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第66話 惜別

「え?」


 衛は声に出して驚いた。

 ついさっきまで見渡す限り闇の世界にいた――はずだった。

 それがなんなのかを理解する間もなく、再び現世へと戻された。空から降り注ぐ太陽の光、どこまでも広がる青空。どちらにも見覚えがある。

 だが、それ以外はあまりにも変わっていた。


「嘘だろ……?」


 衛はあたりを見渡した。

 何もなかった。

 本当に何もなかった。きれいさっぱり消えていた。魔王の破壊エネルギーによって根元から破壊されたのだろう。どこまでもどこまでもアスファルトから上を削り取られた荒れ地が広がっていた。

 衛の住んでいた街がたった数秒で地上から消え去ったのだ。

 そこにいた人たちもろとも。

 荒れ地のなか、ぽつんと立つ魔王が両腕を広げる。


「ふぅむ。きれいさっぱりしたな。実にすがすがしい」


 衛は自分の心の中に殺気が沸き立つのを認識した。


(そうか、蛮。お前はもうそこにはいないんだな)


 衛は覚悟を決めた。

 もうあの男は蛮ではない。魔王だ。

 やつは殺さなければならない。でなければ、また多くの人が死ぬことになるだろう。


 ――俺は正義の味方だからな。


 蛮は口を開けばよくそう言っていた。

 そんな蛮に、蛮の身体にこんな凶行をさせていいはずがない。


(俺はお前のために、あいつを止めるぞ、蛮!)


 衛は両手を握りしめた。

 魔王が衛を見た。いや、その視線は衛たちの後ろを見ていた。


「礼を言うぞ、カリギュラ。お前が来ていなければ勇者どもは死亡、我の遊び相手がいなくなるところだった」


 カリギュラ!

