第63話 勇者の武
「ははっ! 開闢! 久しぶりにお前も暴れたいのか!?」
イオリが開闢を振るうたび、千重桜の数がぐんぐんと減っていく。
イオリが前へと進む。
進むが――
いきなりシャルティエ前方の地面に向かって開闢を振るう。
大蛇のような斬撃が地面を走り、その直後にどぉん! と爆発が発生する。
「踏むと起爆する偽神器、火針千本じゃったか? 陰険なお前らしいな、自分の前に仕込んでおくとは」
爆煙を踏み越え、一気にイオリがシャルティエへと肉薄する。
イオリが振り下ろした開闢をシャルティエは紙一重でかわす。
「舐めるな、勇者! 偽神器――『千代紙』! 『千鳥』! 『千枚通し』!」
シャルティエの眼前に、三つの偽神器が出現した。
シャルティエを護る一〇〇〇枚の鋼よりも堅牢な紙の盾、対象に近づいて起爆する空飛ぶ一〇〇〇の折り鶴、一〇〇〇人の人間ですら一撃で貫通して絶命させる確殺の錐。
「三つの偽神器の同時起動! 勇者よ、さすがのお前もこれではどうしようもあるまい!」
「……そうかのう?」
イオリは襲いかかるシャルティエ目掛けて開闢を振り下ろす。
斬!
たったの一撃で。
たったの一振りで。
シャルティエ自慢の三つの偽神器はあっさりと砕け散った。
「バカ、な……」
「ちぃとばかし、勇者の力と超級神器の力を低く見積もりすぎじゃないかのう、大機工。昔のお前だったらそんなことないと思うが、腕が落ちたんじゃないか?」
勇者の安い挑発。
だが、それを受け流すほどの余裕もシャルティエにはない。
奥歯を噛みしめ、イオリをにらみつける。
「こ、この僕を愚弄するかァ!」
「お前がいつも他人にやってることじゃろうが」
「偽神器――『千年亀』!」
その神器が見えた瞬間――
イオリが神器を叩っ切る。
「くっ!?」
「遊びは終わりだ。そろそろ終わらせるぞ、シャルティエ」
勇者イオリは強かった。
シャルティエが次々と繰り出す――否、もはや繰り出すというより苦し紛れに打ち出すすべての神器をことごとく破壊する。
そして的確にシャルティエを追い詰めた。
「終わりじゃ」
「あああああああああああああああああああ!」
開闢の斬撃をもろに受け、シャルティエははるか後方へとすっとんでいった。
「ふぅ」
イオリが衛たちのところへと戻ってくる。
そして――
「すまんのう、セシリア」
と言った。
「ど、どうしたんですか?」
「読み間違った。シャルティエを倒しきれんかった。まだあいつは生きとる。でも、だいぶ弱らせた。お前らに任せても大丈夫じゃろ」
「任せる……イオリさまは?」
「時間切れじゃ」
困ったな、と言う顔でイオリが笑った。
「時間切れ……」
セシリアが信じられないような声で繰り返す。
「そ、そんなイオリさま! もう会えなくなるのですか?」
「そうじゃ。この身体はいおりのもの。返してやらんとな」
「そ、それはそうですが……ですが、また来て、わたしたちを導いてくださるのですよね!?」
すがりつくようなセシリアの言葉だった。
だが、イオリは首を振る。
「それはできん。今の儂は前世の記憶の残りカス。ただの残滓じゃ。いおりのピンチを見かねて出てきたが、これが最初で最後じゃろうな」
衛とセシリアの背に手を当て、イオリがふっと息を吐いた。
その手から温かい何かが流れ込んできた。傷ついたからだが癒え始め、蓄積した疲労が雪が溶けるように消えていく。
「儂の氣を送り込んだ。これでもうちょい戦えるじゃろ」
イオリの身体がぐらつき、地面にひざをついた。
「イオリさま!」
疲れた顔でイオリが衛を見た。
「はぁ、お前とはゆっくり話したかったが、時間がないようじゃ。残念じゃのう」
「イオリさん……」
「しかし、鎧のお前さんがまさか人間に転生しとるとはなあ。たまげたぞ」
「俺だってびっくりしましたよ」
「人間に興味を持っていたのかもなあ……それはそれで面白くていいかもしれんのう」
「俺はちょっと複雑です」
「どうして?」
「人間になったせいで俺は弱くなったんじゃないかって。物言わぬ鎧のまま勇者に着てもらったほうが、鎧として役に立てるんじゃないかと思うんです」
「……アホか、お前は」
「え、そんな!?」
「儂は逆に思っとるよ。お前らがうらやましいとな」
「どうして?」
「儂は開闢と世界の礎を身につけたたった一人の勇者じゃった。じゃが、お前らは二人でひとつじゃ。お互いにお互いを支えることができる。儂はうらやましくて仕方がないのう」
「そうなんですかね……そう考えるべきなんですかね?」
「そうじゃ! そう考えるべきじゃ!」
ばしんとイオリが衛の背中を叩く。
「聖剣を持った勇者と、鎧の防御力を持った男。二人でひとつ! その二人で何ができるのか、お互いをどう支えるのか。お前たちにしかできない勇者像を考え、それに向かって進めばいいんじゃ」
「二人でひとつの勇者――」
その言葉は衛にとって心地よい言葉だった。
自分のあるべき形、なすべきことが鮮やかに表現していた。
「そろそろ本当に時間じゃな」
イオリはにかりと笑うと、また泣き始めたセシリアの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「イ、イオリさま!?」
「セシリアも泣くことがあるんじゃのう。鉄の女かと思ってたぞ」
「……わたしだって人間です。でも、わたしもわたしに涙は似合わないと思います。笑って――イオリさまを送りたい」
セシリアは目元の涙をぬぐうと、精一杯の笑顔を作った。今にも涙で崩れそうな、そんな笑顔を――。
「すまんな。ここまでじゃ」
「いえ、今一度会えただけでもセシリアは幸運でした」
「元気でな、セシリア。衛といおりを頼んだぞ。儂はずっとお前たちを応援しとるからな。諦めるなよ」
「……わかりました。このセシリア、身命に代えましてもその命令を果たしてみせます」
「硬いな、セシリア。じゃあ、最後にふたつ追加するぞ」
「なんでしょう?」
「儂はお前のことが好きじゃった。女性としてな」
「――なっ!?」
セシリアは一瞬で顔を真っ赤にしてイオリを見た。
「あと、幸せになれ。儂に義理立てとかいらんぞ」
イオリはにこっと笑う。
それが、勇者イオリがセシリアに残した最後の言葉だった。




