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第65話 魔王、力の片鱗

 突如として現れた魔王。

 だが、その姿は衛のよく知る友人、蛮だった。

 いつもと違うのは服装。今の蛮は全身を覆う黒いローブに身を包んでいた。ローブには黄金の刺繍が施されてきらびやかに輝いていた。

 衛はその服に見覚えがあった。

 まさにあの、勇者と戦っていた魔王が身につけていたものだった。


「魔王だと? 蛮! お前がどうして!?」


 衛の言葉を聞いても、蛮の表情は静かなものだった。


「蛮? ああ、これのもともとの名前か。シャルティエが語ったとおりだ。我が魔王の転生体だったというだけのこと。安心していいぞ。ずっとお前たちをたばかっていたわけではない。我もついさっき己の正体に目覚めたところだ」


 衛の感情は蛮=魔王を否定している。

 だが、理性はそうではなかった。

 さっきのいおりを思い出す。外見はいおりのまま、表情も漂う雰囲気もすべてがいつもとが違った。

 今の蛮もまったく同じ。

 そこにいるのは蛮であって、蛮ではない。

 つまりはそいうことなのだ。

 それを証明するように、今の蛮からは衛の背筋が凍るような禍々しい気が放たれている。


「蛮は! 蛮はどうなったんだ!? 元に戻るのか!?」

「あのものの魂ならすでに我と同化した。いや、違うな……正しくは我が喰った。すでに我が一部だ。あのものの魂も身体も我が魂に取り込まれてもはや不可分。あの男と二度と会うこともなかろう」

「黙れ! おい、蛮! 目を覚ませ! 何やってるんだ! こんなやつにやられたままでいいのか!?」

「やれやれ。意味のないことを。お前が呼びかけようと――」

「魔王、今度こそ命をもらう!」


 セシリアが裂帛の気合いとともに魔王へと飛びかかった。


「光あれッ!」


 跳躍した状態から全体重をかけてセシリアが剣を振り下ろす。

 だが、魔王は――

 それを小指一本で受け止めた。


「な――!」

「驚くことか? 力の差は前の大戦で示したはずだが」


 ぶんと魔王が腕を振る。ただそれだけでこともなげに押し返されたセシリアだったが、空中で態勢を整えて着地する。


「セシリアさん! こいつは蛮なんだよ、攻撃はしないでくれ!」

「甘いぞ!」


 セシリアが一喝する。


「諦めるんだ、衛! もうこいつはお前の知っている友人ではない! こいつは全人類の敵、魔王なのだ!」


 衛は奥歯を噛みしめた。

 そんなことはわかっていた。

 わかっていたけど、衛は一縷の望みにすがりたかったのだ。


「蛮――」


 苦しい感情をはき出すように、衛は友の名を呼ぶ。

 魔王は首を振った。


「やれやれ。センチメンタルすぎるな……主らには我のリハビリにつきあってもらいたいのだがな。やる気があるのが勇者のコバンザメだけでは話にならぬ」


 魔王がぱちんと指を鳴らす。

 まるで勇者の剣、『開闢かいびゃく』が落ちてきたのをトレースするかのように、黒く禍々しい大剣が空から振り落ち大地に突き刺さる。

 魔王の魔剣にして超級神器――オメガ。


「そこで我は考える。さてお前たちはどうすればやる気になってくれるのだろうか。少しばかりひどいことをすれば目も覚めるだろうか」


 そして、魔王が両手を広げ、周囲を見回した。


「さらにこう思うのだ。お前たちの世界は物が多すぎて我の息は詰まると」


 魔王の右手がオメガの柄をつかんだ。


「というわけで、少しばかり見晴らしをよくすることにした」


 魔王の剣から黒いプラズマが立ち上った。漆黒の稲光が耳障りな音を立てて周囲にほとばしる。

 衛は肌がビリっとくる圧を感じた。

 魔王の周囲に膨大なエネルギーが蓄積されていた。

 黒い粒子が魔王を中心とした円柱状に集まっていく。

 その円柱がだんだんと大きく、そして形になるにつれ、衛の肌を刺す圧の強さも大きくなっていく。


「な、なんだ、これ!?」


 言いながら衛は気がついた。

 魔王はこう言った。


 ――少しばかり見晴らしをよくすることにした。


(……まさか、この周辺をすべて吹き飛ばすつもりか!?)


 魔王の意図を予想して衛の胸はざわついた。


「衛、ぼやぼやするな! やつを止めるぞ!」


 セシリアの鋭い声が飛ぶ。衛は我に返ると、走り出したセシリアの後を追った。


(そうだ、止めなきゃ!)


