第59話 大機工シャルティエ
いおりの姿を見つけたのは駅前のペデストリアンデッキだった。
『いた、マモ!』
スマホから声が聞こえると同時、いおりが手を振った。
舗装された高架の通路をいおりが一直線に走ってくる。
「いおり!」
ようやくいおりと合流できたが――ほっとするどころではない。
ペデストリアンデッキの向こう側に、影のように巨人がのっそりとした動きで迫っていた。動き自体はゆっくりだが、歩幅が大きいのでその追跡速度は侮れない。
その肩に、何か人のようなものが乗っているのが見えた。
(あれは何だ?)
衛は気になったが、じっくりと見ている暇はなかった。
衛たち三人が合流したとき、もう巨人はすぐそこまで迫っていた。
巨人がその巨大なこぶしを握りしめて、衛たちがいるペデストリアンデッキに振り下ろす。
耳を聾する爆音。影のこぶしがコンクリートを、まるでプラスチックのおもちゃを踏みつぶすかのように打ち砕く。
「うわああ!?」
足下が揺れ、身体がよろける。
衛はいおりを抱きしめた。
影の巨人の一撃は衛たちから外れていたが、まるでサメが食いついたかのようにデッキを削り取っている。
巨人が再びこぶしを振り上げる。
「逃げるぞ!」
セシリアが叫ぶ。
だが、どこへ?
衛たちが混乱から回復するよりも早く、巨人のこぶしがデッキを打ち砕いた。
今度の着弾点は――衛たちのすぐ近く。
デッキが、足下が崩壊。衛たちは宙に投げ出された。
「う、うわああ!?」
衛はいおりをより強く抱きしめる。
地面が迫る。
背中から衛は地面に激突した。その横にセシリアが軽やかな足取りで着地する。
もちろん、衛に痛みはない。
衛の両腕のなかでいおりがもぞもぞ動いた。
「――して……」
「いおり! だ、大丈夫か!」
「は、ははは離してよ! バカマモ!」
顔を真っ赤にしていおりが言う。
衛はいおりを抱きしめていた。
離さないよう、しっかりと抱きしめていた。
「わわわわわわ! ごめん!」
衛はばっと両手を広げる。
同時、いおりが逃げるように立ち上がった。
「も、もう! マモは! マモは!」
「ち、違うんだ! 俺はお前を守るつもりで!」
「わかってるけど! わかってるけど! も~~~~!」
口論する二人に向かってセシリアが言った。
「すまないが、乳繰りあうのは後にしてくれるか?」
衛といおりは真っ赤になって言った。
「「乳繰り合ってない!」」
「え、そうか? すまない。異世界から来たので間違った言葉を使ってしまったようだ」
セシリアが冗談を飛ばしているのか本気で言っているのか衛には判断がつかなかった。
どっちみち――
くだらない会話を続けている暇はなかった。
巨人がこぶしをふりあげる。
コンクリート製のデッキを発泡スチロールのように破壊した巨大なこぶしが放たれる。
狙いは衛たち。
今度は一直線に――狙い違わずこぶしが振り下ろされた。
衛はその前に身を躍らせる。
「な――衛、下がれ!」
「大丈夫だよ、セシリアさん」
目の前に巨大なこぶしが迫っても、衛は一切の恐怖を感じなかった。身体からあふれる力があの程度の攻撃に屈するとは思えなかった。
今の自分ならば、すべてを守れる。
そう衛は思った。
「俺が守るから」
衛は両腕を顔の前で交差させた。
交差した腕と巨人のこぶしが衝突する。
もしもその一撃を普通の人間が受けていれば、一撃で木っ端みじんになっていただろう。死体すら残らず、血と肉と骨の塵となって地面の染みとなっただろう。
だが、衛はそうならなかった。
踏ん張った足が一〇センチ後ろに下がっただけ。
ただそれだけで衛は巨大なこぶしの一撃を耐えしのいだ。
「マモ――すご……」
いおりのその言葉は衛を昂ぶらせた。
妹を守るのが衛の誓いだった。今、衛はその己への誓いを善良を持って全うできている。
(いおりは必ず守ってみせる!)
衛は両腕に力を込めて前へ通しだした。
「おおおおあああああああああ!」
その瞬間、巨人の身体がぐらりと揺れた。
巨人が腕を引き戻す。
四度目のこぶしが衛に振り下ろされた。
衛も右こぶしを握りしめる。
まるで巨大なトラックを素手で殴るようなもの。
だが、衛は躊躇なく右こぶしを巨人に叩きつけた。
こぶしとこぶしがぶつかりあう。
制したのは――
衛だった。
今の衛の身体からは膨大な聖気が放たれている。それは魔に対する特攻能力を持つ力。ガラトラを滅した力である。
莫大な量の聖気が巨人へと伝わった。
瞬間。
巨人の右腕に複数の亀裂が走り、肩口へと広がっていく。
まるで巨人は叫ぶように天を仰ぐと、陽光に溶けるように消えていった。
巨人の肩口に乗っていた何者かが足場を失い落下する。
ぱちん。
だが、その人物が指を鳴らすと、その身体は地面に激突する直前でふわりと羽毛のように浮き、ゆっくりとした様子で降り立った。
中性的な外見の男だった。
非常に整った顔をしていて、細い骨格の身体に丈の長い服をまとっている。
巨人を失ってもなお、男は笑顔を浮かべていて余裕の空気を漂わせている。
「マモ! あいつ! あいつがあたしを追い回してるの!」
「お初にお目にかかる――大機工、シャルティエと申します」
シャルティエが大げさな動きで頭を下げた。
「あいつが蛮さんを!」
衛はいおりの言葉に驚いた。
「ば、蛮!? そうだ、蛮はどうしたんだ?」
そう、衛はいおりのことを蛮に託して出かけたのだ。
だが、ここに蛮はいない。
「……わかんない。蛮さん、あいつの足止めをしてわたしを逃がしてくれたんだけど……」
その追ってきたシャルティエがここにいて――
足止めに回った蛮がいない。
シャルティエがくくく、と笑った。
「蛮? ――ああ、ひょっとしてあの贄のことかい? 彼ならもういない。死んだよ」
あっさりと――
本当にあっさりとシャルティエは言った。
御堂蛮は死んだ、と。
その瞬間、衛は自分の頭のなかがかっと燃え上がるのを感じた。
衛と蛮は友人だった。それなりに長い時間を共有していたし、二人でいることが衛は嫌いではなかった。
その蛮が、殺された。
この目の前の優男に。
現実感のない話だった。正義の味方を自称する蛮は殺しても死なないタイプだと思っていた。
だから、にわかに衛は信じられなかった。
だが、おそらくは事実なのだろう。
衛の友人である蛮は死んだのだ。
(すまない、蛮……俺が巻き込んでしまったばっかりに)
衛は蛮に心の中で謝った。
だが、泣くのはまだだ。泣くのはかたきをとってからでいい。
衛の身体は怒りではち切れそうだった。身体の奥底から感情と力がわき上がってくる。
衛はシャルティエをにらみながら一歩を踏み出した。
「――衛」
「セシリアさん、止めないでくれ。これは、俺がやらなきゃいけないんだ」
「止めないさ。だが忠告だけさせてくれ。甘く見るな。あれは大機工シャルティエ。魔王直属の十鬼将のひとりだ」
「十鬼将……?」
「ま、わかりやすく言うとね」
答えたのはシャルティエだった。
「ガラトラくんの一〇〇倍は強いと思ってくれたらいいよ」




