第53話 ガラトラ無双
道行く人々が奇異な視線を向けてくる。正面から向かってきた人間たちが慌てて左右によける。
ガラトラはそんな連中を無視して黙々と歩いていた。
彼らがガラトラを避けるのは当然だった。
金属鎧を身にまとい、腰の左右に二本の長剣を差しているからだ。
「何あれ、コスプレ?」
そんな声が聞こえたが、もちろんガラトラには意味がわからない。
ガラトラが歩いているのは、衛たちの家からほど近い――しかし、前のコンビニほどは近くない繁華街だった。
複数車線の幹線道路が通り、道路脇にはいろいろな店やビルが建ち並んでいる。
休日だけあって多くの若者たちで賑わっている。
そんななかを、完全武装の鎧武者が歩いていた。
異質である。
だが、それこそが狙いだった。
「せいぜい派手に暴れろ」
それが大機工シャルティエの指示だ。何のためにそうするのかをガラトラは知らない。興味もない。
思う存分この人と物があふれかえる場所に死と恐怖と破壊をまき散らす。それだけだ。
それを思えば思うほど、舌なめずりしたくなるほどに気持ちが痺れる。
その衝動をいつ解放するのか。いついついついついつ。
「おい、君!」
背後から威圧的な声がした。
ガラトラが振り返ると、紺色の変わった服を着た男二人が険しい顔で小走りに近づいてきた。
(……ああ、警察とかいうやつらか)
ガラトラは足を止めて二人が来るのを待つ。
「なんだその格好は!? 周りの人が驚いているじゃないか!」
いついついついついついつ?
「腰の剣は何なの? まさか本物じゃないよね? いや、偽物でもこういうのを外に持ち出すのは――」
いついついついついついつ?
いつ?
今。この瞬間。
「本物かどうか試してみるか?」
ガラトラはそう言った瞬間、腰の剣を一本引き抜いた。
おそらく、喋っていた当人は自分が死んだことすら気付かなかっただろう。
警官は左脇腹から右肩にかけて切り捨てられた。切断された上半身がずるりと地面に落ちた。
吹き出した鮮血が花火のように弾けた。
突然の非現実的な映像。
周囲の人間が恐怖にまみれた悲鳴を上げる。
「うわっはっはっはっはっはっは!」
ガラトラはその悲鳴のなかで笑った。
楽しくて楽しくて仕方がない。
自分の力を見せつけ、それに恐怖する連中を見るのが。人から流れる負の感情は魔族を昂揚させ、その糧となる。
「き、貴様!」
生き残った警官が叫ぶ。
「なんだ?」
ガラトラが雑に剣を振るう。
だが、警官はすでに大きく下がっていて、その一撃の届かない場所に立っていた。
「なんだ? 逃げるのか? 逃げてどうするんだ?」
ガラトラが嘲笑する。
警官は逃げたわけではなかった。腰から拳銃を引き抜き、その銃口をガラトラへと向ける。
それはガラトラの知識にはないものだった。
だから、ガラトラは何の恐怖も警戒もなく笑った。
「くっはっはっはっは。そんなものでどうするんだ? それが何だって言うんだ?」
「うるさい! 狂人め!」
警官が悲鳴のような声を上げながら引き金を引いた。
かわいた音が二発。
「あ?」
ガラトラは衝撃を感じた。
自分の身体を見ると、鎧の胸元に二つの穴があいている。
「とどめだ!」
警官の狙いすました狙撃がガラトラの眉間に突き刺さった。
がくん、とガラトラの首が後ろへと流れる。
「やった!?」
警官の喜びの声。
だが、その表情はすぐに驚愕へと変わる。
ガラトラは頭を起こした。その眉間にはぺしゃんこになった弾丸がはりついている。
弾丸だった金属片がガラトラの眉間からはがれ落ちた。
ガラトラの眉間には傷ひとつない。
