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第68話 かくして勇者は勇者に至る

「その意味がわかっておるのか? あの男のように魂も肉体も何もかも奪われてしまう。つまり、自分というものがなくなるのじゃぞ?」

「わかってるわよ! いや、知らなかったけど! 多分そうじゃないかとは思ってたわよ!」


 いおりはまくし立てた。

 自分が消えてしまう恐怖に抗うために。


「でもさ、仕方ないじゃない! このままだとみんな死んじゃうんだから! 人類滅びちゃうんだから! 役立たずのあたし一人が死ぬことでみーんな助かるんだったら、迷う必要ないじゃん! 喜んで命も身体も差し出すって!」


 イオリは答えない。目をつぶっていおりの言葉を聞いている。


「あんたならどうにかできるんでしょ!? 立派な勇者のあんたなら! さっさとあたしと入れ替わってみんなを助けてよ!」


 イオリがようやく口を開いた。


「それはできんな」

「な――!?」

「儂の役目は終わった。今の勇者はおんしじゃ」

「その今の勇者がポンコツだって話をしてるんじゃない!?」

「儂はポンコツなどと思っておらんよ。おんしは立派な勇者じゃ」

「あたしのどこが……変な慰めはいらないんだけど!」

「勇者とは肉体的な強さではない。心の強さじゃ。みんなのために命を捨てる覚悟があるのなら立派な勇者じゃよ」

「そんなの……意味なんてないでしょ。現にあたしは足手まといなんだから……」

「勇者とは自分の心を燃やして力とするんじゃ。心を解き放て。おんしがもっとも守りたいものは誰じゃ?」

「マモだけど」


 その言葉を聞き、イオリがチッチッチッと舌を鳴らした。


「儂はお前の心に住んでおったからのう……もうちょっと素直な呼び方のほうがいいんじゃないかのう?」

「素直な呼び方って何よ?」

「おんしがもっとも守りたいものは誰じゃ?」

「……マモだって」

「いいか? 素直に自分の心を表現するんじゃ。変な強がりをしてはいかんぞ」


 何を言わせたいのか、いおりにはわかっている。

 いおりは根負けした。

 というか、こんなやりとりをしている間にも、セシリアが「ぐあああああ!」とか言って苦しんでいる。


「ではいくぞ。おんしがもっとも守りたいものは誰じゃ?」

「……お、お兄ちゃん」


 人前でその呼称を呼ぶのは実に久しぶりだった。

 死ぬほど恥ずかしかった。


「おんしがもっとも傷つけられて怒るのは誰じゃ!?」

「お兄ちゃん!」


 恥ずかしさを押し殺しながらいおりが答える。


(どうにでもなれ! これで世界が救えるのなら、なんでもやってやる!)


 そんな気持ちだった。

 さらにイオリが叫んだ。


「おんしがもっとも好きなのは誰じゃあああああ!?」

「お兄ちゃあああああんッ!!!」


 やけっぱちに答えてからいおりは真っ赤になった。

 自分は何を答えてしまったのだろう?


 だが、その答えと同時に――

 自分の胸の中にぽっと炎のようなものが燃え上がるのが感じた。その炎の暖かさは急速にいおりの体内に広がっていった。


(え、これは……)


 いおりは自分の身体に宿り始めた力に驚愕していた。


「そうじゃ。素直に心を解き放て。おんしは心のガードが堅すぎなんじゃ。カッコつけんと自分をさらけ出せ」


 ぴっとイオリが指をさした。


「さあ、もう少しじゃ。力を真に解放したおんしが『開闢』を振るえばこの空間を突破できるじゃろ」


 いおりは開闢を両手に持ち、それを振るった。

 ぎぃ!

 耳障りな音ともに、空間にひびが入る。


「まだじゃな。もっと力を解放し、そして、それを何度も何度も叩きつけろ。時間がないぞ?」

「わかった」

「よし、後はお前がどれほど兄のことが好きかを表現するだけじゃ。もっと過激に。ありったけを」

「は、はあ!?」


 振り返ったいおりが抗議の視線をイオリへと向ける。


「あ、あんたなに言ってるの?」

「言ったじゃろ? 時間がないと?」


 もうホントマジでセシリアが死にそうだった。


「ほれ。お主が好きなのは?」


 このセクハラ勇者が! と思いながらもいおりは諦めた。

 諦めて、自分の心の中のすべてをさらけ出した。


「ああああああ! もう! 言えばいいんでしょ、言えば!」


 いおりは狂ったように開闢を振り回しながら叫んだ。


「あたしが好きなのは御堂衛、実のお兄ちゃんです! お兄ちゃんと一緒にいると心の中が暖かくなって幸せだなーって感じます! たまには一緒に寝たいです! 甘えてばかりでごめんね! でも甘えたいんだから仕方ないよね!」


 開闢を叩きつけるたび、だんだんと空間のひびが増えていく。

 だが、それはまだたたき割るには遠い。


「まだじゃ! まだ心の解放がたりんぞ、いおり!」


 イオリに叱咤され、さらにいおりのやけくそ具合が加速した。


「お兄ちゃん! 好き好き大好きちょー愛してる! ずうっと好きだったよ、お兄ちゃん! 好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き!」


 自分でも頭がおかしくなったのかと思いながらいおりは叫んだ。

 だが、その叫びに呼応していおりの心の中の力がぐんぐんと増していく。開闢の輝きが増し、一気に空間のひびが広がっていく。


「もう一押し! いけッ!」


 イオリの言葉に背中を押されて、いおりは最後の言葉を吐き出す。


「お願い、お兄ちゃん、死なないで! いおりずっとお兄ちゃんを大切にするから! ずっと好きだから! ずっと一緒にいるから! ずっと一緒にいたいから!」


 空間のひびが限界一杯まで広がり、そして――

「お兄ちゃん、いおりを一人にしないで!」


 最後の叫びと同時、開闢が空間を打ち抜いた。空間の破片がまるで割れたガラスのように飛ぶ。

 いおりはイオリを見た。

 イオリがにこりとほほ笑む。


「勇者いおり。頑張れ。世界も兄もお前のものじゃ」


 そして――イオリの姿はすっと消えた。

 異次元をたたき割って出てきたいおり。

 その姿に魔王が気がつく。

 衛とセシリア、ぼろぼろの二人の姿を見て、いおりの頭からはさきほどまでの羞恥が一瞬で消し飛んだ。

 純粋な怒りでかっと熱くなった。


「ああああああああああああああ!」


 雄叫びを上げながら、いおりが魔王へと飛びかかる。

 そのスピードは、とんでもなく速い!

 だが、魔王が反応できないものではなかった。もしも開闢を振るえば即座に魔王は対応するつもりだった。

 いおりの攻撃は魔王の予想を超えていた。

 いおりは魔王の顔面を素手でぶん殴ったのだ。


「あたしのマモとセッシーになにすんのよ!」

「ぶはっ!」


 予想していない一撃を受け、さしもの魔王も後ろへとよろめく。だが、その顔に浮かぶのは焦りではなく愉悦。


「くくく、いいパンチではないか。目を覚ましたのか?」

「ええ、おかげさまでね!」


 いおりは開闢を魔王に向けて叫んだ。


「この勇者いおりが魔王、あんたを倒す!」


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