。

今日は日曜日。休日出勤だ。

・・・

オレは会社のビルでエレベーター待ちをしている。

「よっ、メタボ氏。」

声をかけてきたのは上司だ。

今オレが抱えている2つのプロジェクトのマネジャーでもある。

オレは会釈する。

「…どうも。」

オレの口は重い。オレは口下手で、コミュ障だ。

ごく一部のケースを除いて、オレが口に出せる言葉は

「どうも」「はい」「それはちょっと」「資料を送りました」

という数パターンに限られる。

「相変わらず愛想が無いねえ。」

「すみません…。」

忘れていた。

オレが口を出せる言葉のパターンには「すみません」もある。

追加だ。

エレベーターが到着した音がピポーンと鳴った。

オレと上司はエレベーターに乗り込む。

エレベーターのボタンは上司が押してくれた。

オレは会釈してエレベーターの階数表示を見つめる。

無言の空間。

長い無言。

悪くない。

無言は心地良い。

大きな声が飛び交う場よりも何百倍もマシだ。

ピポーンと音が鳴り、エレベーターの扉が開いた。

オレはエレベーターの扉を押さえて会釈する。

上司が先にエレベーターを出た。

オレもそれに続いてエレベーターから出る。

オレは上司の後ろを歩くことを避け、あえて自動販売機コーナーに向かう。

ミルクたっぷりの缶コーヒーを交通系ICカードで買って、プルタブを開け、口に運ぶ。

甘くて美味い。

コーヒーの苦味はまったく感じない。

「ぶふぅ…。」

オレの毎朝のカロリー源は、コレだ。

さあ、今日もまた、サ…じゃなくってプログラマーに、

いろいろ伝達してお願いしなくてはならない。

オレの仕事は「伝達してお願いする」ことだ。

・・・

ゲーム業界の会社は大別するとパブリッシャーとデベロッパーに分かれる。

モンスターを仲間にしてボールの中に閉じ込めておき、

バトル時にボールからモンスターを取り出して戦わせる超人気ゲームがあるだろ?

「ぼーるもん」だ。

世界ナンバーワンのゲームメーカー天運堂。

それからゲームの愛称そのものを冠した会社ぼーるもん。

その2社はパブリッシャーであって、

デベロッパーはゲームオタークという会社だ。

ゲームオタークを知る人は少ない。

デベロッパーの名前を見る機会は少ないのだ。

見る機会が多ければ覚えられ、

見る機会が少なければ忘れられる。

ちなみにオレが働くこの会社はデベロッパーに分類される。

ゲームオタークのような超一流デベロッパーではない。

もちろんクライアント、すなわちパブリッシャーは天運堂ではないし、

ぼーるもんでもない。

誤解無きよう。

そしてオレの役割はプロデューサー。

秋ほにゃピー、みたいな製作統括みたいな印象があるが、オレはそうじゃない。

なんというか、肩書だけだ。

「伝達してお願いする」のが仕事であって、

オレが持っている裁量は皆無に等しい。

仕事の能力も低い。

統括?なにそれ?

ずっと板挟みの連続だ。

誰と誰の板挟みなのかって?

クライアントとプログラマーの板挟みだ。

ほぼ毎週1回から2回あるクライアントとの飲み会。

しかも割り勘。

このご時勢、会社から接待費が出るわけがないのだ。

オレは昨晩の飲み会を思い出した。

土曜日の飲み会だ。

くそっ。

思い出すとイライラするなあ、もう。

オレは酒が好きだが、クライアントとの飲み会で酔うわけにはいかない。

酔った勢いで、何でもやりますと安請け合いをしてしまったら?

もしも録音されていたとしたらどうなるか?

