第52話 終わりの始まり
「いい加減にしてもらおうか、用があるのはわたしだろう?」
セシリアだった。
髪は染めて黒くなっているが、変わらない碧眼でじっと蛮を見つめている。
「セ――セシリアさん!」
「悪かったな、衛。わたしのために無理をさせてしまって」
蛮は衛をつかむ手を離した。
「ようやく出会えたな、騎士団長さん」
「正確にはレイント王国第一騎士団団長だ。王より賜った輝かしい職務、正しく覚えておいてもらおう」
「呼び方としては長すぎるな。俺の名前は蛮。あんたは?」
「セシリアだ。で、わたしに何の用だ?」
「ここらへんでいろいろと不思議な事件が起こっていてね……警察とはあんたに話を聞きたがってるんだ。悪いがついてきてもらうぜ」
「……残念だが、それはできないな。そこの二人に警察にはいかないほうがいいと言われているのでな」
「そうかい。なら――力づくだな」
蛮が獣のような速度でセシリアに飛びかかった。左右のパンチを素早く繰り出す。
だがセシリアも戦い慣れた騎士。そのこぶしを素早くかわす。
「やるね!」
蛮が左のこぶしを放とうとするが――それはフェイント。
反応したセシリアの顔面に、蛮の右こぶしが襲いかかる。
肉のぶつかる甲高い音。
蛮のこぶしは、しかし、セシリアの手に受け止められていた。
「さすがは騎士団長さん。甘くはないか」
「お前……」
そのとき、衛は目を見張った。
セシリアの顔がこわばっていたからだ。
戦闘中だ。厳しい顔になるのもおかしくはない。だが、強い嫌悪感が浮かび上がっているのが衛には気になった。
「お前は何者だ?」
いぶかしげな表情を浮かべたまま、セシリアが問う。
「俺か? 俺は正義の味方の南場蛮さまだッ!」
蛮が蹴りを放つが――
それもセシリアが逆の手で防ぐ。
「正義の味方? 貴様が?」
怒りすらこもった声でセシリアが吐き捨てる。
そのまま、ぶんと蛮の巨体を放り投げた。
「うわっ!?」
蛮がベッドの上に転がる。
セシリアは間髪入れずに突っ込み、そのまま蛮の顔面めがけてこぶしを振り下ろす。
蛮が横に転がって回避、そのままベッドから転がり出る。
ベッドを挟んで蛮とセシリアが対峙した。
二人とも決して退くつもりはない――そんな強い意志が込められたにらみ合いだった。
「マ、マモ……」
不安げな表情でいおりが衛の袖を引く。
(仕方がないな……)
衛としては蛮にもセシリアにも傷ついて欲しくなかった。二人とも大切な知り合いなのだから。
衛はぱんと手を叩く。
音に反応して蛮とセシリアが衛のほうを見た。
衛は二人に言う。
「わかったよ、蛮。お前の執念の勝ちだ。俺たちの知っている情報を渡す。まず話を聞いてくれ」
「何を言っている、衛! こいつは――!」
血相を変えるセシリア。だが、衛はセシリアの言葉を遮った。
「いいんだ、セシリアさん。こいつは俺の親友だから」
蛮が肩をすくめた。
「そりゃありがたい。この女騎士さんめちゃ強だからな……」
そうして四人は一階にリビングへと戻った。
衛が主に話をした。ガラトラの襲撃からセシリアとの出会い、そしてセシリアから聞いた話を。もちろん、衛の体質も話した。
蛮も何も喋らずに黙って聞いていた。ただ、その目はじっと衛を見ていた。セシリアが異世界人と聞いたときだけ、驚いたような目でセシリアを見た。
セシリアは腕を組んだまま目を閉じて話を聞いている。
話し終わった後、蛮がようやく口を開いた。
「なんだかすごい話だな」
「やっぱり信じられないか?」
「いや、お前が俺を信じたんだ。俺もお前を信じよう」
そう言いながら、蛮は頭をかいた。
「俺は信じる。信じるけどさ……警察が話を聞いてどう思うかは別だよなあ」
勇者が転生した人間を捜すため、異世界から魔族と女騎士がやってきた――なかなかに嘘くさい話だ。
「陣の兄貴は頭カチカチだしなあ……寝ぼけているのか蛮とか言って怒られそうだ」
「俺たちは警察に連れていかれるのか?」
