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第55話 いおりのピンチ

 衛とセシリアを送り出し、家にはいおり一人だけになった。

 テレビはどのチャンネルも特番に切り替わっていて、繁華街での事件を放送している。

 だが、これといって目新しい情報もなく、とにかく近づくなということを繰り返している。

 二人がでてからかなり経つが、蛮はまだ来ていない。

 心細くないと言えば嘘になる。


「いおり、何かあったらすぐに連絡しろ」


 そう言って衛は家を出た。

 いおりはケータイをぎゅっと握りしめていた。それがまるで自分と衛をつなぐ命綱かのように。

 そのとき――

 インターフォンが鳴った。


(あ、蛮さんかな)


 そう思ったいおりは壁のモニターを確認せず玄関へと向かった。


「蛮さん?」


 そう言いながらドアを開けたいおりが見たものは――


(え? 子供?)


 一二〇センチくらいの小さな生き物だった。

 だが、それが普通でないことは一目でわかった。

 人間の形こそしているが、まるでコールタールで塗り固めたかのような真っ黒な外見で、顔には真っ赤な目だけがついている。

 そしてその手には――

 小さな短刀が握られていた。

 同時、黒い小人がいおりに飛びかかった。


(やばい!?)


 いおりの反応は早かった。家の中に身を引っ込めてドアを閉じる。

 ドアは閉まりきらなかった。

 小人の腕が隙間に挟まったからだ。


「PYGIIEEAR!」


 小人の甲高い悲鳴が聞こえる。

 悲鳴を上げながらも小人は挟まれた腕で短刀を振り回す。ドアががたがたと揺れた。


(ちょ、ちょっと……!)


 いおりはなんとかドアを閉めたかったが、小人の腕が挟まっていてそれができない。

 悩んでいるうちに、さらに別の力がドアに加わった。おそらく、新たなる小人がドアをぶち破ろうと体当たりしているのだ。


(ダ、ダメ……!)


 ここは持たないと判断していおりはドアから身体を離し、一気にリビングへと走った。

 後ろでドアをこじ開けた小人たちの声が聞こえる。

 リビングに走り込んだと同時――

 ガラスの割れる音がした。

 庭から回り込んだ三体目の小人が手斧でガラス戸をたたき割ったのだ。


「KYYAAAAA!」


 奇声をあげながら、その小人が家に上がり込んでくる。

 いおりはテーブル横のイスをつかんだ。


「ひとんちだと思ってええええええええ! 弁償しなさいよ!」


 ガラス戸をたたき割られていおりはかなり頭にきていた。

 襲いかかってきた小人をいおりは両手で抱えたイスでぶん殴る。小人は派手に吹っ飛んで転がった。

 だが、庭からは四体目の小人がすでに姿を見せている。


(ああ! もう! きりがない!)


 いおりは後ろを向いた。

 玄関から入ってきた二体の小人が走ってくるのが見える。


「もおおおおお!」


 いおりはイスを玄関側の小人に向かってぶん投げた。

 小人たちがひるんだ隙をついて、いおりは二階への階段を駆け上る。セシリアに貸していた夫婦部屋へと飛び込み、ドアに鍵をかけた。

 数秒とせずに小人たちの奇声が階下から後を追ってくる。

 その声はいおりが隠れた部屋の前に集まってくる。

 がりがり。

 がんがん。

 ドアをこじ開けようとする音が聞こえてきた。


(そ、そうだ! マモ! マモに電話しなきゃ!)


 いおりはポケットからスマホを取り出して衛に電話をかけた。

 呼び出し音が鳴り続けるが――

 誰も電話に出る気配がない。


「マママママママ! マモオオオオオオオオ! あんたどうして電話に出ないのよ! かけてこいって言ったでしょおおおがああああ!」


 いおりは叫んだ。

 誰もいなかったが、やり場のない怒りをはき出すために叫んだ。

 同時。

 がん!

