第40話 昨晩、何が起こったのか?
朝、衛が学校にたどり着くと、学校は事件の噂で持ちきりだった。
「知ってるか、近所のコンビニが暴走族の襲撃を受けたって!」
「え? わたしはやくざが銃撃戦したって聞いたけど!」
「でっかいトラックが突っ込んだんじゃなかったっけ?」
事件らしい事件も起きない都心から離れた平和な街だ。一件のコンビニが半壊したという事件には大きなインパクトがあった。
曖昧な噂は人が中継するたびに想像という尾ひれがついて進化分化していく。
衛は一日のうちにさまざまな仮説を耳にした。
(まあ――どれも間違ってるんだけど)
ガラトラという熊のようにでかいおっさんが剣でコンビニを破壊したなんて話は現実味がない。
――そう、現実味がない。
それが衛の巻き込まれた事件の問題だった。
ガラトラという男に「お前は勇者だろ」と因縁をつけられて殺されかけましたが、衛の身体が特異体質的に頑丈だったので斬られても平気でした。追い詰められてピンチでしたが、そこに異世界から来た騎士団長の金髪美女セシリアが助けてくれました。セシリアの話だと勇者の生まれ変わりがこちらの世界にいるらしく、その候補が衛です。
衛は思う。
こんな話を誰が信じてくれる?
誰も信じてくれないだろう。それどころか、事件の関係者のような振りをして嘘くさい話をでっちあげるメンドくさいやつ――
そう思われるのがおちだ。
それに信じてもらわれても困るのだ。
それはすなわち、衛の特異体質についても知れ渡るということだから。そんなことが知れ渡ればどうなるだろうか。トラックにひかれても無傷な少年はどう扱われるだろうか。びっくり人間扱いされるくらいなら構わないが、研究所送りにされてモルモットにされるのは勘弁してもらいたい。
なので、すべてを明かす決心はまだつかなかった。
だから、衛はその噂話の推理合戦には加わらず、「へー」「すごいね」「そうかもしれない」と適当に返した。
学校からの帰り道、衛はコンビニへと足を向けた。
コンビニの前にはまだ見物人がちらほらと立っていた。コンビニの中には入れない。進入禁止の黄色いテープが貼られて封鎖されているからだ。
進入禁止の黄色いテープ――警察。
テープの向こう側で警察官たちが忙しく動き回っている。
その中に見知った顔を見つけ、思わず衛は声を上げた。
「ば、蛮!」
五〇くらいの警官と話している私服の少年――南場蛮が衛のほうを振り向いた。
蛮は衛に気づくと笑顔を浮かべて、衛のほうにやってきた。
「よう、どうした?」
「な、何でお前はテープのそっち側にいるんだ!?」
「俺は『正義の味方』だからな」
そう言って、蛮がにやりと笑う。
衛も何度かつきあっている(厳密にはつきあわされている)が、蛮は界隈の見回りを自主的にして『素行の悪いやつら』を退治している。その働きのおかげで警察の知り合いが多いのだ。
だが、それだけではない――衛は気づいていた。
おそらくは蛮の血筋だろう。
南場家は代々警察官僚のトップ級の人材を輩出している。『南場』の看板は警察官たちにとって無視できない威光を放っているのだ。
「蛮、そういえばお前今日学校休んでいたよな?」
「ああ。この事件が気になってな……知り合いの刑事さんに頼んでちょっと噛ませてもらってるんだよ」
蛮がコンビニに顔を向けた。
コンビニは見るも無惨な状態だった。壁という壁に巨大なギロチンを押しつけたような切り傷が刻み込まれ、一部は崩落している。
「すごいよな。コンビニをたった一晩でここまでしちまうなんて」
蛮がため息をついた。
「ちょっと信じられないぜ」
「そうだな――」
衛がそう応じたときだった。
「蛮!」
衛の背後から鋭い声がした。
そこには車から降りてきたばかりの男が立っていた。二〇代後半くらいの、痩せた男が立っていた。濃紺のスーツを着て、髪をオールバックにしている。
蛮の表情がこわばる。
男は見物人を押しのけて蛮の前に立ち詰問した。
「お前はここで何をしている?」
「いつもの活動だぜ、陣」
陣――その言葉で衛は思い出した。以前蛮から聞いた話だと、蛮は三兄弟の末っ子で、長男は陣という名前だった。警察官僚として職に就き、着々とエリートとしての道を歩んでいるらしい。