「そうだな……いや、いい。お前たちが考えたとおり、警察が話を聞いて正しく判断を下せる可能性は高くない。お前たちの身を守るためにはこの三人が固まっているほうがいいだろう」
「そう言ってもらえると助かる」
「俺のほうで情報をどう流せばいいか考えておくよ」
「わかった。協力できることがあれば言ってくれ」
「おう。そうびくびくすんな。お前たちが被害者なんだから。胸を張ってろよ。悪いようにはしないさ」
帰ることにした蛮を、衛は玄関まで見送った。
部屋に戻ると、テーブルにつっぷしているいおりと瞑想したままのセシリアが座っていた。
「うー。蛮さん帰った?」
「帰った」
「疲れたー……でも、蛮さんに話してよかったよね? なんだか協力してくれそうだし」
「そうだな。もっと早く相談してもよかったかもな」
衛はセシリアを見た。セシリアはまだ腕を組んだまま、一言も発していない。
「ごめん、セシリアさん。勝手に話して。反対だった?」
「いや、別にそれは構わない。こちらの世界のことだ。こちらの世界の住人である君の判断に従うさ」
セシリアが閉じていた目を開く。
「わたしが考えていたのは、さっきの彼が何者かということだ」
「蛮のこと?」
「さっき彼と戦ったとき、嫌な感じがしたんだ」
「嫌な感じって?」
「なんて言うのかな。ガラトラと戦ったときの感じというかな……。魔族と戦ったときに感じる嫌な感じと似ていたんだ」
「え、魔族……?」
蛮と魔族。今まで衛のなかで全く別に存在していた二つ。セシリアはそこに一本の線を引いてつないのだ。
「いや、ちょっと待ってくれ、セシリアさん。蛮が魔族だって言うのか!?」
「そこまでは言い切らない。感じたのもうっすらとしたものだしな。だけど、もうずっとあいつらと戦ってきたんだ。勘違いはないよ」
「蛮が魔族ってのは――さすがにないよ。ずっと一緒にいたんだ。もしも入れ替わっていたら気付くよ」
「そうだな……わたしの考えすぎだったらいいんだがな。ただ、万が一がある。君たちも気には留めておいてくれ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
シャルティエは一四階のリビングから見える風景をじっと見つめていた。
のどかな、どこまでも家が広がっている風景。
それぞれの家にはそれぞれ住む人々がいて、それぞれの小さな幸せを抱いて生きているのだろう。
何事もない日常を過ごしているのだろう。
この風景がミニチュアサイズのものだったとして――
大の大人が暴れまくるとどうなるのだろう?
無数の家が踏みつぶされて、残骸と化していく。住人たちは死に絶え、苦しみと怨嗟の声が空を覆い尽くすだろう。
その想像は――
「実に、心地いい……」
うっとりとした声でシャルティエがつぶやく。
人間の負の感情を糧にする魔族からすればそれは、最高最大のオーケストラなのだ。
「もう出ていいのか?」
背後からのガラトラの声。シャルティエは振り向く。
首から下を重厚な金属鎧に身を固めたガラトラが立っていた。腰には長剣、そして背中には巨大な大剣を差している。
「ああ、構わない。思う存分、暴れたまえ」
「お前の指示した場所だったら――何をどうしてもいいんだな?」
ガラトラの顔が嗜虐的にゆがむ。
今までずっと抑えてきた闘争心。その解放がたまらないような顔だった。
「もちろんだ。せいぜい派手にやってくれ」
「勇者どもはそこにいるのか?」
「出会えるかどうかは君の働き次第だよ。君が派手に暴れれば暴れるほど可能性は跳ね上がる」
「手加減は不要ってことか」
「するつもりだったのかい?」
「まさか!」
大声で笑いながらガラトラが部屋から出ていく。
誰もいなくなった部屋で、再びシャルティエは外を眺めた。
静かで――平穏な日常がそこに広がっている。
だがもうそれも終わる。
シャルティエは両手を広げた。
「さあ、始めようか、こちらの世界の人間たちよ。十鬼将、大機工の本気と恐怖。しかと魂に刻み込め」