 大きな音ともに、手斧の先がドアを突き破った。


「!」


 次々とドアに武器が叩きつけられる。そのたびごとにハンマーや短刀といった小人の武器たちがドアから顔をのぞかせた。


(あああ、もう!)


 ドアが破られるのはもう時間の問題。

 それほど強くはなさそうなので一対一なら負ける相手でもなさそうだが、数が多すぎる。

 いおりは部屋の窓に目をつけた。

 窓に駆け寄り、押し開く。

 窓の下には御堂家の小さな庭が広がっていた。高さはざっと五メートル前後。


(ま、まあ……飛び降りても死なないか……)


 正直、気は進まない。

 だが、悩んでいる暇もない。

 ばかん!

 大きな音ともにドアがたたき割られた。手に武器を持った小人たちが部屋の中へと押し寄せてくる。


「ええい! もう!」


 いおりはひょいと窓をくぐった。窓の下にある屋根を伝って歩き、覚悟を決めて飛び降りる。

 足の裏にずしんという衝撃が来たが――それだけ。

 陸上部で運動神経のいいいおりには簡単なことだった。


(さっすが、あたし!)


 なんて気をよくしている暇はなかった。

 いおりが庭に下りたことに気がついた小人たちが窓を乗り越えて下へと飛び降りようとしている。


(早く逃げなきゃ!)


 いおりは態勢を整えると玄関へと走った。

 玄関から外へ出ようとしたとき――

 新たな人影が外から入ってくるのが見えた。


(新手!? まだいたの!?)

「もう! こんちくしょおお!」


 叫びながらいおりが右拳で殴りかかった。

 が、その手はあっさりといなされる。


「げ!?」


 いおりは焦ったが――

 相手の声を聞いてすぐに落ち着いた。


「いおりちゃん?」


 声の主は蛮だった。


「ば、蛮さん!」

「ごめん、遅くなって。なんか取り込み中?」

「な、なんか変なのが……!」

「変なの……?」


 いおりが説明する必要はなかった。

 いおりの来た方向からわらわらと真っ黒な小人が現れたからだ。


「確かに変なの、だな」


 蛮はいおりを自分の背中に隠した。


「危ないから俺に任せて」


 五体の小人たちが蛮に襲いかかる。

 蛮は強かった。小人たちの振り回す武器をかわしながら、一匹ずつ叩きのめしていく。一発で小人は倒れなかったが、二発三発と喰らうたびに動きが鈍くなっていき、ついには動くなくなった。

 そして――

 ふっと光が当たった影のように消えた。


「えっ!?」

「ほう……」


 驚くいおりと目を細める蛮。


「まあ、レイント王国第一騎士団団長どのがいる状況なんだから、なんでもありといえばなんでもありか」


 蛮は残りの小人を片付けた。


「こんなもんだな」

「あ、ありがとう! 蛮さん!」

「いやいや。むしろ遅れてすまん。交通規制で道がむちゃくちゃで。間に合ってよかったよ。ところでこいつら何?」

「よくわかんないけど、敵――だと思う」

「そっか。まあ、いいや。とりあえず、ここは危険だから離れよう」

「うん!」

「だけどその前に――いおりちゃん、玄関に言って靴はいてきなよ。靴下のままだぜ?」


 真っ赤になったいおりは慌てて家に戻った。

 靴をはいたいおりの手を引いて蛮は家から出る。

 出たところで――


「やれやれ。影の人形シャドウドールじゃ足りなかったか」


 そんな声がした。

 最初いおりは声の主が女だと思った。女性のような華奢な体格に甘いマスク。服装も中性的で、長い丈のタンクトップに黒くて長いカーディガンを羽織っている。だが、一七〇センチの身長と薄い胸板がかろうじて男だと主張していた。

 蛮がいおりの前に立って問う。


「お前、何者だ?」

「僕かい? 私は大機工ザ・マシーナリシャルティエという」


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