第64話 魔王、再臨
イオリ――いおりの身体から白くきらきらしたものが天へと昇っていき、そして、意識を失ったままのいおりがバランスを崩す。衛が慌ててその身体を受け止めた。
セシリアが鼻をすすった。
「まったくあの人は――最後になんてことを……」
だが、その表情は透き通っていて――どこまでも嬉しそうだった。
(そうか、セシリアさんも勇者のことが好きだったのか……)
いおりのささやき越えが聞こえた。
「う、マモ……?」
目を覚ましたいおりが衛に手を伸ばす。衛はその手を握った。
「よかった、いおり。無事で」
衛たちを和んだ空気が包む。
だが、それはさほど長くは続かなかった。
よろよろとした足取りで、吹っ飛ばされたシャルティエが戻ってきた。
その様子は控えめに表現してもぼろぼろだった。
服はところどころが破れ、切り裂かれ、土とほこりにまみれている。左腕は切り飛ばされ、さらに顔も右半分が完全に吹き飛んでいる。まともに直立すらできていないありさまだった。
だが――
その顔は勝利の確信に満ちあふれていた。
シャルティエの残った左目が気を失ったいおりに注がれる。
「はははははははは! 耐えた、耐えきったぞ! 勇者イオリの猛攻をこの大機工シャルティエが耐えきった! 時間切れだ!」
シャルティエが衛たちを指をさす。
「お前たちでは僕の世界の礎(展)は突破できない! つまり攻撃できる手段がない! お前たちの勝てる確率はゼロだ!」
シャルティエの右手に折れた剣が出現した。
それは勇者イオリにたたき折られた偽神器、祝福の剣。
「さあ……おとなしく死ねッ!」
「セシリアさん、いおりを頼む」
セシリアにいおりを託し、衛が立ち上がる。
セシリアがじっと衛を見た。
「一人で大丈夫か、衛?」
「ああ……信じていてくれ」
衛はうなずいて返すと、一人シャルティエの前に立つ。
「鎧が……まずはお前から血祭りにしてやる……」
「できるものならな!」
衛は飛び込み、シャルティエ目掛けてこぶしを振るう。
ぎん!
シャルティエのいうとおりだった。世界の礎(展)が出現し、衛の攻撃を阻む。衛の攻撃力ではシャルティエの世界の礎を突破することができない。
「無駄だ、無駄なんだよ! この大機工の命は確かに今にも消えそうなロウソクのようなもの! 攻撃が届くのならば子供が殴っても僕を殺せるだろう! だが届かないのだよ! この僕には君たちザコの攻撃が! 届かない以上、僕の最後の生命力を削りきることはできないんだ!」
「確かに届かないなら、そうだろうな」
再び衛はシャルティエに殴りかかった。
「無駄だ! わからないやつだな!」
攻撃が世界の礎(展)に阻まれる寸前、衛は叫んだ。
「天地逆転!」
それはあの映像で見た、勇者が魔王を仕留めたスキル。
すべての防御力を攻撃力に転嫁する世界の礎の切り札。世界の礎のスキルであれば、衛が使えるのが道理。
「な、なんだ、そのスキルは!?」
シャルティエの顔が驚愕で歪む。
勇者イオリは魔王戦までそのスキルをひた隠しにしていた。
ならば博覧強記の大機工といえど、そのスキルを知らなくても不思議ではない。
そして、知らない以上――
対策などしようがない。
衛のこぶしが、圧倒的な防御力を火力に昇華した一撃が展開した世界の礎(展)を叩き割った。
まるでガラスが割れ砕けるかのごとく――
世界の礎(展)が弾け飛んだ。
「なっ――!」
シャルティエの驚愕の声。衛のこぶしは止まらない。そのままシャルティエの胸板を貫通し、背中へと突き抜けた。
「ぐうああああああああああああああああ!」
シャルティエの絶叫が響き渡る。
「終わりだ、大機工」
「く、くはははは、まさか、この僕が、こんなところでね……」
シャルティエの身体がふらついて後退する。衛の腕がずるりと抜けた。倒れ込むような勢いでシャルティエが大きく後ろへ下がる。
胸の大穴を右手で押さえながらシャルティエが薄笑みを浮かべた。
「残念だよ……この世界の崩壊を目にすることができなくて」
「崩壊? お前が死ぬ以上、この世界は崩壊しない。お前の負けだよ、シャルティエ」
「いや……君たちの負けだよ。世界は崩壊する。僕の手じゃなくて、魔王さまの手によって」
魔王――
その単語に衛はびくりとした。
そして、異変に気がついた。何者かがシャルティエの背後に立っていた。
衛は今まで全く気がつかなかった。
いったい、いつの間に――
その衛の戸惑いを断ち切るかのごとく、
肉をえぐる音がした。
シャルティエの腹から手が生えていた。背後に立つ何者かの腕がシャルティエの身体を貫通したのだ。
「な――!」
衛は絶句する。
「死にゆくシャルティエよ。主の力をもらうぞ」
「どうぞ、我が最後の栄誉と喜びであります、魔王さま」
シャルティエの顔が恍惚の表情を浮かべる。
その表情のまま、シャルティエの身体は灰となって崩壊した。
シャルティエが消えてなくなったため――
衛は背後に立つ何者かの姿がはっきりと見えた。
その姿を見た瞬間、衛の全身は激しく粟立った。頭が一瞬で混乱し、冗談かと思い、最後に自分の目を疑った。
だが、そこに立っているものは――
間違いなく衛のよく知っているものだった。
(魔王……? シャルティエが魔王と言った? そんなはずがない、どういうことだこれは!?)
衛は自分の疑問をはき出すように、そのものの名を叫んだ。
「魔王だと? 蛮! お前がどうして!?」




