第67話 勇者に至る道程
「ねえ、マモ! お願い! こんなのやだよ!」
いおりが叫ぶ。
次の瞬間、半透明だったいおりの身体は元に戻っていた。いおりを囲むように三人が立っている。
「……どういうことこれ? なにも変わってない?」
だが、異変は確かに会った。
いおりがそんなことをつぶやいても、衛も他の誰もなんの反応を示さなかった。
「ちょ、マ、マモ!」
いおりが衛へと手を伸ばす。
触れたと思った手は――からぶった。
「!?」
セシリアにもカリギュラにも手を伸ばしたが一緒だった。まるでホログラムを触っているかのように手が身体をすり抜ける。
カリギュラが言っていた。
異世界に飛ばすと。
(じゃあ、あたしは違う世界にいるんだ……)
そのとき、衛が手を振った。
「いおり! 元気でな! 逃げろ! お前が人類の希望なんだ! 俺たちのことなんて気にせず逃げろ! 今はまだ、そういうときなんだ! わかったな!」
「バカマモ……。あたしそこにいないでしょ……」
だが、それは証明ではあった。
もう衛たちからいおりが見えていないという事実の……。
「逃げられるわけないでしょ! 何年ずっと一緒にいるの!? あたしがそういうのできない性格だってよくわかってるでしょ!?」
いおりは叫んだ。
叫んだが、衛はいおりを見ていない。声も届いていない。
衛たちは三人はうなずきあうと魔王へと歩を一歩一歩進めていく。
そして、魔王と衛たちの戦いが始まった。
だがそれは――
控えめに言っても戦いと呼べるものではなかった。
三人が波状攻撃を仕掛けても、魔王の顔はどこまでも涼しい。ほとんど動くことなく攻撃をさばききっている。
だが、魔王の攻撃を喰らうと、まるで目の前で爆弾でも爆発したかのように吹き飛ばされる。
その戦力差はいおりが見ても圧倒的だった。
魔王が笑う。
「はっはっはっは。どうした? 時間を稼ぎたいのだろう? よかったな。慈悲深き我が手を抜いていて。我が本気で動けば主らは一秒で世界から消えているぞ?」
魔王の手から放たれた黒い衝撃波が衛の胸を打つ。
「ぐあ!?」
ダメージを喰らった衛は急いで立ち上がるが、足下がふらついていた。衛は太ももを平手で張り、再び魔王へと駆け出す。
衛の表情はどこまでも苦しそうだった。
「マモ、もうちょっと余裕見せなさいよ、こんなの――こんなの見せられて逃げられるわけないじゃない……!」
いおりの目から涙がこぼれた。
いおりはわかっていた。
自分が何をするべきかを。
逃げるべきなのだ。ここからいおりを逃がすために三人は戦っている。希望を未来に託すために死を覚悟した戦いに挑んでいることを。
だから、逃げなければならない。
それがいおりの責任なのだ。
だが、いおりの足は動かなかった。今までずっと一緒だった衛を見捨ててなどいけるはずもなかった。
ぎりぎりで死線をしのいでいた三人だったが――
均衡が崩れたのはカリギュラからだった。
「そろそろ殺すか。まずはお前からだ、裏切り者カリギュラ」
カリギュラ目がけて魔王が魔剣オメガを振り下ろす。
回避不可能な一撃。
だが、その剣がカリギュラに届く寸前、カリギュラの姿が空間に溶けるように消える。
「あいかわらずちょろちょろ逃げるのが得意なやつだ。だが、残念だな。魔王からは逃げられない」
言った瞬間、魔王があらぬ方向にオメガを振るう。
「ここかな?」
その瞬間、まるでジッパーで開いたかのように空間が裂けた。その奥にいたカリギュラが姿を見せる。だが、その姿は無事ではなかった。右肩から左脇腹をざっくりとオメガによって切り裂かれている。
「ぐう!?」
「そうら、終わりだ!」
魔王が返す刀でカリギュラを切り捨てる。
カリギュラの上半身と下半身が真っ二つになった。
「カリギュラ!」
セシリアが悲鳴のような声を上げる。
だが、二つにわかれたカリギュラの肉体もまた、地面に落下するなりすっと空間に溶けて消えた。
魔王が感嘆の声を上げる。
「ほぅ。これもまたダミーか。うまく姿を隠したな。だが、ノーダメージではあるまい? 手応えはあったからな。カリギュラ、そこで寝ておけ。お前は後でゆっくりとどめを刺してやる。まずはお前たちからだ」
魔王の顔が衛とセシリアを向く。
「衛、く――!」
るぞ、とセシリアは言いかけたが、その言葉が終わるよりも速く魔王は間合いに踏み込んでいた。
「寝ろ」
その声とともに、魔王の振り下ろしたこぶしが衛の胸を打った。
