第54話 絶対に帰ってくるんだよ?
「な、何が起こっているんだ……?」
衛は唖然としながらテレビを見ていた。
休日昼間にぴったりなだらっとした雑談メインのバラエティ番組が打ち切られ、不意に特番になった。
テレビに映し出されたのは、家から近い小さな繁華街だった。
もちろん、衛もいおりもよく知っている場所だ。
だが、映し出された映像は衛の記憶と違っていた。まるで強力な台風が縦断したかのような有様だった。建物も車もくちゃくちゃだった。大量の警官たちが緊迫した顔で走り回っている。
それらを背景に、マイクを握った男が立っていた。
『はい、こちら現場です。場所は――』
男は衛たちの住んでいる街と繁華街の名前を口にした。
『昼ごろ、刀剣を持った鎧姿の男がこの繁華街で暴れているとのことです。警察が対応を行っておりますが、まだ逮捕したという報告はありません。近隣住民の方々は決して近づかないようにしてください』
ぱっと画面が切り替わる。
鋼鉄の鎧に身を包んだ、大柄な男の静止映像が映し出された。
ガラトラだ。
『犯人はこの男です。刀剣を持っているので非常に危険です。見かけても絶対に近づかないでください』
言ってから男が指を差した。
カメラが動いた先にあるのはただのビルだった。
ただの――?
衛は気がついた。
そのビルが普通の高さではないことに。
「マモ、あのビルって……」
「ああ、もっと高くて立派なビルだったよな……」
最上階を見ると、明らかに斜めに切断されている。
何か強力な力で削ぎ落としたかのような、そんな断面。
(……ガラトラは剣から衝撃波を飛ばしてきた。あれを使ったのか? だけど、あんな巨大なビルを一撃で両断できるのか……?)
ガラトラが襲撃したコンビニも、あそこまでのダメージを受けていなかったと衛は記憶している。
つまり、何かしらのプラスアルファがあるということ――
『あちらをご覧ください。あのビルは真ん中あたりで両断されています。どうやってやったのかはよくわかりませんが、犯人の男がやったという情報があります』
レポーターの周辺が急に騒がしくなった。
慌てて隊列を組もうとする警官、彼らはレポーターたちに早くあっちにいくんだ! 危険だ! と叫び始める。
レポーターが向いた方向に、画面が動いた。
『あ、あの男、あの男です!』
調子っぱずれた声でレポーターの男が叫ぶ。
まだずいぶんと距離があるが――
そこには金属鎧に身を固めたガラトラが抜き身の剣を片手に悠然と向かってきている。
『君たち、早く逃げろ!』
警官のいらいらとした声。
『こ、ここは危険です! わ、わたしたちもここを――』
レポーターたちは慌てて立ち去ろうとしたが、遅かった。
ガラトラの放った衝撃波が大気を切り裂いて殺到した。警官たちの悲鳴をまき散らす。
レポーターたちは逃げようとするが、続く第二波に呑み込まれた。轟音とともにカメラが砕け、テレビが灰色に変わる。
すぐに画面はスタジオへと切り替わったが、あまりの惨劇に映し出されたニュースキャスターも喋ることができずに固まっている。
「……どうやら敵が本腰を入れてきたようだな」
セシリアが淡々とした口調で言う。
「さて、どうするかね?」
「放ってはおけないだろ? 行こう。俺たちで留めるしかない」
「言っておくが、おそらく罠だぞ」
「どうしてそう思うんだ?」
「あれは明らかな示威行為。派手に暴れて、自分はここだと叫んでいるようなものだ。なぜか? 誰かに知らせたいのだ。自分の存在を。誰に? もちろん、我々にだ」
セシリアの双眼が衛を見た。
「わざわざ舞台を用意しているのだ。それにはそれなりの狙いというものがある」
だから、罠。
「それでも行く」
だからといって衛は退くつもりはない。
「ここで引きこもって見て見ぬ振りなんてできない。俺たちしかガラトラは止められない。なら――俺たちはみんなのために責任を果たすべきなんだ」
「そうだな――まあ、君ならそう言うと思っていたよ」
「セシリアさんも行くつもりだろ?」
「もちろんだ。君が盾でわたしが矛。二人でなければガラトラは倒せまい」
