第36話 偽神器
「勇者はひとり。勇者候補はふたり。僕のカラスは女を勇者と定めたが、君の話だと男のほうがより勇者に近い」
シャルティエが不敵に笑う。
「興味深いことだ」
シャルティエはそういうところがあった。複雑なものや謎に出会ったとき、心底おかしそうに笑うのだ。
そんな浮き世離れした反応がガラトラには理解できない。
ガラトラの生きてきた世界は――
面と向かって抜いて斬る。
それだけだ。
そのシンプルな世界で生きてきたガラトラにはシャルティエの考え方が全く理解できない。
ガラトラはうんざりしながら言った。
「どこがだ。こっちはいい迷惑だ」
「そういえば――懐かしい顔が姿を見せたね」
「ああ……セシリアか。あいつもこっちの世界に来ていたらしい」
「どうだい? 再会の――いや、腹に風穴を開けられた感想は?」
「うるさい、黙れ」
「やはり祝福の剣の火力は侮れないね。あの男の完全防御との組み合わせは本当にやっかいだ。攻略法を考える必要があるね」
シャルティエがガラトラの左腕に視線を落とした。
「とはいえ――まさかその左腕を繰り出しても攻略されてしまうなんてね。さすがに想定外だよ」
くくくく、とシャルティエが喉元で楽しげに笑った。
「どうだい? ガラトラくん。自分の亡き主の『最強』の看板に泥を塗った気分は?」
「黙れ! これは――ただの左腕だ! 前の持ち主が誰かなどどうでもいい話だ! これは俺の腕、俺の力だ!」
「そんな言い方はひどいな……アーベルーダも浮かばれないだろうね。せっかく部下を信じて左腕を託したというのに……」
「勝手に話を作るな。お前がしたことだろ……!」
ガラトラが怒りの視線をシャルティエに向ける。
左腕を失い、武人としての誇りも見失ったガラトラはずっと隠遁生活を送っていた。
そこに現れたのがシャルティエだった。
アーベルーダと並ぶ十鬼将だということはガラトラも知っている。だが、もう気力そのものが萎えていたガラトラはその姿も一瞥しただけで何も反応しなかった。
そんなガラトラの様子を無視するかのようにシャルティエが話しかけてきた。
「やあ、ガラトラくん。暇だったら僕の下で働かないかい?」
「……片腕を失った戦士に何ができる。帰れ」
「そう……きっとそれで困っているだろうから――相談に乗ってあげたくてきたんだよ。問題は左腕がないことだけなんだろ?」
にやりと笑ってシャルティエが懐から水晶玉を取り出した。
「僕のコレクションのひとつだよ。これを使って、君の義手を仕立ててあげようと思ってね」
水晶に映っていたのは大きなカプセルだった。カプセルの中は液体に満たされていて、中央に牛の胴体のように太い左腕が浮かんでいた。
その腕が誰のものか、ガラトラは見た瞬間に理解した。
彼の主アーベルーダの左腕。最初の決闘で容赦なくガラトラを締め上げた、あの左腕――
ガラトラの身体は考える前に反応した。
立ち上がり、シャルティエの胸元の服をつかむ。
「貴様……アーベルーダさまに何をした……!?」
「おやおや。まだそんな顔ができたのだね、君は」
「ふざけるな! 答えろ!」
「アーベルーダの死体から採取したものだよ。彼が丹精込めて鍛え上げた腕だ。ただ消えてしまうなんてもったいないだろ?」
珍しい昆虫でも見つけたんだよ、そんな楽しげな口調だった。
主の死体がもてあそばれたという事実に――ガラトラは目の前が真っ赤になった。
「お前というやつは!」
「だけど、おかげで君は左腕を取り戻すことができる」
「そんなもの! いらぬ!」
「今よりもはるかに強くなれるのに?」
「――!?」
ガラトラは身体を震わせた。その言葉はずっと強さだけを求めていたガラトラにはとても甘美な響きだった。
「知っているよ、君が主を捨てて無様に逃げたことは……みんな知っている。その汚名を返上するには左腕と――力が必要なんじゃないのかい? 魔界のルールは力こそが正義なんだ」
「だが、そんな……アーベルーダさまの腕を……」
「死体の腕なんて、ただの物体だよ。気にする必要はない。そこに意志なんてない……いや、意志があるとすればきっとこう思っているさ。部下の君に左腕を継いでほしいとね」
都合のいいことをシャルティエは並べ立てていた。
ガラトラにはそんなことわかっていたが――どうでもよかった。シャルティエの提案は確かに魅力的だった。ガラトラは自分を納得させるだけの最後の理屈を必要としていた。
狡猾なシャルティエはそれを見抜き――差し出した。
そうして、ガラトラは新しい左腕を手に入れた。シャルティエの言ったとおりだった。左腕を通して感じられるアーベルーダの力。それはガラトラをはるかに強い存在に変えた。
左腕を手に入れた魔族たちをガラトラは許さなかった。新しい左腕で挨拶代わりに叩きのめして回った。
その力は圧倒的で強力な魔族も敵ではなかった。
(強い……強すぎる……)
ガラトラは自分の――今は自分のものとなった力に酔った。
自分より強いものはシャルティエのような十鬼将――今はたった魔界に六体しかいない存在だけ。
そうガラトラは思っていたが――
その自信が木っ端みじんに打ち砕かれたのが今日だった。
「安心したまえよ、ガラトラくん。さっきのは冗談だよ。君はアーベルーダの『最強』に泥を塗ったりなんてしていない」
「……どういうことだ?」
「まだ君はその左腕をうまく使いこなせてないのだろう。あふれ出す力に君は振り回されているだけ」
「俺が未熟だというのか……!」
ガラトラにとってはそれは許しがたい侮辱だった。
――ガラトラの左腕はガラトラのもの、ガラトラの力。
それがガラトラの考え方だった。だから、自分が左腕のおまけのように扱われることは我慢できなかった。
ガラトラは足下にある折れた鋭刃Lv.10を手に取った。
「そうだよ、ガラトラくん。でなければ説明できない。君の左腕はアーベルーダの力そのもの。十鬼将の力そのものだ。それがこうもあっさり打ち砕かれたなど――説明がつかないよ」
「黙れ!」
ガラトラは剣を持って立ち上がるとシャルティエに斬りかかった。
シャルティエは微笑を浮かべたまま――微動だにしない。
シャルティエに折れた剣先が突き刺さろうとした刹那、シャルティエの眼前に矩形の薄膜のようなフィールドが展開した。剣は硬い岩盤に阻まれたように微動だにしない。
「偽神器・世界の礎(展)――」
シャルティエが可笑しそうに笑った。
「まあ――わざわざ展開しなくても、この程度のナマクラなんて何の脅威でもないけどね。自動的に出てしまう設定なんだよ」




