第8話 リフィー隊vs魔族
リフィーたちは後続に控える本隊と合流して、状況を説明した。
「わかった。作戦に変更はない。事前の指示通り、薬師の家を包囲する。行くぞ」
事前の調査で薬師の家はわかっていた。
薬師は村の外れにある、二部屋ほどの小さな家にすんでいる。造りはしっかりしていて、石を組み上げて造られている。
その家を五つのチームが取り囲んだ。
残ったセシリアのチームは少し下がった場所に陣取り、不測の事態に対応できるようにしている。
突入の役目は、今回もリフィーたちのチームだった。
「行くぞ」
小隊長が言った。
今度はノックすらせず、ドアを蹴破った。同時、リフィーたちの小隊が一気に踏み込む。
乱雑な部屋だった。薬師らしく、調合材料のさまざまな薬草や調薬に使用する器具がところせましと置かれている。
彼らに背を向ける形で、ローブをまとった人物が座っていた。
「おや、お客さんですか?」
すっとローブの人物が立ち上がり、振り向く。
目鼻の大きい美しい女性だった。情報の通り三〇歳くらいだろうか。豊かな赤髪かローブからこぼれている。口元には余裕のある、薄い笑みを浮かべていた。
この死にかけた村にいる――妖艶な笑みを浮かべた女性。
完全武装した騎士たちが部屋に突入して、笑いを浮かべている一般人などいるはずがない。
(決まりっすね……)
リフィーは長剣の柄を強く握った。
小隊長が口を開いた。
「俺たちは客ではない。お前に聞きたいことがある」
薬師は陽気な表情を浮かべ、手をぱんと叩いた。
「おや、そうなんですね。それは楽しみです。……でも残念。用事があるので待っていてもらえますか?」
「聞けないな」
「それは困りますね。わたしには仕事があるんですよ」
薬師が机の上にあった瓶を手に取った。瓶には紫色の液体がたっぷりと入っている。
「村人たちが病に苦しんでいましてね。この薬で治療してあげないといけないんですよ。人命より大切なことってないでしょ?」
騎士たちの周囲に、怒気がたちのぼった。
(その薬を使って村人を追い詰めたのはお前っすよね!)
小隊長が剣を引き抜き、薬師へと突きつけた。
「茶番劇はそこまでだ。お前の正体はわかっている」
薬師が口を開いて笑った。
ぐるりと首を回して周りを見る。
「そうですか? それは残念ですね。でもかまいません。外にたくさんお友達を連れてきてくれているようですし、あまり待たせるのも仕方ありませんね」
薬師の黒い瞳が、突如として青く染まった。
すました表情が下品なものへと変わる。
「そんなに死ににたいのなら骨まで残らず食べ尽くしてやるわ。前にやってきた騎士たちと同じくね」
その瞬間――
薬師が天井に向かって吠えた。
巨大な狼があげるような咆哮。びりびりとした空気が威圧感となってリフィーの肌を震わせる。
同時。
まるで一斉蜂起したかのように――
無数の狼の声が家の外から響き渡った。
音の出元は明確。
三六〇度すべて。
(囲まれてるっす!)
家の外から、騎士たちの抗戦する音が聞こえてきた。
「ただの野良犬じゃない。魔界から連れてきた腹を空かせた火を吐く野良犬ども。そこら辺の虎だって逃げ出すぞ?」
薬師が大声を上げて笑った。
「包囲しているつもりが包囲されていた。お前たち人間はいつもそうね。間抜けにもほどがある。いい加減、認めたらどう? お前たち人間は狩る側ではなく、狩られる側だということを!」
「黙れ!」
小隊長が薬師へと斬りかかる。
ぎっ、と鈍い音がした。
薬師が涼しい顔のまま素手でつかんでいた。
小隊長が握るブロードソードの刀身を。
「くっそ……!」
「そんなもの?」
嘲弄まじりに薬師が応じ、そして――
「うおっ!?」
小隊長の足が床から離れる。
薬師が剣ごと彼を持ち上げたのだ。
「出直してきたら!?」
軽く腕を振っただけで――鋼の鎧で武装した小隊長の体があっさりと投げ飛ばされ、壁に激突した。小隊長が床へと崩れ落ちる。
「貴様!」
激高した騎士が襲いかかる。
薬師の両腕が閃いた。
確かにそれは素手であり、ただの手刀だった。
にもかかわらず――
一瞬にして騎士の鎧は、まるでバターを切るかのようにたたっ切られ、その身は骨まで切り裂かれた。