 セシリアもカリギュラと声の主を呼んでいた。衛はその名前に反応して後ろを見た。

 セシリアの横に立っていたのは変わった格好の女だった。

 真っ黒のローブを着て、手には指揮棒のような短い杖を持っている。緑色の髪からは二本の角がのぞいている。


「つ、角……!? 人間じゃないのか?」

「そうだ。こいつは人間じゃなくて魔族だ」


 セシリアが応える。


「ま、魔族!? 魔族って、あの魔王と同じ!? じゃ、敵なのか……!?」

「いや、こいつは味方だ。わたしと同じく勇者さまとともに戦った六英雄のひとりだ」

「カリギュラちゃんだよ、よろしくね~」


 カリギュラが軽いノリで挨拶して手をひらひら振る。


「さっきの黒い空間はあなたが?」

「そうそう。時空間をちょいとズラして魔王の攻撃を回避したの。こっちの世界に来た瞬間、みんな死亡寸前三秒前みたいな状態だったからビックリしたよ~」


 カリギュラは頭をぽりぽりかいた。


「まさに絶妙のタイミングじゃ~んって感じなんだけど、いきなり魔王とかいてマジヘルモードなんですけど……」


 ふへへへへ、とひきつった笑いを浮かべながらカリギュラが魔王を見る。

 魔王が両肩をすくめた。


「久しいな、カリギュラ」

「どもども。転生後もお変わりないようで」

「我に構わずゆっくりと旧交を暖めるがいい。これが今生の別れとなるのだからな。我はまったく急がぬぞ」

「は~。生まれ変わっても人を見下す癖は治ってないわね、あんた」

「つまり、転生は成功したというわけだ」

「ポォジティブゥ~。じゃ、遠慮なく作戦タイムとらせてもらうわ」


 そう言ってカリギュラはセシリアに視線を戻した。


「で、どうなの、セシリアちゃん。魔王がいるってことは勇者ちゃんもいるの?」

「まず、そこの少年が世界の礎だ」

「は!? 世界の礎!? 鎧!? マジで!? 鎧って転生するの!? それはちょっと無茶すぎない!?」


 などと言いつつ、興奮したカリギュラが衛の身体をぺたぺたと触ってくる。


「で、そこの少女が勇者イオリさまの転生された人だ」

「ふぅん……」


 衛を触る手を止めて、じっとカリギュラがいおりを見た。いおりは開闢かいびゃくを持ったまま、困ったような様子でたたずんでいる。

 カリギュラがぽつりと言った。


「だけど、まだ戦力外みたいね」

「……はい」


 絞り出すようにいおりが言った。


「勇者って言われても、正直あたしはよくわからなくて……今のところお荷物の自覚しかないし……」

「はい。作戦立案完了」


 いきなりカリギュラが言った。そして、続ける。


「セシリアちゃん。あとそこの少年、ここで死ぬ覚悟ある?」

「え……?」


 いきなりの言葉に衛は面食らった。


「死ぬ覚悟っていうか死ぬしかないかな。ぶっちゃけ勇者がいないと魔王には勝てません。でも今の彼女は普通の女の子。よって勝ち目はゼロ。QED。というわけで、彼女の未来での覚醒を信じて、彼女を逃がすためにわたしたちはここで死にます。オーケイ?」


 とんでもなくドライな発言だった。

 だが、その言葉は容赦のない現実を的確に表していた。そう、今の衛たちに魔王を倒す術がない。である以上、優先するべきものはなんなのか。カリギュラはそれを飾り気なく伝えたのだ。


「俺は……いおりを逃がせるのならそれでいい」

「わたしの命はもとより勇者さまのためにある」


 あっさり覚悟を決めた二人。

 だが、声を荒げたのは残った一人だった。


「ちょ、ちょっと! ちょっと待ってよ! 役立たずのあたし一人残してどうするの!? それに死ぬってなによ! みんなで逃げたらいいじゃないの!」

「それができるならそうしてるにゃー。えい!」


 カリギュラがいおり目掛けて杖を振る。

 直後、いおりの身体がだんだんと透けていった。


「え、な、なにしたの!?」

「角度的に三度ずれた空間に移したの。大丈夫。風景はここと同じだから。効果時間は約一日、効果が切れたらこっちの世界に戻ってくる。その間にせいぜい逃げなさいな」


 カリギュラの一方的な説明が終わる頃には――

「ねえ、マモ! お願い! こんなのやだよ!」


 その言葉を残して、いおりの姿は消えていた。


「いおり……」


 衛は妹の名前を吐き出した。それは胸の痛みを吐き出したような痛みだった。

 もうこれで、いおりとは会えない。

 だが、それでいい。

 いおりが生き延びるのならば、それでいい。


「いおりには俺たちの様子は見えているのか?」

「見えてるよ。わたしたちの声も姿も。あちらから干渉することはできないけどね」

「わかった」


 衛はいおりのいたあたりに手を振った。


「いおり! 元気でな! 逃げろ! お前が人類の希望なんだ! 俺たちのことなんて気にせず逃げろ! 今はまだ、そういうときなんだ! わかったな!」


 伝えるべきことは伝えた。

 あとはあの負けず嫌いの妹が素直に逃げてくれればいいのだが。

 そればかりは、もう衛にできることはない。

 衛は魔王に視線を戻す。

 魔王は勇者を逃がしたと知っても眉ひとつ動かさない。こちらのあがきを楽しそうな顔で見つめている。自分が勝つとわかっている猟犬がじっと獲物を見つめるような視線だった。


「わたしたちの目的はなるべく時間を稼ぐこと」


 カリギュラが言った。


「魔王はわたしたちを倒し次第、探知の魔法でさっきの子の行方を追うでしょう。時間を稼げば稼ぐほどその探知は難しくなる。わたしたち三人は捨て駒になって時間を稼ぐの仕事よ」

「時間稼ぎだな。わかりやすくていい」


 セシリアが応える。彼女が持つ祝福の剣にカリギュラが何かしらの魔法をかけた。刀身が淡い輝きをまとう。


「魔王相手じゃ出力不足でしょ? 強化しておいたわよ」

「すばらしい。衛は準備できたか?」


 衛は両手のこぶしを打ち鳴らした。


「ああ、任せてくれ!」


 三人の視線が魔王へと一直線に伸びる。

 魔王は地に刺さった魔剣オメガを引き抜いた。


「準備はできたかな? よろしい。では始めようか」


 魔王がオメガを一振りする。


「世界を賭けた戦いを」



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