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チョーク

これは大いなる神の視点。

ウノが元いた世界では宇宙速度は6つ設定されている。

・第一宇宙速度:人工衛星になるために必要な速度。時速2万8000km。

・第二宇宙速度:地球の重力から脱出するために必要な速度。時速4万km。

・第三宇宙速度:太陽系の重力から脱出するために必要な速度。時速6万km。

・第四宇宙速度:天の川銀河系の重力から脱出するために必要な速度。時速108万km。

・第五宇宙速度:銀河集団の重力から脱出するために必要な速度。時速360万km。

・第六宇宙速度:宇宙の重力から脱出するために必要な速度。時速10億8千万km。

ウノが元いた世界と今いる世界。

設定は同じなのか、違うのか。

・・・

おや?昼に近くなって雨が止んだな。

さてさてさーて。

腹が減ったし、食堂に行こう。

昼食のために食堂に向かうオレは、女性エルフ忍者を発見した。

おーい、ルーシィ。

大発見!大発見だぞ!

「どうした?」

ルーシィは怪訝な目つきでオレを見た。

ルーシィはオレ同様に異世界転生者であり、物理学はオレより得意だ。

第一宇宙速度が時速で数万kmだという知識はルーシィから教えてもらった。

具体的な数値はもう覚えていないけど、ルーシィは具体的に知っていた。

「…第一宇宙速度は時速2万8000km。それがどうかしたか?」

えっとさ。

以前、空の旅をしていた時に話題に出ただろ。

飛空船ジュールベルヌが時速60km程度じゃスピードに不満って話。

もしも宇宙船エンタープライズ号を建造するなら、

第一宇宙速度を実現する必要があるんだぞってニュアンスでさ。

ルーシィはジト目でオレを睨んだじゃん。

「あの時は目が悪かった。許せ。」

そっか。

そうだったね。

今はどう?視力は回復したんだよね。目の調子はいい?

「おかげさまで。」

目元を細めたルーシィはそう言って懐の小太刀マサムネを撫でた。

そして、お腹を撫でた。

授かっているのはサムライの神アルファの子だ。

くれぐれも言っておくが決してオレの子ではない。

オレの妻はルカであり、オレは浮気をしない!

オレにとって浮気は死を意味する!

はあ…はあ…。

「…誰もそんなことは言っていない。」

うん…。それは良かった。

…。

けっこう、お腹が目立ってきたね。

妊婦さんだなってすぐにわかる。

「そうか…。」

エルザやリリーナとは最近会ってないから分からないけどさ。

順調だといいな。イースはどうなんだろ。

あまり目立った感じはしないけど。

後でミラから状況を聞こうかな。

直接イースに聞くのもありっちゃありなんだけれどもね。

センシティブ(繊細)でありデリケートな話題だからね。

それに女性陣に対する毎晩のマッサージは、

モモカとユカリ先輩に任せている。

だから直接会う機会が減っているんだ。

「…。イースは、拙者よりも遅れているようだな。」

そっか。

ルーシィもイースも同じエルフという種族だけれど、年齢も違えば体格も違う。

イースは140歳くらいだっけ?

見た目的に少女だしな。

えーと、ルーシィは…ごほん。

オレは目を逸らして空を見上げる。

…妙齢だ。

順調ってのは良かった。

さー昼食だ。ハラが減ったな。

「それで第一宇宙速度の大発見とは?」

そうそう。

そうだった。

時速数百キロくらいあれば、ゆっくりながらも宇宙に行けそうなんだ。

「ふーむ?」

ルーシィが首を傾げた。

第一宇宙速度ってのは、地球の重力に逆らうってことだろ?

そもそも第一宇宙速度ってのは、高校の物理で学ぶよね。

具体的な計算式は忘れたけども、

地球の半径Rと重力加速度gから求めるだろ?

Rもgも定数。

変化しない数値を定数と呼ぶ。

だから第一宇宙速度を計算によって求めることができるんだ。

それが物理学。

だけどさ。

それはあくまでも元の世界の話。

この世界においては重力加速度は定数ではなく変数なんだ。

変化する数値を変数と呼ぶ。

思い出した。

元の世界では重力加速度は9.8だったよな。

単位は忘れたけれども、数値は9.8ってことだけは覚えてる。

この世界ではグラビティゼロの魔法で、

9.8よりもずっと小さくできる。

例えば0.1とか。

あー!

今思い出した!

加速度の単位はm/s^2だ。メートル・パー・秒の二乗。

いわゆる速度なら、m/s。メートル・パー・秒。

加速度の場合は、秒じゃなくて秒の二乗で割るってのがミソ。

元の世界の重力加速度は、ズバリ9.8m/s^2だ。

「正解。」

ルーシィは頷いた。

やったぜ!