「ぐはっ!」
身体中の骨がばらばらになるような衝撃を受けて、衛の身体は一瞬にして大地に叩きつけられた。
顔を引きつらせた衛は動けなくなっていた。
「マモ!」
いおりは反射的に叫ぶ。
だがその声は届かず――兄の支えにはならない。
「お前が世界の礎か。前世での防御力はこんなものではなかったと思うがな。まだ寝ているのか? なら寝たまま死ね」
魔王が動けない衛へとオメガを振るう。
その黒剣が衛の身体を両断する――
「光あれッ!」
かけ声とともにセシリアが祝福の剣を差し込み、オメガの一撃を受け止めた。
オメガの超級の破壊力を受け止め、祝福の剣がきしみを上げる。
さらにオメガから放たれる黒い稲光がセシリアの身体に襲いかかり、激痛をまき散らす。
「ぐぅおおおおおおお!」
セシリアが満身の力を込めてオメガの攻撃に耐える。
限界を超えたようなセシリアの顔に対して、魔王の顔は笑みすら浮かべていた。
「はははは! セシリア。無駄なことを。稼げる時間は五秒か? 一〇秒か? オメガと祝福の剣では神器としての格が違う。そんなことをしてなんになる?」
セシリアが魔王をにらみつけて叫んだ。
「五秒だろうが一〇秒だろうが関係あるか!わたしはイオリさまに二人を託されたのだ! この命が尽きるまでその約束を果たすのみ! 例え一秒であっても! それはわたしが命を捨てるに値する!」
「そうか。ならば、その意気、剣とともにへし折ってやろう」
魔王が圧を強める。
「ぐううううあああ!」
セシリアの身体をさいなむ稲光が強さを増し――
オメガを支える祝福の剣にひびが入った。
「そらそらそら!」
魔王の高笑いが響き渡る。
その光景を見て、いおりは自分の無力さを嘆いた。
もうダメだと思った。
ほどなくしてセシリアは限界を迎え、衛は殺される。
この段になってもなお、いおりに逃げる選択肢はなかった。それが正しい選択であっても、誰かを見捨てて逃げるなどいおりにはできない。
ずっと持ったままの超級神器『開闢』の柄をいおりはぎゅっと握った。そして、殺意を込めた目で魔王を見る。
「あいつ……絶対に許さない……!」
早くあたしを見つけ出せといおりは思った。
(ただでは死んでやるものか! 絶対にあいつを……!)
いおりの心が怒りに燃え上がった、そのときだった。
「おうおう、気合いが入りすぎじゃのう」
まるで自分に話しかけられたような声だった。
驚いたいおりが振り返る。
そこには自分が立っていた。
御堂いおりが腕を組んだ姿で立っていた。
(え、あたし!?)
だが、一緒なのは外見だけだった。顔に張り付いたワイルドな表情が自分のものとは違う。
(それに、じゃのう? この変な喋り方は……)
いおりはいぶかしげに口を開いた。
「ひょっとしてあなた、勇者イオリ?」
「おー、ようわかったのう?」
「わかるわよ! あんたがさっきあたしの身体を乗っ取ったときの記憶あるもの! あたしの身体でかわいくない変な喋り方して!」
「はっはっは。すまんのう。この喋り方は癖でな。確かにおんしのようなべっぴんな女の子には似合わんな」
「ていうか、あんた! さっきこれでお別れじゃ! みたいなこと言って感動的に消えてなかったっけ?」
「その言葉に偽りはないぞ。今の儂はおんしの心の底にこびりついた最後のひとかけら。こうやっておんしと会話するのがやっとじゃ」
「……じゃあ、前みたいにあたしの身体で大暴れするのは?」
「できぬ相談じゃ」
いおりは大きくため息をつき、頭を抱えた。
「マジどうしよう……もう、なんのためにでてきたのよう……」
そう言いながらも、いおりはすぐに覚悟を決めた。
これから話すことは勇気がいることだ。
言った後に取り消しますはない。
だが、言うことにためらいはなかった。それがたったひとつの冴えたやり方だといおりは知っていた。
「あたしの身体を借りて大暴れは無理だとしても、あんな感じなのもできないわけ?」
いおりが指をさす。
その先には魔王がいた。
「あんな感じ……?」
「あいつ中身は魔王だけど、外は蛮さんなんだよね。つまり、蛮さんの身体を我が物にしている。あんな感じでさ、あんたがあたしの身体を乗っ取ることはできないわけ?」
「できる。じゃが――」
イオリは言葉を続ける。
「その意味がわかっておるのか? あの男のように魂も肉体も何もかも奪われてしまう。つまり、自分というものがなくなるのじゃぞ?」