「マモ、あたしも行くから!」
ソファから立ち上がりながらいおりが手を上げたが――
「ダメ。お前は留守番!」
衛はぴしゃりとはねつける。
「ちょ、ちょっと何でよ!?」
「危ないだろ?」
衛の脳裏に、先のガラトラとの戦いが蘇る。あのとき、一度は死にかけたいおりの顔とともに。
あのときは運良く助かったが――
また奇跡が起こるとは限らない。
「それはそうだけど! でも、あたしだけ見てるだけとか!」
だから、あえて衛は厳しい言葉を使った。
「お前が来てどうするんだ? 何もできないだろ?」
ぐっといおりが口をつぐんだ。
悔しそうな顔で衛を見る。
「そ、それはそうだけど……!」
「ここにいるんだ」
「だけど! ここでわたし一人だけっていうのも危なくない!?」
「う」
今度は衛が押し込まれた。
いおりの言っていることは一理ある。
「ほら! どうせ危ないのなら、一緒にいたほうがよくない!?」
(確かに、俺がしっかりしていればいい話だ。一緒にいれば守れる。だが、別々だとどうしようもない……)
だが、それでも。
「ダメだ」
「ええ! なんでよ!」
「ダメなものはダメ」
衛は厳しく言い切った。
もうあんないおりを見たくなかったからだ。
「家がバレていない可能性もあるんじゃないか? だからああやって俺たちをおびき出そうとしている。どうだろう、セシリアさん?」
「わりと悪くはない読みではある」
「確実に危ない場所と、安全かもしれない場所。それなら、俺はいおりにここにいてほしい」
「むー……」
「だけど、一応、保険をかける」
「保険?」
「いおりのボディーガードを用意する」
「? マモかセッシーが一緒にいてくれるの?」
「いや。俺とセシリアさん二人でないとガラトラには勝てない。だから助っ人を頼むよ」
「誰?」
「蛮だ」
衛は短く答えた。
「蛮に電話して、こっちに来てもらえるか聞いてみるよ」
蛮は強い。セシリアとも互角に殴り合いをしていたくらいだ。
「蛮――先週きていた彼か……?」
反応したのはそのセシリアだった。
セシリアは蛮に対して好意的ではなかった。それは彼女と殴り合ったからではなく、彼女が蛮から『嫌な感じ』を直感的に感じていたからだ。
――魔族と戦ったときに感じるものと似ている。
セシリアはそう言っていたが。
「セシリアさんが蛮のことを好きではないのは知っているけど、あいつは頼りにできるやつなんだ」
「……言ったろう? こちらの世界での判断は君を信じると。君がそうしたいのならそうするといい」
「わかった、ありがとう、セシリアさん。いおりもいいか?」
「むー……ホントはついていきたいけど。仕方ないか」
衛はケータイを手に取り、蛮に電話をかけた。
『衛か? 何だ?』
「ガラトラが暴れている事件、知ってるよな?」
『ああ。俺も今、その件で動いている』
「忙しいところ悪いんだが、俺の家に来てくれないか?」
『お前の家に? どうして?』
「ガラトラは俺とセシリアさんで倒す。家にいおりを残していくから、蛮、お前に面倒見てもらいたいんだ」
『……確かに今の事態は警察や俺の範疇を超えているかもな。わかった。お前たちに任せよう。俺は今からそっちに行く』
「すまない。頼む」
ケータイを切って、衛はいおりたちのほうを向いた。
「蛮と連絡はついた。すぐ来てくれるって」
「わかった。なら急いで準備しよう」
言うなりセシリアがリビングを出ていく。
「マモ……気をつけてよ」
心配そうな顔でいおりが衛を見る。
「大丈夫。俺とセシリアさんで行くんだ。負けるわけないさ」
「セッシーは大丈夫だと思うけど、マモが心配」
「おいおい。まあ、俺は頼りないかもしれないけど――」
「違う。ただ単に――心配してるだけだよ」
いおりが衛に抱きついた。
(え……?)
いおりは衛の腰に手を回し、おでこを衛の胸に押しつけた。ぎゅっと衛の身体を抱きしめる。
「無理しちゃダメだから。絶対に帰ってくるんだよ?」
「わかった。約束する」
衛はそっといおりの後頭部を撫でる。衛の手のひらを滑る柔らかな毛が心地よかった。
「約束するから」