恐ろしくて仕方がない。

口約束だとしても約束は約束だと詰め寄られる。

だから飲み会では酒を飲めないフリだ。

クライアントからのムチャ振りを必死で受け流しつつ、

来期の保守工数の確保をお願いしつつ、必死に会話する。

数十種類の笑顔を使いこなす。

笑顔から笑顔へ、ゆっくりと笑顔を変化させる。

コミュ障のオレにとってはハードすぎる仕事だ。

いつもいつも、なんてこった。

さらに昨晩はクライアントからのムチャ振りを受け流しきれなかった…。

幾つか受けてしまったことがある。

それで自己嫌悪。

自宅アパートに帰ってからストロング系で独りヤケ酒。

飲まなきゃ不安で眠れないから仕方ない。

そして今日は二日酔い。

自分自身がイヤになる。

ぶふぅ。

待て待て。

今は会社だ。

昨日を思い出してイライラしてどうする。

サ…ーてと、鈴木氏、鈴木氏…。

いた。

昨晩クライアントから依頼された内容を鈴木氏に相談しよう。

オレはなるべく床を軋ませないよう、鈴木氏の背後に近づく。

「サト…、鈴木氏にお願いしたいことがあるんだけどさ。」

いつもいつも、オレは鈴木氏の苗字を間違いそうになる。

オレに言わせれば、これは鈴木氏が悪い。

彼が開発中のゲームで使うキャラクターの名前は一貫していて、

日本中によくいる苗字、サで始まりウで終わる苗字に酷似しているのだ。

これは仕方ないだろう。

オレは悪くない。

「難易度設定でクライアントから要望が出てさ。ゲームが難しすぎるって。」

「…歯ごたえがあるように難しくしろってコンセプトでしたよね?」

「それが、テストプレイしたら難しすぎて、これじゃあダメだって。」

「でも今からじゃ難易度調整し直すのはスケジュール的に無理ですよ?」

「そうだよね…。どうしようかなあ…。」

オレはコミュ障だが、鈴木氏と会話するのは苦にならない。

鈴木氏は論理的だし、いつも冷静だし、いつも何とかしてくれる。

鈴木氏が怒る姿をオレは想像できない。

「うーん…。じゃあ、初期アイテムとしてマップ兵器を配って…。」

ほらね。

今日もまたアイデアを出してくれて、何とかしてくれそうな感じだ。

まったく頼りになる。

「じゃあ、それで。よろしくー。」

オレはミシミシと床を軋ませて歩く。

自分の席に着席したら、速攻で個人のスマホからクライアントの個人スマホに電話する。

これがオレの必殺技、疾風のウインドストリーム。

プルルル…。ガチャ。

「どうも。昨晩の件にアイデアが出まして。グッドアイデアです。」

オレは早口で鈴木氏のアイデアをまくしたてた。

これがオレの必殺技、音速のソニックワード。

向こうは昨晩の飲み会のオレと別人のように思うだろうが構わない。

今回の問題点は難易度にある。

鈴木氏のアイデアはマップ兵器3発。

インパクト抜群、カンタン操作、無制限でなく3発だけ。

プレイヤーにわかりやすいとか、直感的に理解できるとか、

そういうニュアンスの言葉を繰り返す。

ゲームスタート開始!

簡単なイージー操作!

直感的なフィーリング!

強大なエネミーエンカウントに遭遇!

ピンチから大逆転のリバーサルアタック!

隕石がメテオフォールして雨のように降り注ぐ!

いきなり過剰にインスタントオーバーキル!

衝撃のインパクト!

斬新なエクスペリエンス体験!