 ここら辺は衛の家の近所でもあった。小さい頃から知っている場所だ。どの建物も見覚えがある。この騒ぎで多くの人は逃げ出しているだろうが、まだ逃げ切れていない人もいるだろう。

 もしも魔王が力を解放すれば――

 そのすべてが無に帰してしまう。


(そんなことはさせられない!)


 衛は全速力で魔王へと近づいた。

 セシリアと二人同時に魔王へと襲いかかる。

 魔王は右手を剣に置いたまま、左手を衛たちへと振るった。


「失せよ」


(え?)


 次の瞬間、衛とセシリアの身体を猛烈な衝撃波が襲った。二人はいおりのいる後方まで弾き飛ばされる。


「マモ! セッシー!」


 いおりの悲鳴のような声。

 衛は脇腹を押さえた。まるで矢で射抜かれたような痛みに顔をしかめる。


「そうわざわざ自分から死ににくるな。手加減してなければ今ので終わっていたぞ? 前にも言ったろう? リハビリにつきあってもらうと」


 魔王を中心とした黒い円柱が完成する。はち切れんばかりのエネルギーが充満していた。


「そら、準備ができたぞ。まずは全力で守りを固めることだな。でないと、我のリハビリにつきあう前に――死ぬぞ?」


 魔王が充満したエネルギーを解き放った。円柱が全周囲三六〇度に対して広がり始める。

 エネルギー幕の触れた瞬間、アスファルトはかみ砕かれ、信号機はへし折られ、乗り捨てられた車はひしゃげてばらばらになった。物体だった破片はエネルギー幕のなかでさらに分解され、ほどなく無となって消えていく。

 触れたものが、触れたと同時に消滅していった。

 おまけに、その展開スピードはとてつもなく速い。陸上部のいおりが全力疾走しても逃げ切れないだろう。

 魔王を中心に文明を構成するあらゆるものがはげ落ちていき、むき出しの荒れ地へと変わっていく。


(あ、あんなものを喰らったら――!?)


 衛の防御力をもってしても無事である保証はなかった。

 だが、それでも衛はやらなければならなかった。

 もしもあの一撃から後ろの二人を守れるとしたら、それは衛しかいないのだから。

 衛が両手を前に突き出す。


「『熾天使の光翼』!」


 衛は頭のなか浮かんだスキルを発動させた。

 衛の眼前に折り重なった六枚の光り輝く盾が出現した。これが衛――世界の礎が備える最上級の防御スキルだ。


「いおり! セシリアさん! 俺の後ろに隠れて!」


 もう破壊のフィールドは眼前まで迫っている。


「マモ、大丈夫!?」

「わからん! 大丈夫だと祈っていてくれ!」


 破壊のフィールドと六枚の盾がぶつかりあった。

 一瞬の均衡――

 しかし、それだけだった。

 まるでサメが金属の板に噛みついたかのような耳障りがして、あっという間に盾の一枚目にひびが入る。

 衛は聖気を全開で放出して支えているが、全くダメだった。大瀑布のなかに立っているような気分だった。人間の領域を超えた力にただ翻弄されるだけ。


(こ、これは、まずい……!)


 盾の一枚目が砕けた。


「ぐううううう!」


 なんとか耐えようと衛は歯を噛みしめて力を込めるが無駄だった。二枚目三枚目と砕けていく。

 魔王がふっと笑う。


「どうした、もう半分消えたぞ? その程度の防御で大丈夫だと思っているのか? 我のリハビリにつきあってもらうつもりだったのだが当てが外れるではないか」


 四枚目が割れる。


「まあ、よいか。この程度で死ぬのならば、そもそもリハビリ相手にすらならぬ。時間の無駄か」


 五枚目が割れる。


「消えてしまえ。終わりだ」


 最後の一押しをするかのように魔王が左手を振った。

 六枚目――最後の盾にひびが入り、間髪入れずに割れた。

 割れた。

 最後の盾が。

 衛の眼前に黒く光るフィールドが迫っていた。もう立ちふさがるものは何もない。目の前のものを食らいつくさんと怒濤の勢いでフィールドが迫ってくる。


「ダメだ! すまない!」


 衛が叫んだときだった。

 ぱちんと指の鳴る音と女の声が響いた。


 ――あーあ。セシリアちゃんはホーントダメねぇ。


 同時、衛たちの世界から風景が消える。黒いペンキをぶちまけたかのような漆黒の空間が広がっていた。

 魔王も破壊のフィールドも存在しない、上下左右すら判然としない謎の空間。


(な、なんだ……?)


 混乱する衛をよそに、声がこう続けた。


 ――やっぱ、カリギュラちゃんがいないとね?


 その声を聞いて、背後のセシリアが口を開く。


「減らず口を。来るのが遅いぞ、カリギュラ」


 その声は信頼と安堵に満ちていた。


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