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第50話 vs正義の味方

 南場蛮はブレーキを握り、乗っていた自転車を止めた。

 止まった家の表札には『御堂』と書かれている。蛮の親友である御堂衛の家だ。


 蛮はじっと衛の家のインターフォンを見つめた。


 あれから――御堂せりと称するいとこを連れた衛たちと会ってから二週間が経つ。

 あの日からずっと蛮は御堂せりのことが気になっていた。


 異性としての匂い立つ魅力に――ではない。

 もちろん、彼女の正体についてだ。

 サングラスをつけたハリウッド女優のような外見の女。警察から聞いていた自称レイント王国第一騎士団団長とも背格好が似ている。髪は黒かったが、そんなもの染色でどうとでもなるだろう。


 出会った瞬間からひっかかったが――

 その日はあえて蛮は踏み込まなかった。


 なぜなら、衛との友情があるからだ。曖昧な情報で友人とその連れを疑うことなどできない。

 そのときは踏み込まなかったが――しかし見逃したわけではない。


 蛮は調査を開始した。

 本当に『御堂せり』といういとこがいるのか。

 それを確認すればいい。

 蛮は実家のコネを使って『御堂せり』が実在の人物かを確認した。


 答えはノー。

 そんな人物は衛の血縁にはいない。


 答えが出た以上――南場蛮は見逃せない。


(衛、せめて完全な偽名じゃなくて本当にいるいとこの名前を拝借するべきだったな……)


 友人の詰めの甘さ――木訥さを蛮は小さく笑う。

 だが、決してそれは不快ではなかった。友人の善良さと嘘に対する経験の少なさがわかったからだ。


(ああ、知っているぜ、衛。お前は人をだまして喜ぶようなやつじゃない。お前が嘘をつくにはきっと理由があるんだろうな)


 蛮はゆっくりとインターフォンに近づく。


(だけど、俺はそれだけじゃあ納得できないんだよ。お前の口から教えてくれよ。どうしてお前はそうしたのかを)


 蛮はインターフォンを押し込んだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その日は週末で、それゆえに衛もいおりもだらだらと家で過ごしていた。

 衛はリビングの床拭きをしていて、いおりはソファに座って雑誌を読んでいる。セシリアは貸している夫婦部屋にこもっている。

 御堂家は平和だった。

 最近のクライシスといえば風呂での一件だ。衛が必死に事情を説明し、セシリアが「ほー、男女で風呂に入ってはいけないのか」と言ってくれたおかげで疑いは晴れた。


「セッシー! ダメだよ! 女の子がこんな野獣と一緒にお風呂に入っちゃ! 変なことされちゃうよ!?」

「誰が野獣だよ」


 セシリアは特におとがめ無しだったが、なぜか特に何もしていない衛が悪者になった。こういうとき男は損だと衛は思った。

 いおりの衛を見る目が白く、衛とすれ違うたびに「きもっ!」と言ってきた。

 ただそれも一週間前までの話。


「まあ、反省しているようだし? セッシーも自分が悪かったって言ってるし? とりあえず許してあげるから」


 と言ってお咎め無しとなった。

 問題といってもそれくらいだ。実に些細なこと。ガラトラと命のやりとりをしたあの日を思えば、何も起こっていないに等しい。


(平和だ)


 衛はしみじみと噛みしめた。


(この平和が続けばいいんだけど……)


 そこで――

 ぴんぽーんと間延びした呼び鈴が鳴った。


「俺が出るよ」


 そう言いながら、衛は壁のモニターに近づいた。


(何だろう? 通販とか頼んでたかな……?)


