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第6話 セシリアの部下リフィー

 リフィー・パーネルは第一騎士団に入団して二年ほどの、一七歳の少女である。


 くせのある黒髪が特徴の、大きな瞳の少女だ。セシリアのような鋭く尖らせた印象はなく、どちらかというと柔らかい印象を周囲に与える容貌をしている。


 彼女もまたセシリアと同様、宮廷での陰謀劇には興味はなく、話術や自らの美を磨くよりも、剣技の熟達に余念のない少女だった。


 家では変わり者扱いだったが、彼女にとってどうでもよかった。


 同じ剣を極めようとするものとしての先人、セシリア・ニア・カッパートという存在が、彼女にとっての聖域だったからだ。


 勇者と同じパーティーに所属し、数々の功績を打ち立てる大伯爵家の令嬢――


 よく母親はため息まじりに言ったものだ。


「リフィー、セシリアさまにあこがれる気持ちはわかるけど、あなたとセシリアさまじゃ比べものにならないわよ。あの方は幼少の頃から剣の天才で有名だったの。家もうちみたいな貧乏貴族じゃなくて名門の生まれだし。どんなに頑張ってもセシリアさまみたいにはなれないのよ」


 母親は全く理解していないとリフィーは思っていた。

 リフィーはセシリアになりたいわけではない。セシリアのような剣の才能が自分にはないことも知っている。たとえ一〇〇年努力してもセシリアには追いつけないだろう。


 だが、セシリアに追いつくつもりはなかった。


 セシリアはあこがれの存在であり、女性が剣の道を生きてもいい、そういう道を示してくれる北極星なのだ。

 そんなわけで、リフィーは貴族子女のマナーには目もくれず、ずっと剣術の練習に明け暮れた。


 やがて、魔王が倒れた、という報がもたらされた。


 いよいよ平和な時代がくる。

 もう剣の時代でもない。


 そう思ったリフィーの両親は、おてんばな娘をどこかの裕福な貴族に嫁がせるため、そろそろ強くしつけなければならないと焦り始めた。

 リフィーもそんな空気を敏感に感じ、


(う、やばいっすねー。このままだと地方の四〇くらいのおっさん領主あたりと結婚させられてしまうっす……)


 と思っていたころ、リフィーのもとに大きなニュースが飛びこんできた。


 ――救国の士、セシリア・ニア・カッパートを第一騎士団団長に任命する!


 さらにセシリアは徹底的な実力主義を掲げていて、性別も家格も問わず、広く剣の才能を集める、と告知した。長い魔王軍との戦いに騎士団は多くの戦力を失い、まだ魔王軍の残党ははびこっている。戦力の立て直しは急務だった。


 さらにリフィーの目を引いたのは剣術の試験者としてセシリア・ニア・カッパートがじきじきに相手をしてくれるとのことだ。


(応募したい)


 リフィーの胸は一瞬にして熱くなった。


(自分が剣で生きていけるかどうか。ここで試すっすよ)


 彼女は両親に黙って騎士団の募集にこっそり応募した。

 そして、セシリアの剣術試験が始まった。

 それはセシリアと木剣で打ち合うだけのとても単純なものだった。応募者はかなりの数だったが、セシリアにとって問題ではなかった。

 ほとんど一刀で相手を打ち負かし、文字通り応募者を片っ端から蹴散らしていた。


(強い……)


 リフィーは今まで実物のセシリアを見たことがなかった。だから噂からセシリアの姿をずっと何度も想像していたが――そのどれよりもセシリアは圧倒的に強く、美しかった。


「次! 一〇九番!」


 リフィーの番号がコールされた。

 緊張のあまり口から飛び出しそうな心臓をなだめながら、リフィーはセシリアの前に立った。

 セシリアはリフィーの姿を見て、片目を細めた。


「おや……女剣士か……」

「は、はい! リフィー・パーネルです!」


 聞かれてもいなかったが、名乗った。どうせ覚えてはくれないだろうが、あこがれの耳に自分の名前を届かせたかった。


「同性とはいえ、わたしは手を抜かんぞ」

「もちろん、全力でお願いします!」

「はじめっ!」


 審判の声が上がった。

 その瞬間、今までの応募者と対するのと同じく、猛然とした勢いでセシリアが踏み込んだ。


(速――!)


 反射的だった。考えるよりも早くリフィーの腕が木剣を動かした。何年も必死に積み重ねた鍛錬がリフィーの体を動かした。

 衝撃と、固い音が響く。

 リフィーの木剣がセシリアの一撃を防いだのだ。


(防げたって、まじっすか!?)


 自分自身でも驚くような殊勲。しかし、浸っている暇はない。一撃がとんでもなく重い。防いだにもかかわらず、リフィーは後ろへとよろけた。


(くっ、せめて一撃でも!)


 リフィーはよろける足を気合いで踏みしめると体勢を立て直し、セシリアへと打ち込んだ。

 また、セシリアが電光石火のように動く。


 刹那。

 リフィーの腹部をセシリアの木剣が薙いだ。リフィーは膝をついた。あまりの痛さに木剣で体を支えるのがやっとだった。しかし、痛みのうめき声だけはかみ殺した。


 敬愛する人に、自分の情けない姿を見られたくなかったからだ。

 セシリアはリフィーの瞳を静かに見下ろした。


「悪くはない」


 そう言い捨てると、セシリアは次の対戦者の元へと向かった。


(充分っすね……自分には充分すぎる成果っす……)


 子供の頃から必死に振るっていた剣が、あこがれの天才セシリアの一撃目を防ぎきったのだ。この瞬間のために、数年を費やしたかいがあったというものだ。

 離れていくセシリアの背中を見つめながら、リフィーは満足した。


 リフィーの試験は終わった。


 合格していると思わなかったリフィーは、四〇歳ほどの地方領主に嫁ぐのも仕方ないか、と思ってぼんやりと過ごしていた。


 そんなリフィーのもとに血相を変えた父親がやってきた。


「リフィー! さっき城からの使いがきて、お前を第一騎士団の騎士として任命したいと言ってきたぞ! どういうことだ!?」


 そして、リフィーは騎士となった。

 騎士となってから初めてセシリアと会ったときのことだ。


「おめでとう。リフィー・パーネル」


 彼女はリフィーの名前を覚えていたのだ。その日のことを、リフィーは一生忘れないだろう。


(もう、死んでもいいっす!)


 そうして、リフィーはセシリアのもとで働くことになった。


 それから二年――

 セシリアがやってきてリフィーにこう言った。


「今回の遠征に参加してもらう。期待しているぞ」


 セシリアから直々におおせつかり、リフィーの士気は高まった。


(かっこわるいところ見せられないっす!)


 セシリアとともに行軍できる幸せにリフィーは身もだえした。



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