第56話 蛮vs大機工
「僕かい? 私は大機工シャルティエという」
蛮は一目見て、目の前の男がただものではないことを見切った。
圧が違うのだ。
今まで相対してきた誰よりも禍々しい存在感を、目の前の男が放っている。
蛮はひやりとしたものを感じた。
(おいおい、マジかよ……この俺が鳥肌になるなんて……)
「変な名前だな……今暴れている連中のお仲間かい?」
「仲間というより――飼い主と言ったほうが正しいもね」
「てことは、あんたが今回の件の首謀者か?」
「そうだね」
シャルティエがあっさりと認めた。
「ば、蛮さん……」
いおりが蛮の二の腕をぎゅっとつかむ。
蛮はその手をぽんぽんと叩いた。
「いおりちゃん。ここでお別れだ。逃げな。衛のところへ行け」
「え?」
「あいつはちょっとやばい。俺が時間を稼ぐ」
「そんな、蛮さんを置いてなんて!」
「いいから、カッコつけさせてよ。いおりちゃんを護るのが衛との約束なんだからさ」
強引にいおりの手を離すと、乱暴にいおりの肩をついた。
「さあ、早く!」
「蛮さんも……後からきてよ」
いおりはきゅっと唇を引き絞ると、背中を向けて繁華街の方に向かって走り出した。
蛮はシャルティエのほうに向き直った。
「……待っててくれたのかい?」
「ふふ。まあね」
「余裕だな。あの子が狙いだろ? 逃げられちまうぜ?」
「大丈夫だよ。どうせこのへん」
シャルティエが両手を広げた。
「すべて真っ平らにするからね。どこに逃げようと一緒さ」
「それは困るな。ここは俺の生まれ故郷でね。そんなことするなんて言われて黙ってられないな!」
言うなり、蛮はシャルティエに殴りかかった。
蛮のこぶしがシャルティエに到達する寸前――
ぎん!
矩形の薄膜のフィールドがシャルティエを護るように展開する
こぶしとフィールドが激突し、鈍い音がした。
「ぐあっ!?」
まるでコンクリートの壁を叩いたかのような衝撃に蛮が悲鳴を上げる。
「なんだこりゃ……」
「偽神器・世界の礎(展)。まあ、君に言っても意味はわからないだろうがね」
くくくく、とシャルティエが笑う。
「まあ、君がなにをしても僕に触れることすらできないってことさ」
「ざけんじゃねえぞ!」
蛮は奥歯を噛みしめてシャルティエに連打を叩き込んだ。
そのたびに大きな音が鳴るが、すべてこぶしと世界の礎が激突した音。どの一撃もシャルティエには届かない。蛮のこぶしがだんだんと赤く腫れ上がっていく。
「……くっそ」
蛮が痛みで手を止めた瞬間だった。
シャルティエが蛮の腹を殴り飛ばした。
「があっ!?」
蛮は身体をくの字に折り曲げて後ろへと吹っ飛んだ。今まで感じたことのない、身体を突き抜けるような痛みだった。
「おやおや? 痛かったかい? これでも手加減したのだけどね」
シャルティエが倒れる蛮を見下ろした。
「連打すれば壊せる? 連打すればガードの隙間をつける? そんなことでも思ったのかな? はははははははは! いいかい? 『世界の礎』とは魔王を討伐した勇者が着ていた神より与えられし最高級の神器のこと。これはそれを解析してこの大機工が作り上げた逸品。君ごときのこぶしが届くはずもない!」
「うっせーな……てめーの世界の話なんぞ知るか」
蛮は立ち上がった。
蛮の頭の中で怒りがふつふつとわいていた。いおりと衛を苦しめただけではない。繁華街で暴れている暴漢もこの男の手先だ。おまけにこの辺を蹂躙するとまで言っている。
こんなやつを、正義の味方の蛮が見逃せるはずもない
(こいつは俺が叩きのめす!)
蛮は右こぶしを強く握りしめる。
「てめーは悪いやつだ。てめーは俺がぶっ倒す。俺は俺のできるだけのことする。それだけだ!」
そして、シャルティエへと殴りかかった。
「てめーはぶっ飛ばす!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「てめーはぶっ飛ばす!」
そう啖呵を切って目の前の男が襲いかかってきた。
シャルティエはふっと鼻で笑う。
天才であるシャルティエは無駄なことをしない。精神論や根性は論外だし、奇跡を計算にいれるなどバカげている。
この男がするべきことは今すぐしっぽを巻いて逃げることだ。
なのにこの男は――
(本当にバカなのだろうな)
シャルティエはそう結論づけた。
だが、シャルティエの目は見逃さなかった。
今まさに振り抜かんとする蛮の右こぶしに黒い雷のようなものがまとわりついていた。
(あれは、何だ?)
蛮の右こぶしとシャルティエの薄膜が激しく激突した。
「な――!?」
シャルティエは驚きの声を上げる。
今までとは反応が違った。
双方が激突し、激しい黒い火花を散らしている。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
蛮が咆哮する。
その咆哮に反応するかのように、蛮の右こぶしの雷鳴が強く輝き、ついにはシャルティエの薄膜を突破した。
「バカな!?」
シャルティエの顔面を蛮が殴り飛ばす。
シャルティエは蛮の宣言どおりぶっ飛んだ。
「どーだッ、この野郎があ!」
蛮が右こぶしを前に突き出して叫ぶ。
シャルティエは地面に手をつき、ゆっくりと身を起こした。
すぐに起きないのは精神的なショックからだった。
彼の構築した偽神器『世界の礎(展)』が打ち破られたからではない。それよりも蛮の右手に宿った力の正体。
それこそがシャルティエには重大だった。
立ち上がったシャルティエはおかしさをこらえきれずに笑い出す。
「ふふふふ、あははははははは!」
「へらへらしやがって。ぶん殴られて頭がおかしくなったのか?」
シャルティエは両手を広げた。
「そうか。君こそが、いや、あなた様こそが――!」
「あなた様!? ふざけてるんじゃねえぞ!」
蛮は再びシャルティエに殴りかかる。
だが、シャルティエは今までとは一線を画す素早い動きでそれをことごとく回避、逆に素早い連打を蛮に叩き込む。
「ぐ、はっ!?」
ダメージは甚大だった。蛮は身体を折り曲げて地面にひざをつく。
「見えなかっただろ? 少しばかり調子に乗ったかな? 残念、まだ今の君だと僕にはかなわないよ」
「くそ、が……!」
蛮は奥歯を噛みしめ、痛みに耐える。
だが、心は前を向いていても身体はそうではなかった。立ち上がろうとするも膝に力が入らず動けない。
シャルティエが蛮の襟首をつかんだ。
「くくくくく……わざわざ足を向けたかいがあったよ。こんなとても素敵なものを手に入れられたのだから」
「わけのわからないこと言いやがって……!」
「気にしなくていい。僕の世界の話だからね」
シャルティエは蛮の顔を殴り飛ばした。襟首が引き裂け、蛮の身体が吹っ飛ぶ。地面を二転三転して蛮の身体は止まった。ぴくりとも動かない。
「さあて。どうしたものかな……」
動かなくなった蛮を見て、シャルティエは喉の奥で不吉に笑った。