それでさ。

この世界は魔法により、重力加速度が変化する。

物体それぞれの重力加速度を個別に変化させられるって感じ。

魔法により重力加速度は、0.1m/s^2くらいまで減るって感じ。

9.8と0.1なら、ざっくり二桁違う。

時速2万8000kmの桁を2つズラせば時速280kmになる。

グラビティゼロの魔法を使えば、

第一宇宙速度は時速280kmくらいになるんじゃないか?

もしかしたら宇宙に行けちゃうだろ。

宇宙に行けるなら行っちゃう手もあるかも。

そういう発見。

大発見だろ。

「…興味深い。もう少し話を聞こう。」

ルーシィは微笑んだ。

オレとルーシィは並んで歩き、おしゃべりしながら食堂に向かった。

・・・

あ。ミラがいた。もう食べてる。

あれ?イースがいないな。

ミラ。

イースはトイレか?

「つわりがひどくて、昼食は食べないそうです。」

ミラの表情は暗い。

つわりか…。

つわりは妊娠初期に見られる吐き気の症状だ。

妊娠1カ月~3カ月頃であることが多いと記憶している。

結婚式をしたころがちょうど3カ月くらいだったから、

懐妊した女性陣につわりが無くて良かったと思っていた。

イースは今になって、つわりか。

妊娠の進捗具合は人それぞれということか。

人間とエルフの種族差もあるのかもしれないな…。

「イースはずっと食欲が無くて、食べていないに等しいんです。」

甘いものは?

「ダメです。苦く感じるそうです。」

酸っぱいものは?

「腐っているように感じるそうです。」

甘酸っぱいものは?

「ダメです。腐っている気がすると言います。」

しょっぱいものは?

「何も感じないそうです。」

一応聞くけど、苦いものは?

