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第51話 正義の味方の推理

「わかった。お前がそう言うなら――気がすむまでやるがいい」

「悪いな、衛」


 蛮は何のためらいもなく庭に面したカーテンを開いた。

 そこにはもちろん誰もいない。

 衛が朝のうちに干した洗濯物が干してあるだけだった。


「ま、こんなわかりやすいところにはいないよな」


 リビングを出て洗面所から風呂、トイレ、台所と余すことなくチェックしていく。

 もちろん、そこには誰もいない。


「一階はこんなものか。じゃあ、次は二階だな」


 階段を上っていく蛮の後に衛はついていく。


「二階って、お前といおりちゃんの部屋だけだっけ?」

「いや……それと今は使ってないけど両親の部屋がある」


 その部屋は今セシリアに貸していて、現状ではセシリアがその部屋のウォークインクローゼットのなかに隠れている。

 二階に上りきると部屋の前にいおりが立っていた。


「おや、いおりちゃんお久しぶり」


 蛮が気軽に挨拶する。


「蛮さんこんにちはー」


 いおりがいつもと変わらない様子で応じた。


「何の用?」

「金髪のきれいなお姉ちゃんを捜しているんだけどさ、いおりちゃん知らない?」

「知らないよ?」

「またまた。俺に隠してるでしょ?」

「隠し事なんてないよ。変な蛮さん。どうせ暇なんでしょ? せっかくだし遊ぼうよ」

「ごめんごめん、今日は用事があるんだ。……この家を調べている最中でね。いおりちゃんの部屋も見せてもらうから」

「ええ! やだ!」


 いおりが否定するも――


「それは聞けない。この埋め合わせはするから、さ」


 有無を言わせない、そんな声色で蛮が言う。

 あまりの迫力に、いおりの顔がこわばった。


「おい、蛮――」

「いやいや! すまない、衛。いおりちゃんも。怖がらせるつもりはなかったんだ。必ず埋め合わせはするからさ!」


 さっきとは違う、いつもの明るい口調で蛮が言った。

 衛はいおりの部屋のドアを開けた。


「さっさとすませろ」

「はいはい」


 蛮は入り込み、手慣れた手つきでいおりの部屋を物色した。ご丁寧にクローゼットも開けてなかを検分する。


(……そりゃ見るよな)


 これが夫婦部屋だったら、セシリアが隠れていて一発アウトだ。


「はい、終わり」


 蛮はクローゼットを絞めてさっさと部屋を出た。

 不機嫌顔のいおりがそこに立っている。


「やめてよね、蛮さん。女の子の部屋を勝手にのぞくなんて。変態よ変態」

「いやホントごめんね。マジで埋め合わせするから!」


 蛮はへらへらとした様子でいおりを拝み倒す。

 その間に衛は自分の部屋の前に移動してドアを開けた。


「俺の部屋だ。調べていいぞ」


 蛮が衛の部屋へと入っていく。

 衛は彼の後を追って部屋に入り――ドアを閉めた。

 蛮が手早く調査を開始する。

 その背中に向けて衛は声をかけた。


「なあ、蛮」

「うん?」


 そう答えながらも蛮は止まらず調査を続けている。


「どうしてそこまで女騎士にこだわるんだ?」

「どうして? そりゃ決まってる。この事件の鍵を握ってるからさ」

「見つけてどうするつもりだ?」

「訊くだけさ。いろいろとな」


 蛮は本棚の上に視線を向けた。立ち位置を前に後ろと変えながら本棚の上を見ている。


(お、おい……まさか……)


