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第5話 異世界と魔族と

 勇者イオリが魔王と刺し違えて三年――

 平和はまだ遠く、レイント王国はいまだに騒乱の渦中にあった。


「第一騎士団団長セシリア・ニア・カッパート、入ります」


 大きな木製ドアの前で名乗る人物がいた。しかし――その人物の外見は、高位な肩書きから想像されるものとは全く異なっていた。


 二一歳。

 そして、女性。


 貴族然とした金髪碧眼の整った顔立ちも騎士という単語から遠く離れたものだが、その意志の強さをはっきりと映す鷹のような目は戦う人間のそれだ。城内であるため武装こそしていないが、腰には一メートルほどの長剣をさしている。


「入ってくれ」


 相手の返事を待ち、セシリアはドアを開けて部屋の中に踏み出した。


 広い部屋だった。


 美術には興味のないセシリアにも、部屋のあちこちに飾られている調度品がどれも逸品ばかりだと察しがつく。彼女が踏みしめているビロードの絨毯も色鮮やかで、毛並みのしっかりしたものだ。


 国が疲弊して国庫が火の車の財政状態だ。

 やや貴族趣味がいきすぎる内装ではあるが、特に部屋の主の趣味ではなく、立場上あまり『みすぼらしい内装』にもできないのだ。


 セシリアは彼の名前を呼んだ。


「お呼びでしょうか、ミゼラード内務大臣」

「すまんな、忙しいところ」


 そう言ってうなずいたのは、五〇ほどの男だった。


 ミゼラード内務大臣。このレイント王国の内政を取り仕切る大貴族だ。


 一〇〇〇年以上も続く王国ともなると、立派な家名のおかげで要職に就いている無能な貴族も多い。ミゼラードはその中でも数少ない例外で、彼がいなければ先の魔族との大戦でぼろぼろになった王国はとっくの昔に崩壊していただろう。


「時間がないので挨拶は省かせてもらおう。君を呼んだ理由はレムナント地方の件についてだ。聞いたことはあるかね?」

「いえ」

「実はレムナント地方で三つの村が滅びている」

「――!」

「村民が全滅したのだよ」


 たかだか村とはいえ、小さくても一〇〇人以上の人間が住んでいる。それが滅びる、それも三つともなれば尋常ではない。


「連絡が取れなくなってね。調査団を派遣したところ、大量の村人たちが死んでいるのを発見した」

「何者かの襲撃でしょうか?」

「少なくとも野党や敵国の襲撃ではないと考えている。襲撃であれば、村人たちは村から逃げ出して村の外で死んでいるだろう。そのときに村は打ち壊され、あちこちに痕跡が残っているはずだ」


 ミゼラードは首を振り、続けた。


「だが、今回は違う。村人たちは自分たちの部屋でベッドに横たわり、静かに死んでいた。村人たちだけではない。村自体に荒らされた形跡はなく、ただすべてが静かに死んでいた」

「疫病でしょうか?」

「その可能性もあるが、同じ地方とはいえ、村はそれぞれ離れている。その三つの村だけに広まるのは考えにくい。医療学者に調べさせたが、疫病は否定していた」


(……だとすると……)


 セシリアにはすでに一つの答えが見えていた。

 そして、なぜ自分が呼び出しを受けたのかも。

 しかし、セシリアは口を開かなかった。なぜなら、ミゼラードの話はまだ終わっていなかったからだ。


「何者かが暗躍をしている。それは間違いない。我々は必死になって調査を開始した。その結果、浮上してきたのはひとりの薬師だ」

「薬師?」

「ああ。死んだ村人たちと連絡を取っていた親族、あるいは、貿易のついでに立ち寄ったことのある商人たち……彼らから聞いた情報を総合すると、三つの村に共通するのは、新しい薬師がやってきたことだ。三〇過ぎの女らしいが、非常に腕の立つ薬師で村人たちから評判がよかったらしい」

「……死んだ人たちの中に、薬師らしき人物は?」

「いない」


 つまり、その評判のいい薬師は村が滅びる少し前に村にやってきて、村が滅びると姿を消している――

 そもそも、小さな村に薬師が居着くこと自体が珍しい。広範囲な薬草に関する知識と、それを組み合わせて様々な薬を作る技術。彼らは特殊技能を持つ人間であり、普通の薬師はそれなりの待遇を求めて街で働くものだ。