 覚えのない衛がモニターを見ると――

「蛮?」


 衛は親友の姿をそこに見た。

 蛮が衛の家に遊びに来たのは何度かある。だがそれは、行くぞという連絡があってのことだ。


(いきなり来るのは――)


 何かある。

 その何かを衛は容易に想像できた。

 衛は通話ボタンを押した。


「どうした?」

『みどーくーん。あーそぼ♪』

「すまん、今立て込んでるんだ。じゃあ――」

『と、ちょっと待て』


 蛮が衛の声を遮る。その声は先ほどのようなふざけた響きはどこにもなかった。


『お前に聞きたいことがある。女騎士のことだ。残念だけど――有無を言わせるつもりはないぜ?』


 衛は知っている。この友人の執念深さを。

 ここで逃げたところで――いずれは食いつかれる。


「わかった。時間をとるよ……少しだけ待っててくれ」


 衛は通話を切った。

 振り返ると、不安げな表情でいおりがソファに座っている。

 衛は少しだけ考えると、いおりに手招きをした。


「いおり。聞いていたとおりだ。蛮が来た。俺は蛮の相手をしてくる。セシリアさんは親の部屋にいるはずだから、クローゼットに入っていてもらえ。それから――」


 衛は冷静にいくつかの指示をいおりに告げた。アドリブには自信はなかったが――蛮と出会って以来、この日が来たときのことを考えていたのだ。

 いおりは神妙な顔でうなずくとリビングを出ていった。

 衛は玄関へと向かう。ドアを開けると――


「よう、衛」


「久しぶりだな蛮。あがれよ」


 衛は蛮をリビングへと通した。


「女騎士について聞きたい――って言っていたけど、何のことだ?」

「その前に――いとこの御堂せりさんはまだいるのか?」


 衛は少しだけ考えた。

 御堂せりとしてセシリアを紹介したほうがいいか――答えはノー。今回の蛮はこちらの言い分を聞いてさっさと引き下がることはしないだろう。根掘り葉掘り聞かれれば――ぼろがでる。


 ならば――

 最初から会わせないのが合理的。


「いや。もう実家に帰ったよ」

「そうか。ところで、ご両親のどちら側のいとこなんだ?」

「……父方の弟だな」


 衛の答えを聞き、蛮がおかしそうにゆがめる。


「母方か、父方の姉妹ならよかったんだがな」


 そう、そのケースだと日本の一般的なケースだとありえない。

 なぜなら普通だと女性側の名字が変わるからだ。御堂の名前を継ぐのなら父方の兄弟以外ありえない。

 それもまた考えていたこと。だから対応できた。

 だが――きっと蛮はこんなことでボロを出すとは思っていないだろう。そもそも「婿入りしたんだよ」と言えば逃げられる。

 あくまでも圧力。

 衛に対する牽制のジャブでしかない。


「なぜ、そんな意地の悪い質問をするんだ?」

「単刀直入に言うよ。俺はお前たちが女騎士をかくまっていると思っている――いや、確信している」


 挑みかかるような蛮の表情。

 衛は内心の動揺を押し隠すように顔の表情を殺す。


「考えすぎだ」

「どうかな? あの御堂せり――彼女が女騎士じゃないのか?」

「違うって言ってるだろ?」

「悪いな、衛。お前の親戚の名前は調べさせてもらったよ。どこにも御堂せりの名前がなかったんだが?」


 ――!

 衛は息苦しさを覚えた。

 衛は蛮を侮ってなどいなかったが――それでも評価が足りなかった。蛮であれば、南場家のコネクションを使ってそれをやってのけても不思議ではない。

 だが、蛮のペースにあわせてはいけない。


「……知らないな。親戚は親戚だ。調べ方が甘いか……そもそもカマをかけているんじゃないのか?」

「そうだな。その可能性はある。だけど、俺は御堂せりが女騎士だという可能性は捨てない。お前たちがかくまっているってのもな」

「どうしたいんだ?」

「なーに。簡単さ。俺にこの家を調べさせてくれ。女騎士をかくまっていないか。見つけられなければ諦めるさ」


 衛はうなずいた。


「わかった。お前がそう言うなら――気がすむまでやるがいい」


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