だが、衛は不思議に思った。蛮の声は実の兄に向けたものにしてはあまりにも暖かみが足りない。
陣は額に手を当てた。
「また、その遊びか――お前が動いて何になるというのだ」
陣からはき出された言葉も吐き捨てるかのような言い方だった。
「でっかい組織じゃ拾えない、見落とした情報とか拾ってくるかもしれないぜ?」
「それはお前のおごりだよ。個人は組織を決して超えない。時間の無駄だ。お前は学生らしく勉強に精でも出してろ。南場の人間として、お前もまた組織の長に立つべき人間。くだらないことに時間をかけている暇はないぞ」
「何度も言っているだろ? 俺は兄貴みたいなエリートの道は目指していないって。俺は俺の道を進むって」
「まったくお前というやつは……南場の立場を理解できないのだな。まあ、ここで話す内容でもない」
陣が後方の警官たちに声をかける。
「命令だ。こいつをここからつまみ出せ」
警官たちは顔を見合わせた後、蛮に近づいた。
「すいません、蛮坊ちゃん……」
申し訳なさそうに頭を下げる警官たち。
「いいよ、俺が無理言ったんだ。出ていくさ」
黄色いテープをまたぐ蛮。陣が弟に声をかけた。
「蛮、納得できていないか?」
「まさか。いつだって陣は正しいだろ?」
「その通り」
蛮の皮肉を陣は無表情で受け流す。
「お前が追い出される理由は二つだ。まず、お前は警官ではない。このテープの向こう側に入る権利がほしければ警官になることだ。そしてもうひとつ――」
陣がテープをまたいで中へと入る。
「この捜査を仕切るのは――私だ。私が監督する以上、ルールは厳格に適用される。残念だったな」
そう言い残すと、陣は振り返ることなく半壊したコンビニへと向かっていた。
蛮は大きく息を吐くと、
「行こうぜ」
と言って歩き出す。衛も蛮の後を追った。
「……お兄さんとは仲がよくないのか?」
「ああ。昔から最悪さ。あのクソ堅物の兄貴と俺の相性がいいわけはないんだから当然だけどな」
蛮は頭をかいた。
「だけど、あいつが担当なんてついてないぜ。捜査の情報とか誰に聞いても教えてもらえないだろうな。陣は下の締め付けも厳しいから」
「じゃあ、手を引くのか?」
「まさか。こんな普通じゃない事件そうお目にかかれないからな。俺は俺のやり方でやるさ」
蛮が不敵に笑う。
「蛮、警察の捜査で何かわかっていることはあるのか?」
「そうだな……まあ、時期に発表になると思うからいいか。それまでは誰にも言うなよ? コンビニの監視カメラで確認したら、大男が剣を振り回して――こうなったらしい。当番だったコンビニの店員にも連絡して話を聞いたけど、彼らの証言とも一致している」
――そこまでもう調べたのか。
昨晩の出来事でもうこれだ。衛は警察の手回しの速さに思わず驚いた。
ぎょっとした表情がうっかり出たが――蛮はそれを別の意味だと解釈した。
「剣でってなあ……正直、信じられないぜ」
「でも、ビデオに映ってるんだろ?」
「そうなんだが……警察内部でも見解が割れているらしい。俺が直接見たわけじゃないんでよくわからないが……剣で店内を斬りまくったせいで店が半壊したわけじゃないらしい。見た人間も正直何が起こっているのかよくわからないそうだ」
あまり理解していないであろう蛮の説明は要領を得なかった。
だが――衛にははっきりと理解できた。
ガラトラの、かまいたちのような斬撃は確かにビデオで見ただけではすぐ正体を見破れないだろう。そもそもそんなものが存在するという発想がないのだから。
(……蛮には少しくらい教えるべきだろうか?)
自分を信じていろいろと教えてくれる蛮に対して秘密を持つことに衛は罪悪感を覚え始めた。
(当たり障りのない範囲で……さも思いつきましたよ、という感じで喋ってみるとか……)
だが、それも衛は怖かった。
この親友はテストの点数はいまいちだが、直感や洞察力については侮れないものがある。
下手な発言が命取りになる可能性もある。
沈黙する衛には構わず、蛮が話を進める。
「しかし、剣とかなあ。噂の女騎士団長といい、いつの時代の話だっつーの。あ、そうだ」
蛮がもののついでのように言った。
「あの女騎士団長、前からマークされていたけど、今回の事件で重要参考人扱いになった。だから警察として全力で探しているらしい」