「ものすごく苦く感じるそうです。」

うーん。

それじゃ何も食べられない。

なるべく味がしないものを選んで義務感で食べる感じだろう。

無理やりごっくんと喉を通すと言うか。

ミラは左右に首を振って否定した。

「口の中に何かを入れるだけで吐き気がすると言います。飲み込めません。」

うーむ…。

口の中に入れて気持ち悪いなら喉を通ることもない。

今後の経過では点滴することもありうる。

果糖ブドウ糖液糖からブドウ糖だけを分離して、点滴液を準備しておこう。

昔のオレならブドウ糖を分離するのは無理だったが、

今のオレなら分離可能だ。

鬼のパンツの量産をしたことでナノファイバーの操作技術も劇的に向上し、

オレは元の世界で言うところの「クロマトグラフィー」レベルの分離が可能になった。

それはそれとして。

ひとまずミラは、なるべくいつも通り食事するように心がけてくれ。

共感力が高すぎる夫は、妻に共感して、つわりになることがある。

ミラがつわりになることは避けてくれ。

ミラは頷いて食事を続けた。

モグモグごっくんと飲み込んでいる。

…しかし、なるほど。

だからルーシィが「拙者よりも遅れている」と言ったのか。

オレは知識不足だ。

つわりで苦しむ妊婦であっても甘酸っぱいフルーツだけは別で、

美味しく感じるケースが多いという程度の知識しかない。

だが、オレは医療の神。

妊娠は病気ではないが、苦しんでいるなら病気と同じだ。

・・・

食堂にルカがやってくるのをオレは待った。

待つのは苦にならない。

どうすればイースがつわりを克服できるかを考える。

頭の中はそれでいっぱいだ。

ルカがやってきて、オレはルカと一緒に食べる。

そして上の空のままで昼食を終えた。

・・・

オレは工房に戻ってきた。

工房の椅子に寄りかかって考える。

ふーむ。

これは難題かもしれない。

キュアだろうがヒールだろうがディスインフェクションだろうが、

つわりには効果がない。

この世界にはHPやMPがあると言っても、

ヒールで満腹にはならないし、食事でHPが回復することもない。

ふーむ…。

「つわりでも食べられる食べ物は何か?」

ではアイデアが出なかった。

オレがつわりの当事者でないせいで、発想上の限界がある。

ならば、別の方向で発想してみたらどうか。

「食べ物ではないが、食べても問題ないものは何か?」

これくらい奇妙奇天烈でも問題ないだろう。

…そうだ。

土、氷、異食症。

無性に土や氷を食べたくなる病気として異食症というのがある。

異食症になると土やチョークが食べたくなるのだという。

「栄養価が無いと分かっているものがむしろ食べたい」らしい。

土は食べ物じゃない。

土を食べたら害になりそうだ。

土を食べてはいけない。

でも食べたい。

そのジレンマで異食症の患者は苦しむとのことだ。

その時に代替品として出てくるのが「氷」。

氷が溶ければ水になる。水は体にとって一番必要なもの。

だから氷=水を免罪符のようにして氷をガリガリと食べる。

それが異食症だ。

気持ちはわかる。

オレが大学院生だった頃の話だ。

大学の研究室がある共用スペースには製氷機があり、

24時間365日ずっと、実験で使うための氷が作られている。

その製氷機で作られる氷は手頃なサイズのクラッシュアイスだ。

見る分には美味そうに見えるが食べてはならない。

溶けるとゴミが浮かんでくる。

衛生的に問題があるのだ。

教授からは食べてはいけないと釘を刺されている。

だが食べたい。食べてしまう。

研究室での実験が深夜に及ぶと、何かを食べたい気持ちが出てくる。

同じ研究室の仲間は、タバコをチェーン・スモーキングするか、

氷を食べるか、太るのを覚悟してスナック菓子を食べるか。

そのいずれかのパターンだった。

あ。

もう1つ、一番ヤバいパターンがあった。

純度99.5%の実験用エタノール、すなわち無水エタノールに手を出すパターンだ。

オレの先輩の1人は、毎晩のように、絶妙な調合を発見したと言って、

水とブドウ糖と塩とクエン酸を混ぜてはチビチビ飲んでいた。

オレは無水エタノールには微量のベンゼンが含まれていますよと指摘した。

「んなこたー分かってる♪」

それはそうだ。

先輩当人から教えてもらった知識なのだ。

オレは、飲んだらダメだと先輩が教えてくれたんじゃないですかとたしなめた。

「分かっちゃいるけど止められない♪」

懐かしの昭和歌謡を口ずさむ先輩。

先輩は陽気に歌いながら密造酒?をチビチビ舐めながら実験していた。

「法律に違反してるから内緒だぞ♪」

逮捕とかより健康が心配ですよと愚痴るオレ。

懐かしい…。

懐かしすぎる…。

オレの目から涙がこぼれた。

・・・

それからの数日間。

オレは異食症の人がガリガリと氷を食べるという発想に基づいて、

幾つかの試作品を作成した。

参考にしたのは元の世界のココアシガレット。

レシピは落雁らくがん

粉のベースは蒸したもち米をついて干したもの。

いわゆる干し餅だ。

それを微粉といっていいくらいまで細かな粉末にする。

水と水飴を1:1で調合した液体を用意し、干し餅の微粉を加える。

それにちょちょいと幾つか白い粉を加える。

よーく練る。

オレ特製の木枠に入れてぎゅーっと押し固めれば、完成だ。

これは医薬品の粉末を錠剤にするのと同じ手法。

圧縮成型して医薬品の錠剤を作る作業を打錠と呼び、

それを自動化した機械を打錠機と呼ぶ。

オレは産業用ロボットとして打錠機ゴーレムを作った。

なぜならオレはロボットの神でもある。

オレはオレらしくありたい。

・・・

オレはミラとイースの部屋にお邪魔している。

ちなみにオレは脇に黒板を抱えている。

じゃーん!

オレはイースの目の前に、細長い木箱を差し出した。

そしてフタを開ける。

パッカーッ!

見てーっ?

カラフルなチョークが入っているだろ?

オレは箱から白いチョークを一本取り出し黒板に書いた。

食用チョーク。

オレは手にしたチョークを口に運んで、ガリガリと噛み砕いた。

ガリガリ。

ガリガリ。

ごっくん。

ミラとイースも食べる?

ミラとイースは顔を見合わせた。

恐る恐る手を出すミラとイース。

ミラは青、イースは黄色を手にした。

2人は頷き、タイミングを合わせてチョークを口にする。

ガリガリ。

ガリガリ。

ごっくん、ごっくん。

「ほとんど味がしません。」

「でも気持ちいい食感♪」

だろ?

美味いかと問われれば、美味くはない。

微かに甘いだけ。

だけど何本か食べれば気づく。

あまり美味くないってのが、むしろウマい。

結局ウマい。

「ほんとですか?」

「美味しい♪」

イースの言葉にミラが驚いた。

イースはガリガリと黄色いチョークを食べている。

ミラはオレに笑顔を見せた。

「栄養はあるんですか?」

そりゃもちろん。

オレが作ったんだぞ。

栄養価は結構いい感じに整えてある。

主成分はもち米と水飴。

添加物に乳酸菌と卵の殻だ。

卵の殻はゴミ箱代わりにオレのアイテムボックスに保存してたからな。

きちんと焼いてカルシウムの粉にしてから加えてある。

それからチョークはカラフルだが、単純に色だけ。

植物由来の色だぞ。

どの色にも、フレーバーを一切入れていない。

だから味は全部同じ。匂いもなし。

「これなら食べれそう♪」

そりゃ良かった。

まだまだある。売れるくらいある。

オレはアイテムボックスから食用チョークが入った箱を取り出して積み上げた。

食用チョークの箱のタワーだ。

見てーっ!

タワーはぐらぐらと揺れるが倒れない。

「そんなには食べれない♪」

ミラとイースは大笑いした。

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