…。

クライアントにオレの熱意?が伝わったらしい。

これがオレの必殺技、猛火のフレイムファイア。

意図的に意味が近い言葉、英語と日本語を重ねるのだ。

受け取った側は戸惑うため、言葉の使い方として本来は望ましくない。

現代文の試験なら減点対象だろう。

だが効果はある。

言葉に対してコンマ数秒の戸惑いの後、

「なにそれ?」でなく「まあ、いいか」を選んだ時、

中身についても一緒に「まあ、いいか」を選んでしまいやすい。

これは相手を煙に巻く行為であり、思考誘導の一種だ。

だがオレに罪悪感は無い。

こちらも昨晩、同様の言葉を散々聞かされている。

コンプライアンス遵守、エクスペリエンス体験だ。

今回は、こちらも最後にエクスペリエンス体験を使った。

だから大筋で合意できていると理解してもらえた。

この後はメールだ。

先ほど電話でご理解いただいた内容は具体的には云々。

こっちは簡潔に箇条書きする。

メール送信っと。

やったぜ。

さーて。安心したら腹が減ってきた。

そうだ。今日の昼飯は二郎に行こう。

ロットマスターとしてのオレの活躍を二郎の店主も待ちわびている。

ラッキーなことに会社の近くにある二郎は、日曜でも昼営業がある。

健康のことを考えて、小のヤサイマシカラメにしよう。

ニンニクはナシで。匂うからね。

アブラはデフォルト。増してリバースしたら涙目になる。

よーし。そうと決まったらシャッター二郎しようじゃないか。

ぶふぅ。

オレはノシノシと床を軋ませる。

そうして物語が終わった。

・・・

とある異世界小説に似たような描写があったような気が…?

オレはメタボ氏と呼ばれていたか…?

オレはゲーム会社でなく大手IT企業のシステムエンジニアだったが…?

はて?

いや…。

大手IT企業を辞めて再就職したんだっけ?

うーん?

再就職?

ゲーム会社に出向だったか?

病気になる直前、ゲーム会社に人材交流の一環として出向した…か。

その時の肩書きがプロデューサーだった…か。

プログラマーとしてでないのはバグを作りこんでしまう可能性を考えて、

バグの責任を回避するためだった…か。

そうだ。

オレが出向者であるが故にオレに対しては「氏」を付ける。

そして、メタボというニックネームにも理由がある。

出向元の上司のせいだ。

あのクソ上司。

歓迎会でオレの事を頼むときの言葉がヒドかった。

「このとおり彼は太っているからメタボとでも気安く呼んで仲良くやってほしい。」

確かにオレは、かなり太っていた。

だがメタボと呼べというのはムチャ振りだろう。

オフィス内のマナーから逸脱している。

オレは歓迎会の席でそう思った。

だが出向先の上司は、エレベーター内でオレをメタボ氏と呼んだ。

出向元がそう呼べと言ったから出向先の上司はそれを守った。

そしてオフィス内では、オレをメタボ氏とは呼ばない。

オレをきちんと苗字で呼ぶ。

出勤前のエレベーター内は「オフィス内」ではない。

微妙だ。

グレーゾーンだ。

メタボと呼んで仲良くしろという無茶振りと、

メタボと呼んではいけないオフィス内マナーの矛盾。

落としどころとしては悪くない。

そうだ。

完全に思い出した。

…?

あれ?

そうだったよな?

オレの過去の記憶が修正されていく。

オレが納得できるように記憶が修正されていく。

オレは自覚してそれを受け入れる。

記憶が混濁する。

記憶とは、これほどまであやふやなものなのか。

これは…記憶操作されているか?

創世の女神アイアのチートスキルによる記憶操作か?

だとすれば、さっきのメタボ氏の物語の記憶は、いつ捏造された記憶だ?

それとも忘れていた記憶をオレが思い出したのか?

捏造された?

思い出した?

区別できない。

…やはり記憶操作は究極のチートスキルだ。

完全に何でもありだ。

・・・

オレは目を見開いて上半身を起こした。

視界の端には見慣れたステータス画面がある。

オレはアイテムボックスから手鏡を取り出してオレ自身を見回す。

ホッ。

どこからどう見ても、ちっこいノーム。

人間の見た目で言えば8歳、いや9歳か?

ウノとはオレの事。

オレは風呂と掃除とロボットと発酵と医療とマッサージの神ウノ。

ベッドにはルカとガーベラ、たまがいて、

ベッドサイドの床にはシロが眠っている。

今のオレはメタボ氏じゃない。

それに元の世界で病気で入院してからはグングン痩せていったし。

…ふぅ。

メタボ氏の記憶は封印かな?

思い出したくない。

そうなるとジロリアンも封印だ。

オレは部屋の窓を開けた。

清新な空気が部屋に入り込んだ。

オレは青空を見上げる。

青空に浮かぶ雲はなんとなく人影に見えた。

どこかの世界にいるサト…、鈴木氏には大きな感謝を捧げたい。

ノームとして元気に生きてます。

ありがとうございます。

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