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第60話 衛の正体

「ガラトラくんの一〇〇倍は強いと思ってくれたらいいよ」


 ぱちんとシャルティエが指を鳴らした瞬間、シャルティエを囲むように無数の短刀が出現した。

 その数――

 一〇〇〇本。


「偽神器――千重桜ちえざくら。さあ、鮮やかに花と散れ。君たちの命のはかなさともろさ、その美しさを僕に見せてくれよ」


 千重桜が一斉に衛たちへと襲いかかった。

 衛とセシリアはいおりを囲むように立つ。衛はその身で、セシリアは祝福の剣を振り回して短刀を弾き飛ばした。


「くそ! きりがない!」

「衛! いおりはわたしに任せてお前がいけ! 君のこの攻撃を突破できるのは君の防御力しかない!」

「わかった!」


 衛は飛び出した。

 痛くないわけではなかった。まるで硬いボールが激突したかのように痛い。

 だが、その刃は衛の身体を刺し貫けない。薄皮一枚すら傷つけることができない。

 衝撃だけならば――泣き言を言うに値しない。

 いおりを守りたい気持ちと。

 蛮を失った悲しみが。

 衛を前へ前へと進ませた。


「ううおおおおおおおお!」


 衛は短刀の雨をかいくぐり重戦車のように驀進する。

 シャルティエとの距離がぐんぐん縮まる。


「ほう、やるね。だけど……」


 シャルティエまであとわずか、というところで。

 衛の踏み出したコンクリートの地面に設置した瞬間、カチッという機械的な音がした。


 その瞬間――

 衛の足下が起爆。吹き上がった爆風と爆炎に衛は呑み込まれた。


「偽神器――火針千本。薄さ一ミリ以下の透明な地雷だ。どうだい? 一〇〇〇度を超える一〇〇〇本の炎の針に灼かれた感想は?」


 間髪入れず、ただよう爆煙を割って衛が飛び出した。

 その身体に傷はなかった。一〇〇〇の刃も一〇〇〇の炎の針も今の衛を傷つけるには届かない。


「うおおおおおおおおおお!」


 衛は吠えた。ゼロ距離まで近づいた瞬間、握ったこぶしをシャルティエの半笑いの顔に叩き込む。

 がおん!

 響いた音は肉を叩いた音とは全く違っていた。


「な、なんだこれは……!?」


 シャルティエの鼻先一センチの距離に矩形の薄膜が展開している。それが衛のこぶしを遮ったのだ。


「くそ……!」


 衛はこぶしを引き、今度は別の場所を殴るが結果は同じ。一瞬にして形成された矩形の薄膜が衛の攻撃を遮っている。

 シャルティエが笑みを浮かべた。


「ご存じかな、衛くん。われわれの世界では非常に優れた武具を神器と呼んでいる。ただ、神器の中でも他を圧倒する超級と呼ばれる神器が三つあるんだ」


 シャルティエのご託に衛はつきあうつもりはなかった。

 手を止めずに次々とこぶしを叩き込む。

 だがどの一撃もシャルティエの薄膜を超えることができない。


「ひとつ目は魔王さまの魔剣『オメガ』。ふたつ目は勇者の聖剣『開闢かいびゃく』。そして、みっつ目が勇者の聖鎧せいがい世界の礎せかいのそ』」


 シャルティエの笑みは崩れない。

 じっとこぶしを殴り続ける衛を見つめている。


「これは偽神器――僕の力で作った、僕しか使えない神器のコピー品のことなんだけど、名前を『世界の礎(展)』と呼ぶ。つまり、勇者の鎧、超級神器の改造品だ。もちろん超級神器なんて僕の力でも完コピできないから、大幅に機能は削除したけどね。でも、防御力は遜色ない。そんな腰の入っていないパンチで割れるような代物ではないよ?」


 シャルティエが両手を伸ばし、衛の両手首をつかむ。


「くそ、離せ!」

「離さない。僕はずっと君に興味があったんだよ、衛くん」

「俺に?」

「そう。教えてくれよ。君はいったい何者なんだい?」


 シャルティエに握られた手首から――

 ずずずっと。

 まるで身体の中に何かが入ってくるかのような奇妙な感覚を衛は覚えた。


(な、なんだ……!?)


 入り込んできた何かが衛の身体中を駆け回る。神経がぞわぞわするような気持ち悪さが身体中を這い回る。

 不意に衛の脳裏に奇妙な映像が浮かぶ。


(な、なんだこれは……!?)


 ノイズの多い映像だった。ひびわれた映像の断片からわかったことは、それは薄暗く広大な部屋ということ。

 衛の目の前には赤い絨毯のひかれた階段があり、その階段を上った先――小高くなっている部分に玉座があり、手前に一人の男が立っていた。

 真っ黒なローブに身を包んだ男だ。ローブのところどころに黄金の刺繍が施され、輝きを放っている。顔は美形だった。雪のように白い肌と貴族然とした整った顔。だが、ルビーのように赤く輝く瞳がきわめて異質だった。

 いや――全体を眺めれば、そもそも男のすべてが異質だ。

 頭の両脇から山羊のようなねじくれた角が生えている。背中には黒くて大きな翼がある。そして、その右手に持ついおりの身長を凌駕する巨大な――

 剣。

 衛はその男に見覚えがあった。どこだったろう、とじっと男の姿を凝視して、はっと気づいた。


(……! 夢で見た男だ!)


 少し前に見た、衛がいおりを守る夢。

 あの夢に出てきた男にそっくり――いや、むしろ本人だった。

(なぜ、あの男が……いや、この映像はなんなんだ!?)


 衛の混乱が極致に達したときだった。


「貴様、何をしている!」


 セシリアのかけ声。飛びかかったセシリアがシャルティエに剣を振り下ろす。

 シャルティエが衛の手を離し、ぱっと飛び退いた。

 同時、衛の身体に巣くっていた不気味な何かがかき消える。


「うぐっ……!」


 突然の虚脱感に襲われ、衛はひざをついて座り込む。


「大丈夫か!?」

「あ、ああ……大丈夫だ……」


 そこでシャルティエが唐突に口を開いた。


「わかったよ」


 あまりにも脈絡のないことだった。

 だから、衛もセシリアもいおりも意味がわからず、ぽかんとシャルティエを見つめた。

 シャルティエの細い指先がすっと伸びる。


「勇者が転生したのは君だ」


 指した先にいたのは――

 いおりだった。


「は? あたし?」


 いおりが自分の鼻先を指さし不思議そうな顔をする。

 そして、大笑いした。


「あははははは! なに言ってるのよ! 勇者はあたしじゃなくて、そこのマモだって! あたし別に硬くもないし剣の達人でもないし! 勘違いとかそーゆーのマジ迷惑なんですけど!」


 いおりの全否定を受けてもシャルティエは動じない。


「彼は勇者じゃない。彼の前世は人ですらない」


 ちらりと衛に視線を送ってこう続けた。


「勇者が身につけていた超級神器、聖鎧『世界の礎』。それが彼の前世だよ」


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