第70話 妹と平穏に暮らしたい
「二人でひとつ。ならば片翼が落ちれば――それで終わりだな」
魔王が手刀を打ち放つ。
(かわせない――!)
同時、衛はその先にある死を覚悟した。
だが、その瞬間はいつまでたってもこない。
代わりに聞こえてきたのは動揺に染まった魔王の声。
「ぐっ、は――!? き、貴様ァッ!?」
魔王の手刀は衛からそれ、魔王の左肩を射抜いていた。
「くっくっくっくっく……」
笑い声がした。
おかしなことに、その笑い声は魔王の口から漏れていた。
「お前の好きなようにはさせないぜ、魔王?」
「貴様……貴様! 貴様は我に取り込まれて消えたはず!」
「知らないのか? 正義の味方ってのは最後まで諦めない、しぶとい連中ばかりなんだぜ?」
おかしなことに魔王の口が交互に違う人物のセリフを吐いている。
――正義の味方。
その言葉に衛は思わず叫んだ。
「蛮! お前なのか!?」
「ははは、そうでーす。久しぶりだな、衛。正義の味方が魔王とか笑えねー状態になってまーす」
魔王の口がへらへらと笑っている。
「俺もずっとチャンスをうかがっていたのさ。お前らがこいつに大きなダメージを与えてくれたおかげで、今一瞬だけこいつから身体の支配権を取り戻せたんだ」
「おのれ! 邪魔をするな、貴様!」
激高した魔王が右手を引き抜こうとする。だが、蛮の意志がそれをさせない。
「蛮! どうすればお前を助け出せる!?」
「んー。わりぃな、衛。それは無理そうだ」
「なっ!?」
「ていうか、時間がもうない。本当に一瞬だけ――この瞬間だけの奇跡なんだ……もうこいつを押さえるのも難しい」
蛮の言っていることを証明するように――
魔王の右手が蛮の拘束を脱し始めている。
「衛、さっさと俺ごとこいつを殺せ」
「ば、蛮、何を!?」
「それしかないんだよ、衛。俺を助けようと思うな。俺の願いは俺の身体にもう誰も殺させないことだ」
「……」
「衛、時間がない! 急げ!」
「くそ、失せろ! 我の邪魔をするな下等生物!」
魔王の身体そのものが自由を取り戻そうとしていた。
衛に考えている時間はない。
そして、衛は決断した。
「……いおり、開闢を貸してくれ」
「マ、マモ……! 蛮さんを……そんな……!」
「蛮の覚悟を無駄にするな」
いおりは下唇を噛みながら開闢を衛に渡した。
魔王の――蛮の顔がふっと笑った。
「遠慮なくやれ、衛」
衛はすべての迷いを断ち切った。
「蛮、ありがとう! お前は最高の友人だったよ!」
叫び、衛は魔王の胸めがけて開闢を突き込む。
「ぐはっ!」
魔王の口から悲鳴がほとばしった。
憎悪の瞳が衛を呪い殺さんとばかりににらみつける。
そんなものに衛はひるみはしない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
衛は開闢にありったけの聖気を注ぎ込んだ。
「滅びてしまえ! 魔王、お前さえいなければ! 誰も苦しむことはなかった! 死んで自分の罪を償え! そして、消えろ!」
ありったけの怒りと憎しみを込めて。
「あああああああああああああああああああああああ!」
魔王の口から絶叫がほとばしる。
その苦悶に歪む表情が優しいものに変わった。
「ありがとよ、衛。魔王を道連れにできるんだ。正義の味方としてはこれ以上の死に様はないぜ?」
それが、蛮の最期だった。
蛮の魂が、笑いながら消えていった。
衛が開闢を引き抜く。
魔王の身体がぐらりと揺れ、地面に倒れ伏した。
その顔に生気はなく、死の影は濃い。もう衛が手を下さなくてもじきにその命は絶えるだろう。
「……この我が貴様らごときに……まさか二度目の苦杯を呑まされるとはな……」
「俺たちを侮りすぎたな。生まれ変わったら気をつけることだ」
「くくく……そうだな。三度目は気をつけることにしよう」
「三度目?」
衛の言葉は魔王の悲鳴によって遮られた。
「ぐぎゃあああああああああああああ!?」
セシリアが魔王の右手を祝福の剣で刺し貫いたのだ。セシリアが凄絶な笑みを浮かべて魔王を見下ろしている。
「三度目があると思うか? 次の転生が? させると思うか、このわたしが? このセシリア・ニア・カッパートがどれだけあの瞬間を悔いたと思う? もしもまた同じ瞬間に立ち会えるのなら、次こそは必ず食い止めるとどれだけ誓い続けたと思う? イオリさまに代わり、お前の野望を今こそこのわたしが打ち砕こう!」
一気に吐き出すと、セシリアは最後の言葉を叫ぶ。
「さらばだ、わが相棒――光あれッ!」
その言葉と同時、限界までひび割れていた祝福の剣は木っ端みじんに砕け散った。
同時、魔王の右手が弾け飛ぶ。
魔王の右手の下には血で描かれた魔方陣が残されていた。
