第61話 前世の記憶
「勇者が身につけていた超級神器、聖鎧『世界の礎』。それが彼の前世だよ」
「な――!」
衛は驚きの声をはき出した。
(鎧!? 俺の前世が?)
シャルティエの説はなんの冗談だと笑い飛ばしたくなるようなものだった。
だが、それを間違いだと衛には言い切れなかった。
確かに衛の能力は防御に寄りすぎている。あらゆる刃をはじき返すさまはまさに鎧というほうがしっくりくる。
(本当に俺の前世は鎧なのか?)
そのときだった。
「うわあああああああああああああ!」
衛は頭が割れてしまいそうなほどの頭痛を覚えた。身体を支えていることもできず、頭を押さえた姿で地面に倒れる。
衛の頭に流れ込んできたのは膨大な量の映像――おそらくは前世の記憶だった。
自分を何者か正しく認識したとき――
記憶の扉が開かれる。
(そ、そんな……じゃあ、俺は本当に勇者じゃなくて……)
階段、黒いローブを着た角の生えた男、手には剣――
衛の頭に浮かび上がったのはさっき見た映像だった。
だが、映像はとてもクリアだった。まるで自分が本当にそこにいるかのような臨場感がそこにはあった。
角の生えた男は傷ついていた。
疲労の色が濃い息を荒く吐き、怨念に満ちた目を向けている。だが、戦意はいささかも衰えず、身体中から殺気を発散させている。
「……この魔王をここまで追い込むとはな……」
傷ついた男――魔王がそう言う。
(こいつが魔王か!)
別の声が魔王に答える。
「追い込む? それだけでは終わらんのう。魔王、お前は今日ここで死ぬんじゃ!」
妙になまったセリフだった。
一瞬、衛は老人が喋ったのかと思った。だが、その声は若々しい。
そしてさらに驚くべきことは――
衛は自分が喋ったことではないとわかっていた。だが、その声は衛と同じ場所から出ていた。
(つまり、俺が勇者の鎧とするならば――)
発言者は、鎧をまとった勇者本人。
魔王が笑った。
「はははははは。主が我を殺す? 面白いことを言う。主もすでにぼろぼろではないか。勝つのはわたしだよ。お前にこの超級神器『オメガ』を打ち破ることはできんよ」
「どうじゃろうな? 儂には二つの超級神器『開闢』と『世界の礎』があるんじゃが?」
「おごるな。弱き人の身が魔族の王たる我と同じだと? その程度の差ハンデにもならぬ。己の死をもって浅薄なおごりを証明せよ」
「やるか……これが最後――お互いに次で終わりじゃろう。出し惜しみは無しじゃ。これで決める!」
言うなり、勇者が叫び魔王との距離を詰める。
階段を駆け上り、その勢いのまま魔王へと駆け上る。
「行くぞ、魔王!」
「来い! 勇者!」
階段を駆け上った勢いそのまま、勇者が魔王に斬りかかる。
勇者の聖剣と魔王の魔剣が激突した。
それはたかだか二本の剣が激突しただけではない。ともに世界の始まりと終わりを告げるだけの力を内包した超級神器のぶつかり。さらに勇者と魔王が、己のプライド最後の力をぶつけあっている。
「「ぬううううあああああああああああああ!」」
お互いに一歩も引かぬ覚悟で力と力が激突し、弾ける。
周辺に膨大な破壊のエネルギーが拡散し、暴風のような風が舞い上がる。
その激突を制したのは――
魔王。
ずんと。
勇者の身体が後ろに押し込まれる。魔王の魔剣オメガがゆっくりとその刃を前へ前へと刻み込んでいく。
「ぐう……!」
「はっはっは! 勝つのは余であったな。ここまでだ、勇者よ!」
さらに魔王が力を込める。
だが、しかし――
絶体絶命の窮地であっても、勇者はにやりと笑った。
「すべては計算どおりじゃ」
そして、声高らかに叫ぶ。
「これが正真正銘、最後の切り札! 待たせたのう、『世界の礎』! お前の力を見せるとき!」
勇者は待っていた。この瞬間を。魔王がすべてをなげうち、攻撃にのみ集中するこの瞬間を。
この瞬間を予想して、勇者はそのスキルだけはひた隠しにしていた。人の身で魔王を超克するための最後の切り札と考えて。
温存に温存を重ねた、その究極の一手。
それを今ここで切る。
勇者は長き戦いに終止符を打つべき言葉を、天に向かって吠えた。
「発動!『天地逆転』!」
そのとき、衛は自分の身体が力を発動するのを感じた。そして、瞬間的にそのスキルの意味を知った。
――天地逆転。
それは『世界の礎』の攻撃力と防御力を入れ替えるスキルである。もちろん、鎧である世界の礎の攻撃力はゼロ。しかし、その防御力は文字通りの超級。世界そのものと言えるほどの堅牢さを誇る。
その防御力がすべて攻撃力に転嫁されればどうなるのか?
それすなわち――世界そのもの。
世界を体現した、絶対不敗の一撃が放たれる。
「な、なんだと!?」
魔王の声に動揺が走る。
無限にも等しい攻撃力が、魔王のオメガを弾いた。
オメガが弾かれた今、魔王の身体を護るものは何もない。
ようやく今、決して開かれなかった最後のドアが開いた。
ためらう理由はない。
この隙間をこじ開けるために――
どれだけの人が死に、どれだけの涙がこぼれたか。
「おおおおおおおおお!」
勇者は魔王のふところに飛び込み、開闢を一閃。
魔王を袈裟懸けに切り下ろした。
……
同時。
衛の頭を流れていた映像が終わった。
衛の意識が現世に戻る。
「大丈夫か! 衛、返事しろ!」
セシリアの声が聞こえた。
「あ、ああ、大丈夫だ、セシリアさん」
衛は立ち上がった。
「どうしたんだ、何があったんだ、衛?」
「ああ……ちょっとばかり昔を思い出していたんだ……」
衛はシャルティエを見た。シャルティエはいつもの底意地の悪い笑みを浮かべて衛を見つめている。
「あいつの言うとおり――どうやら俺の前世は勇者の鎧らしい」
「――!? 世界の礎、なのか……」
「らしい。てことは、いおりが勇者ってことだ」
いおりは驚いた顔で、うそ、とつぶやく。
シャルティエが口を開いた。
「大機工の名推理に納得してもらえたかな? 落ち着くのを待ったかいがあったよ。優しいよね、僕? 好奇心が強くてさ。ま、ホントのところは誰が勇者でもどうでもいいんだけどね」
シャルティエが続けた。
「どうせ君たち全滅だし」
シャルティエがまるで手品のように、どこからか剣を引き出す。
その剣に衛はとても見覚えがあった。
その剣の姿は――
「偽神器――祝福の剣」
セシリアの持っているものと似ていた。
「貴様……、わたしの祝福の剣まで!」
「ちょうどいい……真作と贋作、どちらが優れているか比較してみようか?」
「ぬかせっ! 行くぞ、祝福の剣、光あれっ!」
突っ込むセシリア、その声とともに祝福の剣に極光がきらめく。
「ふっ――闇よ来たれっ!」
シャルティエの声に呼応するかのように、偽神器の刀身が闇をまとう。
セシリアとシャルティエの刃が激突。
白と黒の輝きが混ざり、反発し、周囲をまだらに照らす。
シャルティエが笑った。
「さあ、これが最後の戦いだ!」