「その薬師の消息はつかめたのですか?」

「もちろんだ――そして問題もまたそこにある」


 ミゼラードは立ち上がると、部屋の壁にかけてあるレイント王国の地図を指さした。


「やつが今いる場所はレムナント地方の、ミーム村だ」

「村の状況はわかっているのですか?」

「残念ながらまだだ」

「まだ調査隊は出してない、そういう意味ですか?」

「半分は正しい。調査隊は出していない。出したのは討伐隊だ。第四騎士団に依頼してな。そして、まだ何の報告もない。派遣したのは一ヶ月も前なのだがな」

「つまり――」


 全滅した。

 そう考えるのが普通だ。


「派遣したのは、第四騎士団の中堅を中心とした騎士一〇名だ。経験も豊富で、もしも手に余るようならすぐに引き返すよう指示もしていた。それでも……彼らは帰らぬ人となった」


 沈痛な沈黙が、部屋を包んだ。

 セシリアはひとつうなずき、自分の仮説を述べた。


「その薬師の正体は――魔族。そうお考えなのですね?」

「その通りだ」


 ミゼラードは強くうなずいた。

 それこそが今レイント王国を苦しめている災厄だった。


 約三〇年前、突如として魔界から魔王の軍勢が押し寄せた。彼らはレイント王国から人類を根絶やしにして乗っ取ろうと大攻勢を仕掛けてきた。


 多くの兵が死に、多くの国民が死んだ。


 レイント王国は滅びる――その滅びる一歩手前まで追い込まれたが、そこに勇者が現れたのだ。


 勇者イオリ。

 絶対神より超級神器、聖剣『開闢』と聖鎧『世界の礎』に身を包んだ救世主。


 イオリは圧倒的な力で魔王軍を蹴散らし、魔王に忠誠を誓う十柱の大魔族――十鬼将のうち四柱を滅ぼした。その破竹の勢いは魔王城まで止まらず、最後は追い詰めた魔王と激烈な死闘を繰り広げて魔王を見事に討ち取った。


 それが三年前。

 最大の脅威は去ったが、それで終わりではなかった。


 十鬼将の半分はまだ残り、そして、魔王という絶対的な頭領を失った魔族たちは暴走を始めている。


 敵の最大戦力である魔王は倒れたが、それは王国も同じだった。


 勇者イオリは魔王と相打ち、すでにこの世を去っていた。


 もう自分たちを導いてくれた勇者はいない。


 しかし、諦めるわけにはいかなかった。

 魔族たちからこの王国を、世界を護る。


 それがセシリアたち残されたものたちの責務なのだから。

 否――勇者イオリの最後を見届けたセシリアにとっては責務以上の約束だ。


 セシリアは最終決戦時における勇者のパーティーの一員だった。

 魔王とともに光の渦に飲み込まれる勇者は、セシリアたち旅の仲間に優しげな表情を浮かべて、言った。


 ――あとは頼んだぞ、お前ら。


 その約束がある限り、そして、王国にはびこる魔族が一匹でも残る限り、セシリアの戦いは終わらない。

 セシリアは腰に佩いた剣の柄を握った。


「わたしに、その魔族を討て、というのですね」

「そうだ。敵はそれなりの力を持つ中級以上の魔族と推察される。であるならば、いたずらな戦力の逐次投入は愚策だ。わが王国の最大戦力を投入して片をつける」


 ミゼラードがセシリアをじっと見た。


「つまり、君だ」


 セシリアがふふっと笑った。


「さすがはお世辞が上手ですね、内務大臣は」

「仕事柄な」


 様々な貴族を動かして国のために奮闘する大貴族が肩をすくめる。


「しかし、今回は本音だよ。王国中を探しても君以上の騎士はいない。そんなこと王国民ならば五歳の子供でも知っている」


 セシリアが二一歳という若さで第一騎士団団長に抜擢されたことには理由がある。


 ――公爵家の家紋をかさに着た女が。


 そう噂する人間もいる。主に反体制派の貴族だ。

 確かにセシリア・ニア・カッパートは大貴族であるカッパート家の次女であり、その肩書きだけでつける要職はいくらでもある。


 しかし、この人事は違う。


 勇者の仲間として戦い抜いた戦歴は伊達ではない。敵は魔族であり、セシリアの家格など関係がない。もしも、セシリアが自分の家だけを自分の誇りとする愚鈍な貴族であるならば、いくつ命があっても足りなかっただろう。

 だが、セシリアは戦い抜き、生き残った。

 それはセシリアの剣の才能と努力のたまものだ。

 セシリアは第一騎士団団長の座を実力で勝ち得たのだ。


(イオリさまから託された世界――わたしが護ってみせる)


「わかりました。このセシリア・ニア・カッパート、よろこんで任につきます」


 部屋を辞去したセシリアはぽつりと独り言をつぶやいた。


「そうだ……リフィーを遠征隊に入れてみるか」


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