それは勇者イオリとの戦いで魔王が最後に描いた転生魔法のための魔方陣。もう少しで魔方陣は完成するところだった。
魔王が喉の奥で笑いをこぼした。
「完敗だよ。ここで我が命、我が野望、潰えるか」
魔王の身体が色を失い始めた。輪郭を失うように身体がぼろぼろと崩れ始めていく。
「まあ、いい……それなりに楽しめた。ここで旅を終えるのも悪くなかろう」
続いた笑い声が――やがて消える。
それが、魔王の最期の言葉だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
魔王を倒してから一ヶ月と少し。
魔王は倒したが、その爪痕はひどかった。
半壊した街、多数の死傷者。住民たちは突然の不幸に戸惑い混乱した。だが、何度も大きな災害に見舞われているこの国の危機対応能力は意外と高く、すぐにバックアップ態勢が整えられた。誰かを失った悲しみはきっと消えないし、完全なる日常すらも取り戻すには年月がかかるだろうが、少なくともその一歩は踏み出されていた。
衛たちの家はぎりぎり魔王の攻撃の範囲外で無事だった。
セシリアとカリギュラはしばらく家で休んでいたが、傷が癒えるとカリギュラの魔法で転送門を開き帰っていった。
ひとつの約束を衛たちとかわして。
そして、その約束を果たす日がきた。
今日で一学期が終わったのだ。学校もしばらくは休校状態だったが、衛やいおりの通っている学校は校舎が無事だったので授業を再開していた。
一学期が終わり――夏休みが始まる。
長期の留守をするには最適だ。
「お、おい、いおり! ちょっと荷物多すぎじゃないか?」
衛はリュックサックを背負い、大きなボストンバッグを二つも抱えていた。中身は詰まりまくっていてぱんぱんに膨らんでいる。
「仕方ないでしょ!? セッシーにシャンプーとか石鹸たくさんもってくるよう頼まれてるんだから! おみやげは大事よ!?」
衛たちはこれから、セシリアたちの世界に行くところだった。
別れる前にセシリアから頼まれたのだ。
あちらの世界では魔王配下の十鬼将が暗躍していて、まだ人類は追い詰められている。もしよければ助けてくれないかと。
もちろん、衛もいおりも反対するはずがなかった。
セシリアにはさんざん世話になった。それに今の自分たち、力を持つ自分たちが困っている人たちを見逃していいはずがない。
そういうわけで、衛たちは夏休みをあちらの世界で過ごすことになったのだ。
「来てくれるのか! ありがとう! では約束の日になったらこちらからゲートを開くので指定した場所で待っててくれ!」
そう言ってセシリアはあちらの世界に帰っていった。
その約束の日が今日であり、指定された場所は衛たちの家のリビングだった。
スマホを見ていたいおりが口を開く。
「あ、時間だよ」
同時。
奇妙な音ともに、空間に黒い穴が開いた。
「これに飛び込むのか。本当に大丈夫だろうな?」
「マモ! なに悩んでるのよ!? あんまり長時間は開いていないってセッシー言ってたじゃん? ほら早く行きなさいよ!」
いおりが衛の背中をぐいぐいと押してくる。
押されながら――衛がふふっと笑った。
「え、なに笑ってんの? キモ」
「いやさ……俺はいおりと平穏に暮らしたいだけなんだけど、なかなかうまくいかないなってね」
「しょーがないでしょ。セッシー困ってるし。あたし勇者だし。しばらく波乱よ波乱」
「そうだな……しばらく波乱だけど、いおりと一緒なら悪くないと思えてきたよ」
「ははん、そうでしょうね! まあ? マモがそう言うなら一緒にいてあげるから。ずっとずっと一緒にいてあげるから! あたしがいたいじゃなくて、マモがいたいって言うから仕方なくね!」
「そうだな。いおり、ずっと一緒にいてくれよ」
そう言って、衛はいおりの手をつかんだ。
「え?」
いおりの顔が恥ずかしさに赤く染まる。
「さ、一緒に行こう、セシリアさんたちの世界へ」
衛といおりは一緒にゲートへと飛び込んだ。
【完】
お読みいただきありがとうございます。
20万字にてフィニッシュです。なろう初投稿で(特に構成の点で)つたなさが目立つ作品でしたが、完走できてよかったです。
いろいろ学んだことを反映して執筆中の作品がこちら。
オレ魔王、暇だから勇者学校に入学して無双する 〜お前強いから魔王倒せと言われても困るんだけど〜
https://ncode.syosetu.com/n0193fk/
タイトル通りの『なろうっぽい』作品を目指しました。
あとは構成ですね。Web連載を意識して読み進めやすい展開を意識しました。そのおかげか通読率がいいです。よければご一読ください! CMですね(笑)
またお会いできる日を楽しみしております。それでは!