 衛は青くなった。その場所には――

 蛮が軽い足取りで棚に脚をかけて、本棚の上にある本をとった。


「お、おい!」


 衛は血相変えて蛮に近づく。

 蛮はにやにやとした顔で衛の眼前に本をつきつけた。

『むっちりパラダイス』

 表紙では、きわどい服を着た豊満ボディの若い女がセクシャルなポーズをとっていた。

 エロ本だった。

 衛は奪い取ろうと手を伸ばすが、蛮がひょいとそれを回避した。


「お、お前! なにしてんの!?」

「友達の家に来たときのお約束! お約束だって! いやー、衛くんはこういうのがご趣味なんですねー」

「いいだろ、別に!」

「ちょっと隠し方が適当すぎて俺にはバレたけど意外とナイスだと思うぜ。いおりちゃんの背だと本棚の高さ的に見えないからな」


 そう言って、蛮は再び家捜しに戻る。


「俺は今日お前の好みのタイプを始めて知ったわけだ。長いつきあいのお前でも知らないことはある。会ったこともない女騎士と少しくらい話してみたいだろ?」

「……話してみて――どうするんだ?」

「話した内容次第さ。黒だと判断すればふん縛って警察に突き出す」


 蛮はそう言うと、衛の秘蔵の本を本棚の上に戻した。

 最後にクローゼットを開き、めざとくなかを検分する。


「この部屋も終わり、と」


 蛮がクローゼットを閉じた。


「俺はね、兄貴の陣の石頭っぷりは大嫌いだけどさ。こと正義にかんしちゃ根っこは同じなんだよ。悪いやつがいたら逮捕する。例えそれが仲のいいやつでもな――衛」


 蛮の目は本気だった。

 衛と蛮は部屋の外に出た。

 部屋の外ではいおりが立っていた。


「蛮さん、何か見つかった?」

「そうだな、衛の大切なものがあったよ」

「大切なもの?」


 不思議そうにいおりが首をかしげる。


「いいから、いいから……」


 衛は手をひらひらと振って、夫婦部屋の前に立った。

 ドアノブをつかんだまま、蛮に声をかける。


「もういいだろ? 死んだ親の部屋だからさ、あまり触られたくないんだよ」

「そうか……じゃあ、俺は家具には手を触れないようにしよう」


 蛮の決意の固さは変わらない。

 衛はため息をつきながら、部屋のドアを開けた。

 衛と蛮が部屋に入った。いおりも後に続く。

 蛮は言われたとおり、部屋のものには触らなかった。ベッドに近づき、そっと下をのぞき込む。

 もちろん、そこには何もない。


「衛。そこのドアは?」

「ウォークインクローゼットだが?」

「開けさせてもらうぞ。もちろん、中のものには触らないさ」


 蛮はクローゼットのドアに近づき――

 ドアを開けた。


「……ここにも誰もいないな」


 蛮は首を振ってドアを閉めた。

 衛は内心で大きく息を吐いた。緊張から解放される。


「な? 気のせいだっただろ? 女騎士なんて知らないよ」

「そうそう! 蛮さんの気のせいだよ!」


 蛮はふふっと笑った。


「そうだな。俺は一階から二階まですべての部屋を見たけど――金髪碧眼の美女なんてどこにもいなかった。隠し部屋とかあるのか?」

「ない! 両親が建てた普通の家だぞ」


 本当にない。それは嘘ではなかった。


「そうか。なら、おかしなところがひとつあるな」

「おかしなところ?」

「この部屋には三人いるにも関わらず、二人しか俺の前にいない」

「いや、だから俺といおりだけだって」

「衛、こんな話を知っているか?」


 蛮がおかしげな口調で続ける。


「二股かけてる男は要注意なんだってさ。彼女の歯ブラシを置いたままにしていると、別の彼女が遊びに来たときバレるんだとさ」

「――!」


 衛は蛮の言いたいことを正確に把握した。

 隣でいおりも真っ青な顔になっている。


「衛。洗面所を見たとき歯ブラシが三本あったけど、どういうことだ?」

「そ、それは――」


 衛は言いよどむ。いい言い訳が――思いつかない。

 そんな衛など気にせず、蛮は容赦なく攻め立てる。


「それにこの部屋、両親が亡くなったときのままなんだよな? ベッドの掛け布団、枕の位置からして――最近使ってないか、ここ?」


 衛は言葉を継げなかった。

 だが、ここで黙るわけにはいかなかった。


「いや! 蛮! お前の思い込みだ! この家には俺たち二人しかいない。それはお前も確認しただろ?」

「……いおりちゃんの部屋にいるんだろ?」


 衛は自分の表情を抑えきれなかった。

 図星。

 完全な図星で、衛は言葉を失った。

 蛮が勝ち誇るわけでもなく、淡々とした口調で続ける。


「最初にいおりちゃんの部屋を見た。その後、衛の部屋を見た。お前が俺に話しかけている間に、いおりちゃんがこの部屋にいた女騎士をチェック済みのいおりちゃんの部屋に移動させた。で、俺は誰もいなくなったこの部屋を調べることになった――どうだ?」


 訂正の必要がないほどに、その通りだった。

 衛は――

 それでも首を振った。


「お前の、気のせいだ」

「そうか、なら、いおりちゃんの部屋を見せてもらおうか」


 部屋を出ようとする蛮の前に衛は立った。


「ダメだ……もういいだろ?」

「そうか、それがお前の答えか、衛」


 蛮は大きく息を吐いてから続けた。


「わかった。俺を殴れ」

「殴る……? どういう……?」

「お前が殴ってくれなきゃ、俺が殴りにくいだろ?」


 それは宣戦布告だった。

 正義の味方である蛮が、これから正義を執行するための宣言。

 衛は首を振った。


「お前を殴る理由がない」

「そうか――」


 蛮はこぶしを握った。


「なら残念だ。俺は容赦しないぜ?」


 蛮の右腕が動き――

 言葉どおり容赦なく、衛の顔を殴りつけた。


「マモ! 蛮さん、どうして!?」


 いおりが悲鳴のような声を上げる。


「ごめんな、いおりちゃん。寝ぼけた友達を起こそうと思ってね」


 蛮がしかめっ面で右のこぶしを左手で撫でる。


「お前を殴ったのは二度目で――前から気になってたんだが、どうして壁を殴ったみたいな気分になるんだ、鉄面皮?」

「さあな……だけどお前のこぶしもきくぜ、鬼人」


 衛は殴られた頬を撫でた。

 嘘ではなかった。

 普通の人間に殴られてもほとんど何も感じない衛だったが――蛮のこぶしはそうではなかった。まるで身体の芯に響くような重い痛みを感じさせた。


(どういうことだ? 蛮の筋力だと俺の防御力を貫通するのか?)


 それもありえそうだが――

 何か腑に落ちない。

 だが、考えている暇はなかった。


「やめてよ!」


 いおりが叫ぶが――蛮は止まらない。

 蛮のこぶしが再び衛に襲いかかる。衛は紙一重でかわし、その腕に組み付いた。


(何とか話し合える状況にしないと――!)


 だが、衛は防御力がチート級というだけで腕力はさほどでもない。

 蛮はあっさりと衛をふりほどき、衛の腹部にボディーブローを叩き込む。


「ぐうっ!?」


 衛の身体がくの字に折れ曲がる。


(やっぱり、痛みが――!)


 衛は顔をしかめた。


「衛、俺に勝てるはずないだろ?」


 蛮が衛の襟首をつかみ上げる。

 そのとき――

 部屋の出入り口に何者かが現れた。


「いい加減にしてもらおうか、用があるのはわたしだろう?」


 セシリアだった。


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