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第45話 正義の味方の疑念

「よっ、衛じゃねーか」

「ば、蛮……」


 南場蛮。衛のクラスメイトで友人だ。


「お、いおりちゃんも、お久しぶりー」

「おひさー、蛮さん」


 暢気にいおりが手を振っている。

 妙に和気あいあいとした空気が流れたが――衛は息が止まるような気分だった。


(こんなところで会うなんて……!)


 蛮は友人だが、今は最も会いたくない人物だった。もしも呼び止められるのなら、警官のほうがマシだった。蛮はその『正義の味方』活動で多くの功績を積んできた。そして、そのほとんどは直感と行動力のたまものだ。友人であるからこそ、衛はそれを知り尽くしている。


 ――こんな普通じゃない事件そうお目にかかれないからな。


 蛮はそう言って、この事件でも『正義の味方』活動を行うと宣言していた。

 だから、彼が探しているのはガラトラだけではなく――セシリアも含まれている。

 その捜査のため、またがっている自転車でこの周辺をぐるぐると回っていたのだろう――そして、いつもの悪運のおかげで衛たちのところまでやってきたのだ。

 下手な発言はできない。


「何してるんだ、衛。今日は休みだけど、学校にでも行くつもりか? 補習でも受けるの?」

「ただの散歩だよ。お前が補習受けてないのに、どうして俺が。お前より俺の点数はいいはずだが?」

「違いない」

「蛮のほうこそ、何やってるんだ? やっぱり捜査か?」

「そうだよ。何かねーかなーと思ってこの辺ぐるぐる回ってるわけ。何もねーけど」


 そう言って蛮が笑う。


(大当たりだっつーの!)


 友人の悪運の強さを衛は恨めしく思った。


「そうか、頑張ってくれ。忙しそうなので俺たちは行くよ」

「いやいや、まあ、待てよ衛。どーせぐるぐる回ってるだけだから暇なんだよ」


 と言って蛮が呼び止める。


「せっかくだから、その美人さん、紹介してくれよ」

「え、いや、俺たち急いでいるから――」

「ん? さっき散歩って言ってなかったか?」

「え――、ああ、そうだった、な」


 衛は顔が引きつるのを我慢した。失言に怒ったいおりが蛮からは見えない角度で衛の腕をつねったからだ。


「彼女は俺たちのいとこだよ。こっちに遊びに来ててね。この辺を案内しているんだ」


 衛はすらすらと言った。もちろん嘘だ。警察に質問されたときを考えて、あらかじめ用意していたのだ。

 黙ったまま、セシリアがすっと頭を下げる。

 声は必要にならない限り発しない。それも打ち合わせ通りだ。


「へー、いとこさんね。俺は衛の友人の南場蛮です。初めまして!」

「彼女は御堂せりさん」


 いおりが紹介する。


「ふーん、せりさんね。衛お前、こんな素敵ないとこさんがいるなんて隅に置けねーな。俺にも教えろよ!」


(え、えーと、どう返せば……)


 衛はアドリブが苦手だった。曖昧な笑みを浮かべて時間を稼ぐ。

 答えたのはいおりだった。


「わかるわかる、せりさん超美人だもんね」

「そうそう。このチャンスは逃せないんだ。ぜひみんなで一緒にコーヒーでも呑みに――!」

「何言ってんのー、捜査中なんでしょ?」

「いやいやいや。まあ、正義より大事なものがあるから!」

「えー、どうしよっかなー、蛮さんおごってくれる?」

「もちろんだ!」

「うーん……でも、ダメー! せりさん年下には興味ないらしいよ」

「ええ、そんなあ。ワンチャンもないのか?」

「ないない」


 いおりがへらへらと笑いながら――蛮の視線がそれた一瞬だけ衛をじろっとにらんだ。


(怖っ!?)


 いおりの目は殺意に満ちていた。眼力だけで『バレるやろ。うまくごまかさんかい!』と語っていた。


「じゃあね、蛮さん。お仕事頑張って」

「いやいやいやいや。じゃ最後にせめてさ、せめて!」


 蛮が両手をあわせながら懇願する。


「せめて、サングラス外して顔を見せてくれ!」


 ――!

 衛が一番警戒していた展開がきた。


(これが嫌なんだ……)


 おそらく蛮は単純なスケベ根性だけでセシリアの顔を見たいと言っている。そこには何の推理も疑いもない。

 だがその適当で行き当たりばったりな行動が――真実に近づく。

 南場蛮はこういう男なのだ。


「まあ……俺ってばもめ事に愛されているからな」


 とは前に蛮が言っていた言葉だ。

 だが――警戒していたからこそ、すでに答えは用意している。


「せりさんはちょっと目が悪くてね……日中はサングラスじゃないと目が痛くなるんだ」


 衛はすらすらと答えた。


「そっかー……じゃあ、しょうがないな。また今度ってことで」


 心底残念そうに蛮が言う。

 山は越えた、衛はほっと胸をなで下ろした。


「じゃ、今度こそ俺たち行くから。またな」


 そう言って歩き出した衛の背中に――

 蛮の言葉が届いた。


「あれ? せりさん武道の経験者?」


 衛は慌てて振り向いて友人の顔を見た。


「――な、何を言い出すんだ?」

「いや……歩き方がな。普通の人間みたいに緩くないっていうか。油断してない? みたいな。背筋もぴんと伸びてるし、身体を鍛えている人なんじゃないかなってな……」


 そのとき――


 蛮の表情から笑みが消えた。真剣のような表情で真っ正面からセシリアをじっと見る。


「せりさん――あんた何者?」

「えと……せりさんはね――」

「いや、いおりちゃん。俺はせりさん本人の口から聞きたいな……顔が見れないなら声くらいいいだろ?」


 冗談めかして蛮が言うが、笑う雰囲気ではなかった。重い空気が四人を包んでいる。

 衛は息を止めて推移を見守った。

 セシリアは数秒の沈黙の後――


 重々しく口を開いた。


「えっとー、あたしは武道の経験あるよー、ちょーあるー。でもそれって問題?」


 ――え?


 衛といおりは口から漏れそうな言葉を呑み込んだ。

 まさかそんな言葉をセシリアが言うとは思わなかったからだ。

 蛮も、まさかサングラスをかけたグラマーなミステリアス美女がいおりみたいな喋り方をするとは思っていなかったようで面食らったようだった。


「……い、いや、問題はねーよ。ちょっと興味があっただけなんだ。変なこと聞いて悪かった。じゃあな」


 そう言うと、蛮は自転車にまたがってさっさと行ってしまった。


(た、助かった……)


 衛もいおりも一斉に息を吐いた。


「ふむ……あれでよかったのかね?」


 いつもの口調でセシリアが独白する。セシリアの背中を大笑いしながらいおりがばんばんと強く叩いた。


「あっはっはっは! セッシー、あのアドリブ最高!」

「そうかね?」

「あれ何? あたしの喋り方のまね?」

「こちらの女性らしく喋ったほうがいいのかなと思って、とっさに。知っているのがいおりしかいなかったので、君をまねしたのだ」

「似てるー! でも、セッシーの年齢的にはもうちょっと落ち着いていたほうがよかったかもね!」

「そ、そうなのか……失敗したのか」

「ううん。いいよ、いい! 蛮さんビックリして帰っていったし。終わりよければすべてよしってね、うんうん」


 うまくやり過ごせた。

 いおりはそう思っているようだが――衛はまた別の考えだった。


(はたして蛮は……あれで納得しているのかな?)


 衛は心の中に一抹の不安を感じていた。


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