「知らなかったのか? 上位魔族に普通の武器は通用しない」
警官との距離は数メートル。
剣は届かない距離だが、ガラトラは剣を振り下ろした。
同時――警官の背中からどっと血が吹き飛んだ。
ガラトラの放った衝撃波が警官を切り裂いたのだ。警官の身体は糸の切れた人形のように力を失い、地面に倒れ伏した。
「せめて銀の弾丸くらいは用意してこいよ?」
すでに周りの人々は逃げ去っていた。真空地帯のようにガラトラと二体の警官の死体だけがある。
否――
ひとり。ガラトラの背後に若い女がいた。
完全に腰が抜けてしまったのだろう、地面にへたり込んでいる。その顔は恐怖で蒼白になっていた。
ガラトラは女の鼻先に剣を突きつけた。
「ひどい話だな。誰もお前を助けてくれないなんて。人間とは薄情なものだ」
「お、お願い、助けて……助けて……」
女が震える声で哀願する。
それがガラトラにはたまらない。だらりと口からよだれが垂れた。
「お前はもう、助からない」
「助けて……助けて……助けて……」
ガラトラの言葉が聞こえていないかのように女が繰り返す。
ガラトラは剣を振るった。
女の白い肌が裂ける。服に女の血が広がった。
女は傷口を手で押さえて身体をくの字に曲げた。声帯が砕けたかのような悲鳴が街に響く。
「はは、ははははは!」
ガラトラは笑った。苦しみによがる女の姿を見るのがたまらず心地よかった。
「助けて……いや、死ぬのは……」
女がつぶやく。声は涙に濡れていた。
「そうか」
ガラトラは剣を振り下ろした。ぐしゃりという音。頭を真っ二つに叩き割られ、血と脳をばらまきながら女は地面に崩れ落ちた。
ガラトラは血に染まった剣をぺろりと舐める。
「さあ、まだまだだ……まだ」
道路を見ると、状況に気付いていない車が次々と行き来している。
「つるべ打ちだな」
ガラトラが剣を振るう。
衝撃波が容赦なく車に襲いかかる。耳障りな金属音とともに車が両断された。両断された車は制御を失い、他の車へと突っ込んでいく。車と車が激突、さらに後続の車が激突。衝突を免れた車も急ブレーキを踏んだり、他の車線へと割り込んだりする。
一瞬にして現場は混乱と悲鳴と怒号につつまれた。
「なんだ! なにやってんだ!」
車から飛び出てきた中年男の首を――
ガラトラがすれ違いざまに切って落とす。
ガラトラは歩きながら乱雑に剣を振り回した。街路樹が真っ二つになり、雑貨屋が両断される。
もちろん、車から逃げ出そうとする人間たちも。
「ふっはっはっはっはっはっは……」
快感がガラトラの身体に満ちあふれていた。久しぶりに味わう虐殺と破壊が酒のようにガラトラを酔わせる。
ガラトラの目が一五階以上はある大きなビルに向いた。
ガラトラが背中の大剣を引き抜く。
それこそが『北方の餓狼』。
かつて彼の主であったアーベルーダが愛用し、シャルティエが鋭刃Lv.10の破片を使って蘇らせた神器級武器。
――耐久性はほとんどない。あくまでも本番用だ。それを忘れないようにね。
シャルティエがそんなことを言っていたが、ガラトラに遠慮するつもりはなかった。
(試し切りくらいしておかないと本番で使えるかよ)
ガラトラが一閃する。
放たれた衝撃波は巨人のような存在感のビルを真っ二つに切り裂いた。ずるりとビルの上部が滑り落ち、地面へと衝突。轟音と破片をばらまき、煙幕が広がった。
「くくくくく……この刃ならば、あのクソ坊主も真っ二つにしてやれるだろう」
ガラトラは自分の新しい力がたまらなかった。
身体中のあらゆる場所が快感でうずいている。
「さあ、早くこい。クソ坊主、セシリア……」
宴は始まったばかりだった。




