第48話 衛の弱点(同日二度目)
「入るぞ」
がらりと風呂場のドアが開き――
素っ裸のセシリアが入ってきた。
素っ裸だった。
衛は目が点になった。過剰な電流によってブレーカーが落ちて電気が消えるように、衛の頭から思考が消えた。
衛の視界が、埋め尽くされる。
セシリアの美しい顔、柔らかそうで大きな二つの胸、ひきしまった腹筋、もろもろの事情で描写できない部位――
セシリアの、裸。
裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。裸。
裸色一色の世界が、衛の視界を染め上げた。
剣士として鍛え抜いたセシリアの身体は美しかった。それこそローマ時代の彫刻家が彫り上げた像のように素晴らしい。
だが、美しさにほれぼれするには――
衛は若すぎた。
若すぎて、美しさよりも性的な刺激だけで頭がいっぱいになった。
ぽかんとする衛を見て、セシリアが首をかしげる。
「どうした、衛?」
その声が衛を正気に戻した。
「ううううううわああああああああああああああああ!」
衛は絶叫して、顔を下へと向けた。
そこには衛がつかっている湯があり――結果、衛は顔を湯に突っ込んだ。慌てている衛は鼻と口から水を飲み込み、激しく咳き込みながら顔をあげる。
「ぐあっ、げほっ、げほっ!」
「だ、大丈夫か!? 衛!?」
セシリアが苦しむ衛の肩をつかみ、衛の顔をのぞき込む。
結果、衛の目の前にセシリアの大きな胸が広がった。
「あああああ……あわわああああわあああああああ!」
――まあ、せっかくなんだから眼福しとけよ?
そんな悪魔のささやきが脳裏にちらついたが――衛の理性は欲望に打ち勝った。
衛は瞳を強く閉じて、首をぐいっと横へと向けた。
「――セ、セシリアさん! な、何で風呂に入ってくるの!? 俺、入ってるって声かけたよね!?」
「そうだな。それが?」
「それが、じゃないよ!? どうして入ってきたの!?」
セシリアが不思議そうな顔で首をかしげた。
「ん? 早く入ってこいという意味かと思ったが?」
「来るな、って意味だよ!」
「え、来るな? そうなのか? なぜ? 広くはない場所だから、ひとり用ということか?」
「それもあるけど、そういうことじゃなくて――!」
「どういうことだ?」
「男がいるのはまずいでしょ!」
「男がいる? そうだが――まずいのか?」
衛は混乱してきた。
どうも根本的に話がかみ合っていない。
そもそも――セシリアは衛と鉢合わせした後も、特に自分の身体を隠そうとしてすらいなかった。
(ま、まさか……)
衛はひとつの仮説に達した。
セシリアは異邦人。他の世界から来た。あちらとこちらの世界では文化が大きく違う。
ならば――ひょっとして。
セシリアの世界では混浴が基本なのではないだろうか?
でなければ、今の状況は説明がつかない。
「セ、セシリアさん……」
「なんだ?」
「セシリアさんの世界だと、男女は一緒のお風呂に入るの?」
「そうだが?」
セシリアは当たり前のことを訊くなよ、という口調で応えた。
衛はつばを飲み込んだ。
セシリアは混浴が普通だと思っている。
こちらの世界では男女別がマナーだとは知らない。
つまり――
もしも衛がセシリアを素知らぬ顔で受け入れれば、衛は役得に預かれるわけだ。
――いいじゃねーか。セシリアは混浴が当たり前だと思っているんだ。誰も傷つかねーし。ここは一緒に入る以外ねーだろ。
――ダメだよ! 相手の無知につけこむことは! セシリアさんにはお世話になっているんだから! ちゃんと教えないと!
凡小で卑小な小市民である衛の心は揺れ動いた。
普通程度の煩悩を有する青少年には酷な選択だ。
衛の欲望と誠意がつばぜり合いをしている。
「どうした、衛? すまない、汗が冷えてきたのだが……わたしも風呂に入りたいので、少し詰めてもらってもいいか?」
セシリアの、一押し。
セシリアは入りたがっている。
うんいいよ、と言うだけで役得を満喫できる。
衛は目をかっと見開いた。
「セシリアさん! お、おおお、俺はもう終わったので出ますから! ひとりでゆっくりとつかってください!」
衛はセシリアのほうを見ないよう、うつむいたまま湯船から立ち上がり――
同時。
「ただいまー、何か風呂場から話し声が聞こえるんだけど?」
帰ってきたいおりが、ひょいと脱衣所から風呂場をのぞく。
瞬間――
いおりの、悲鳴まじりの怒号が響き渡った。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、ああああ、あんたら! そそそそ、そんなところで! そそそそそ、そんな格好で! ななななななな、何やってるのおおおおおおおおおおおおおおおお!」
衛は声のほうに顔を向けた。
そこには顔を怒りと羞恥で真っ赤にしたいおりが立っていた。
(こ、これは――まずい……)
果たしていおりの誤解を解くまでにどれほどの罵倒と苦労があるのか。それを思うと衛は暖かいはずの風呂を氷点下のように感じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
衛たちとの戦いによる手痛い敗戦から二週間が過ぎた。
その二週間、ガラトラは深海を這う魚のように静かにたたずみ、瀕死だった身体の回復をはかった。
おかげで、ごっそりとえぐられた右側の腹部は魔族の旺盛な快復力とそれをブーストするシャルティエの治療によってすでに全快している。
すでに体力は戻っていた。左腕もシャルティエによって封印され、解放前の太さに戻っている。
全快に近づくにつれ、ガラトラの粗暴な一面が顔を見せる。
「小僧どもが……今度こそひねりつぶしてやる……」
ガラトラは怒りに任せて奥歯をかみしめた。
可能であれば今すぐにでも飛び出して雪辱を晴らしたかったが、シャルティエからの許しが出ない。
「そう焦るものでもないよ、ガラトラくん。まだ彼らの場所は調査しきれていない」
「どうせあの辺に住んでいるんだろ?」
「そうだね……だけど、そう急ぐ必要はないさ。すべてを真っ平らにする――大きな祭りの準備を整えている最中でね……。それが終われば、すぐにでも」
「いつになるんだ」
「間もなくさ。……そうだ、ガラトラくん。体力が余って仕方ないのなら、リハビリ代わりに少しお手伝いをしてもらえないか?」
ガラトラが連れてこられたのはマンションの屋上だった。
ガラトラと向かい合う形で、シャルティエが立っている。時刻は昼過ぎで、太陽の日差しがまぶしかった。
「シャルティエ、俺に何を手伝えと?」
「ただの性能検査さ」
シャルティエが指を鳴らすと――
シャルティエの影から黒い円状の影が五つ飛び出した。