「ぶおっ!」
騎士が血を吐いて崩れ落ちる。
もうひとりの騎士が斬りかかった。
薬師の右手が易々と騎士の胸を貫く。まるで背中から真っ赤な腕が咲いたかのようだ。
騎士が口から血を吐きながら、身体をひくつかせる。
薬師の口が耳まで一気に裂けた。
その巨大な口で痙攣する騎士の首に噛みつく。
噛みついたまま、リフィーたちを見てにやりと目だけで笑う。
ごりぃと骨のきしむ音がして騎士の首が噛みちぎられた。
騎士の頭が床に落ち――
ついで、首を失った騎士の体が倒れた。
二人分の大流血で床は赤く塗れ、中央に立つ薬師も真っ赤に染まっていた。
薬師の両手は人間のそれではなく、野獣のように毛深く、その爪はまるで指先にもう一本指がついているかのように長く太く、そして鋭かった。血まみれの口からは親指のような犬歯が生えている。
(な……なんて化け物っすか……)
リフィーは目の前の惨事に呆然となりかけた。殺された騎士たちの腕前をリフィーは知っている。その彼らですら、一方的になぎ倒され、蹂躙された。
リフィーは自分の体が震えていることに気づいた。
敵は鋼鉄の鎧をたやすく切り裂き、人を噛みちぎる鬼。
もはや、人が勝てる領分をはるかに超えている。
悪魔の本性を見せ始めた薬師がにやりと笑った。
「さあ、逃げなさい。恥も外聞も捨てて、醜く無様に逃げなさい。今なら追わずに見逃してあげる。さあ、逃げなさいな」
本当に逃げ出したい――
逃げたい。
リフィーはそう思ったが、しかし、代わりに自分の両ほほを手で叩いた。同時、
「ああああああああああああああああああああ!」
心を奮い立たせようと声を上げる。
(逃げちゃダメっす! 仲間の死を無駄にしないために!)
リフィーは剣を引き抜き、構えた。かたわらにいる騎士も青い顔をしていたが、覚悟を決めて剣をとった。
「ふふ、ひひひ、あははははは!」
血まみれの薬師が調子はずれた声で笑う。
「そうなの? そう? ならいいわ、人の子よ。その勇気が蛮勇ではないことを証明して?」
リフィーたちが一歩踏み出そうとした刹那――
「冷静になれ! お前たち!」
小隊長の声だ。小隊長が床から起き上がりながら叫んだのだ。
「た、隊長! 気がついたっすか!?」
リフィーが振り返る。
「お前の雄叫びのおかげでな。うるさすぎるぞ。だが、目が覚めた」
小隊長がリフィーたちに目を向ける。
「いいか、お前たち。あの化け物には、俺たちだけでは勝てない。あいつを倒すのは、俺たちじゃない」
それ誰なのか、リフィーにははっきりとわかった。
王国の有する最高戦力――セシリア・ニア・カッパート。
「ここは下がるぞ!」
小隊長の言葉を断ち切るように、ぱん、と薬師が手を叩いた。
薬師の顔ににこやかな笑みを貼りつけている。
「ハンデをあげる。ボーナスゲームなんていかが? 今から五数える間だけ、反撃しないし、避けもしない。最大の攻撃チャンス到来ね……いくね? いーち……」
ゆっくりとした調子で薬師が数を読み上げた。
突然の話にリフィーと隣の騎士は焦る。
(え? は? ど、どういうつもりっすか!?)
罠だ、とリフィーは思った。
しかし――余裕をかました魔族の純粋な油断の可能性もある。そうならば、これは千載一遇のチャンスだ。
「にー、さーん、……」
「ばかもの! 早く退けっ!」
隊長の声が重なる。
「しー……」
「うわああああああああああああああ!」
リフィーの隣にいた男の騎士が剣を手に躍りかかった。大上段から薬師の肩めがけて剣を振り下ろす。
岩を殴りつけたような音がして――
騎士の剣が薬師の肩でぴたりと止まっていた。その刃はローブを切り裂いただけで、一ミリも肉に食い込んでいなかった。
「う、うわ、うわあああああああああ!」
信じられないものを見たような表情をして騎士は絶叫し、何度も剣を振り下ろした。
しかし、どの一撃も弾かれるだけ。
「ご」
その瞬間、薬師の手が騎士の剣をつかんだ。直後、耳障りな音ともに、騎士の剣が真っ二つにへし折れた。
「一応、魔法の武器みたいだけど……こんなゴミでわたしを倒そうなんて考えが甘いんじゃないかしら?」
騎士の顔が絶望に染まる。