第37話 大機工の野望
「偽神器・世界の礎(展)――」
シャルティエが可笑しそうに笑った。
「まあ――わざわざ展開しなくても、この程度のナマクラなんて何の脅威でもないけどね。自動的に出てしまう設定なんだよ」
シャルティエは右手を伸ばしガラトラの剣をつかみ――そのままひねった。
それはとても軽い動作だったが――ガラトラは抵抗するまもなく視界が逆転する。ガラトラの巨体がくるりと宙に舞い、床に落ちた。
「まったく……すぐに暴力に訴える。その短慮さはどうかな。少しばかり調教が必要か」
シャルティエが足を上げて――倒れ伏すガラトラの傷ついた右脇腹を容赦なく踏みつけた。
今まで痛みは完全に消え去っていたが――まるでナイフで突き刺されたかのような痛みが電流のように走り、ガラトラの身体が引きつった。口から怒号のような悲鳴がこぼれる。
「うおおおおおおおおおお!」
「少しはわかったかい? 君と十鬼将の力の差が? そうさ。十鬼将の力を使って――負けるなどありえない。つまり原因は君だ。君君君君君君君君。こんなゴミくずのような剣を振り回して悦に浸っている程度の君が、アーベルーダの力を正しく使いこなせるはずがない」
耳障りな音がした。
シャルティエが『鋭刃Lv.10』の刃を強く握りしめていた。その手から砕けた刃の破片がこぼれ落ちていく。柄が悲鳴を上げたような音を出して、床に転げ落ちた。
「だが、この剣の破片は『つなぎ』くらいには使えるかもね……」
シャルティエがガラトラから足を離した。
痛みから解放されてガラトラが荒く息を吐く。
シャルティエが手で空を切った。まるでファスナーでも開けたかのように、空間がべろりと裂ける。そこには――
一本の剣があった。
だが、その刀身はすでに形をなしていなかった。裂け砕け、まるで古墳から発掘された古代の剣のような有様だった。
ガラトラはその剣に見覚えがあった。
「そ、それは――!」
「君に新しい力を与えよう、ガラトラくん」
シャルティエがにやりと笑った。
「この『北方の餓狼』によってね」
北方の餓狼――それはアーベルーダの使っていた四神器のうちのひとつ。ガラトラに移植されたアーベルーダの左腕が握っていた剣だ。
「貴様、この剣を、どこで……」
「左腕を回収したんだ。それが握っていた剣を持っていても不思議ではないだろ? 打ち砕かれていたから使いどころがなかったが――神器級のこの剣を復活できれば、あの男の防御を突破する助けになると思わないかい?」
「どうやって復活させるんだ……?」
「君の鋭刃のかけらを使う。耐久性は期待できないが――一度だけ戦闘で使えれば充分だろう」
「簡単にできるものなのか?」
「僕は『大機工』だぞ。それなりに時間はかかるけどね。まあ、君の傷も癒やす必要がある。彼らの居所も探らなければならない。すぐの再戦は時間がかかるだろう」
「十鬼将のお前が出ればいいんじゃないのか? その圧倒的な力ならば――いろいろ小細工を労する必要もあるまい」
ガラトラの言葉にシャルティエは鼻で笑った。
「我々は何のために魔界から這い出てきて王国と戦ったのか? 人の住まう地を奪うためだろう?」
そうして、そのままベランダの窓へと近づく。カーテンを開いた。地上六〇メートルからの夜景が広がる。ただの住宅街の夜景。どこまでも低層の家が並んでいるだけで、特に美しいものは何もない。
「ここにこんなに広大な土地があるではないか! 何も我々の住んでいた世界にこだわる必要はない。そう思わないか?」
「お前は……この世界を征服する――というのか?」
「その通りだよ。土地がほしいのだろう? ならばどこの土地かにこだわる必要はない。この世界から人類を滅ぼして、真っ平らにして手にいれてしまえばいい。違うかい?」
ガラトラは虚を突かれてはっとした。同時に――シャルティエの明敏さに寒気すら覚えた。ガラトラはこちらの世界には何の興味もなかった。勇者を殺せば終わり。屈辱を晴らして元の世界に戻り、そこで人類を根絶やしにする。そう考えていた。それが普通だ。だが、シャルティエはそれ以上のことを当たり前のように考えていたのだ。
「……違わない」
「そうだろう? だから、勇者の生まれ変わりを探すなど――ただの戦局のひとつだよ。我々は魔王さまの生まれ変わりを探す必要もある。そして、この世界を真っ平らにする必要も」
シャルティエはリビングのカーテンを閉めると、ドアのほうへと歩いていった。
「だから小細工を労する必要があるのだよ。自分ひとりでできることには限界があるからね。部下をうまく活用するのも能力のうちさ。期待しているよ、ガラトラくん」
そう言い残すと、シャルティエは部屋をあとにした。
自室に戻った後、シャルティエはひとりでつぶやいた。
「問題は魔王さまの生まれ変わりが何者なのか、ということだね」
シャルティエは思い出す。
魔王に敗北した日のことを。
完敗だった。
シャルティエが作り出した偽神器――神器を解析して作成した、本物に限りなく近い神器――は次々と打ち砕かれ、シャルティエは魔王の魔剣オメガによってあっさりと切り伏せられた。
何度も軍勢をぶつけ合い、お互いの部下を死なせあった敵同士。だが、そのシャルティエに魔王は手を差し出した。
「シャルティエよ……主の才能、我に貸せ。正しく使ってやろう」
最初は魔王への反逆心を胸に魔王に従ったが――
その気持ちは時間とともに消え失せた。
魔王の力、そしてカリスマ性。
それは圧倒的で、シャルティエの長い生涯でも見たことのない個性だった。
魔王が魔界を統一し、自分を含めた一〇人の王を十鬼将として従えたことは自然だった。魔王の底知れぬ魅力を知るたびに、仕えることの屈辱は仕えることへの快楽へと変わった。
だが――
その気持ちはもうシャルティエの中にはない。
魔王は死んだ。それでおしまい。生まれ変わった魔王への忠誠などかけらも存在しない。そんな見たことも聞いたこともない存在に無償の誓いを立てられるほどシャルティエは甘くない。
転生後も同じ力を保持していれば問題ない。
だが、価値のない存在に生まれ変わっていたとしたら――
「僕が魔王を殺して成り代わるのも悪くはない」
シャルティエは薄く笑った。




