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第39話 妹はお兄ちゃんにお礼を言いたい

 衛はベッドから身を起こして鳴り響く目覚まし時計を止めた。


 そのとき――

 誰かが横で寝ていることに気が付く。


 顔立ちの整った少女がそこに横たわっていた。

 名前は御堂いおり。

 妹だった。


(は、はあ!? どうしていおりがここで!?)


 衛は身体を震わせた。一瞬、衛は自分が寝ぼけて自分がいおりの部屋に入ったのかと思った。しかし、内装は完全に自分の部屋のもの。

 確かに衛といおりは一緒に寝ていたが――それも今となっては昔の話。今のいおりなら


「は? マモと一緒に寝る? うわー変態きもー」


 とか言うに決まっている。

 そのいおりが――衛のベッドで寝ている。


 衛の脳内はすでに現実を理解できなくなっていた。


(こ、これはまだ夢なのか?)


「ちちちち、違うの、これは!」


 いおりが顔を真っ赤にして言った。


「う、うん、ま、まあ、わかったわかったから」


 実はまったくわけがわかっていなかったが、衛は適当に自動返答する。何でもいいからこの場よおさまれという衛の祈りは、しかし神に届かなかった。


「わかったじゃない! 勝手にわかったことにすんの禁止! 勝手にあたしを決めるんじゃない!」


 いおりが枕をひっつかむと衛をぼこぼこと殴り始めた。


「違うの! 違うんだから!」

「いてっ、いて! わかったわかった。わかってないからせせ説明してくれ!」

「え、えーと……そう! 別にそういう年でもないし! ひとりで寝れるし! 気まぐれ! ただの気まぐれなんだから!」

「そうだよな、気まぐれだよな! わかったわかった! 忘れる、忘れるから!」

「ちょ、忘れるって! なんだか深刻じゃん! そそそそそーゆーのじゃないって言ってるでしょ!」

「忘れない! 忘れないから!」

「それはそれできもーい!」


 枕を放り投げると、いおりは逃げるように部屋から出ていった。


「ああ……もう朝から疲れた……」


 衛はぐったりした。

 ぐったりしながらも衛はキッチンに降りて朝食といおりの弁当を作り始めた。

 ちょうど朝食が完成する頃、いおりがリビングにやってきた。


「おはよー」


 衛が挨拶すると


「……お、おはよ」


 いおりは小声でぼそぼそと答えながらイスに座る。

 朝食はすさまじく居心地が悪かった。いおりが喋らないからだ。いおりはてきぱきと食べ終わるとリビングから出ていこうとする。


 だが、リビングを出る直前に足を止めて


「今朝はごめん、マモ」


 衛に背を向けたままそう言った。


「あの、なんて言うか……お礼を言いたかっただけで……そしたら寝ちゃって……そ、そそそそれだけだから!」


 最後にちらりと振り返り、真っ赤な顔でいおりが言った。


「昨日カッコよかったぞ……ちょ、ちょっとだけね」


 そう言うと、いおりは足早にリビングを出ていった。

 衛は道を歩いていたらプロボクサーにいきなり殴られたような気分でいおりの背中を見送った。

 少しばかり時間がかかったが、衛は理解した。


(あ、感謝されたのか)


 別にいおりに感謝されたいとは思っていない。いおりを守ることは衛にとって当然のことだ。当たり前のことをしただけ。

 だが――

 感謝されることは悪くない。


 きっとそれだけのことを衛はして――いおりもそれを言葉にしたかったのだから。


 最悪の朝だと思ったが、衛の気持ちはとてもすがすがしい気分でいっぱいだった。

 衛は朝食を片付けると家を出る前にセシリアのいる部屋へと向かった。もともとは両親が使っていた部屋だ。

 衛は部屋をノックする。


「セシリアさーん。起きてるか?」


 返事はない。

 衛はそっとドアを開けた。


「うおっ!」


 衛はすぐに顔を背けた。下着姿のセシリアが大の字になって寝ているからだ。ベッドシーツは蹴落とされていて、全体が丸見えだった。大きく開いた口からいびきが聞こえる。

 起きていたら挨拶しようと衛は思っていたが――寝ている。


 無理もない、と衛は思った。

 昨日の激闘は当然ながら、それまでもずっと野宿生活だったのだ。疲れが溜まっていることだろう。

 衛はドアを閉めて、つぶやいた。


「……意外と寝相は悪いんだな……」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 さすがのセシリアも疲れが溜まっていたためか、死んだように熟睡をしていた。目を覚ましたのは寝返りを打った際に頭から床に落ちたからだ。それがなければまだ眠っていただろう。

 頭をさすりながらセシリアは身を起こした。


「むぅ……寝過ぎたか……」


 セシリアは衛のジャージを着ると、リビングへと向かった。


「衛、いおり。いるか?」


 しかし、返事はない。二人ともとっくの昔に学校に向かったからだが、もちろんセシリアはそんなこと知るよしもない。


 厳密には――

 リビングのテーブルには衛からのメモがあった。そこには


『セシリアさん。俺といおりは学校に行く。夕方までには帰る。冷蔵庫にサンドイッチがあるから腹が減ったら食べてくれ』


 と書かれていたのだが、

 セシリアは字が読めなかった。


『意志の回廊』によってセシリアは日本語を完璧に理解できるが、それは人が話した言葉だけだ。もはや人から切り離された『意志のない物体』にその力は働かない。


 だから、セシリアはそれに気づかなかった。


(まさかガラトラに連れ去られたのか?)


 ガラトラもあの重傷ではすぐ動けそうにないが――仲間がいる可能性はある。ただ、家の中に争った形跡がないのでおそらく誘拐ではない、と思ったが、可能性は否定できない。


 気になることがあれば――行動するのみ。


 それがセシリアの哲学だ。

 セシリアは祝福の剣をひっつかむと、玄関のドアを押し開けた。


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