第35話 半死半生のガラトラ
ガラトラは魔王軍において、十鬼将『剣鬼』アーベルーダに仕えていた。もともと魔族に忠誠という概念がなく、そして、強いものが正しいという気風である以上――
常に互いの上下関係は力の上下関係に帰結する。
つまり、ガラトラはアーベルーダに負けたのだ。
当時ガラトラは魔界の一角で名をあげていた。『鋭刃Lv.10』を操る腕の立つ剣士。その評価は広く知れ渡っており、並の魔族であればガラトラの名前を聞いただけで震え上がるほどだった。
だから、ガラトラは思ったのだ。
魔界最強の剣士と知られる剣鬼アーベルーダ。自分は彼よりもはるかに強いと――
うぬぼれてしまった。
アーベルーダは四本の腕を持つ魔族だ。どの腕も牛の胴体のような太さの巨腕で、本人の身長は三メートルを超える。筋肉のかたまりのような巨体から生み出されるすさまじい膂力に加え、その四本の腕それぞれが握る武器の力はすべて神器級。まさに破壊の権化のような存在だった。
当時、単純な戦闘力だけならば魔界の中でも『最強』とうたわれるほどだ。
「アーベルーダよ。その『最強』の称号、このガラトラがもらい受ける」
そしてガラトラは挑み――
まばたきほどの時間でアーベルーダの前に倒れ伏した。
アーベルーダは冷たい瞳でガラトラを見下ろした。
「どうだ、わかったか? これが俺とお前の実力の差だ」
「だ、黙れ……! 武器の差だ! 素手なら、素手ならば……!」
負け知らずでプライドのかたまりだったガラトラはそう叫ぶ。
アーベルーダが面白そうに目を細めた。
「いいだろう。俺は左腕一本、素手で戦ってやろう。だが、お前のほうは今のままでいい。そのナマクラで戦え」
ガラトラは内心でチャンスだとほくそ笑んだ。
いくらなんでもハンデをつけすぎている。アーベルーダはガラトラを侮りすぎている。
(その代償は高く払ってもらうぞ)
ガラトラは勝利を確信して挑み――
左腕一本のアーベルーダにぼこぼこにされて負けた。
「意外と腕はいいな」
倒れ伏すガラトラにアーベルーダが高みから声をかけた。
「ただ――相手が悪かった。俺でなければ勝てていただろう。ケンカを売る相手を選ぶことだな」
「殺すがいい……負ければ死ぬ。それが武人の……ルールだ」
「精一杯戦って死ぬならば――ふむ、理想だな。俺もそういう戦いで燃え尽きて死にたい。だが、今の戦いはそれほどの価値があるか? お前はお前の死に場所を探せ。今はまだそのときではない」
それ以来、ガラトラはアーベルーダの麾下に加わることとなった。
(いいだろう……だが、いずれ俺はお前を超えてみせる)
そう思いながら、ガラトラはアーベルーダに従った。
それから情勢は大きく変わった。
ガラトラが従う『最強』のアーベルーダは魔王によって倒され――魔王の誇る十鬼将のひとりとなった。その魔王は圧倒的な力を持つ勇者と共倒れになった。
自分よりもはるかに強かったアーベルーダ。魔界最強の番付も勇者と魔王によって塗り替えられた。
その戦いの最中、アーベルーダは勇者と激闘を繰り広げ、武人として壮絶な最期を遂げた。
ガラトラが夢見たような理想的な死だ。
一方、そのガラトラは今も無様に生き延びている。勇者に恐れをなし、主を捨てて逃げ延びた。
失った左腕に主の腕を移植してまで――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ガラトラはシャルティエのアジトに戻っていた。
明かりの消えたリビングにたどり着いたと同時、ガラトラは両膝を折ってうずくまった。その手から刀身を半ば失った鋭刃Lv.10がこぼれ落ちて床に転がった。
「さすがに……ダメージが深すぎる……」
ガラトラの口から荒い息がこぼれた。
祝福の剣によって叩き込まれた聖なる力は圧倒的だった。ガラトラの腹は右側がぽっかりと抉り取られ、背中の向こう側が見えるほどだった。
もしも、移植された左腕の効力で体力が大幅に増加していなければ耐えきれずに滅び去っていただろう。
聖なる力は魔族にとって天敵だった。そのエネルギーは魔族の存在そのものに作用し根本的に破壊しようとしてくる。
その力は衛のパンチにも宿っている。
勇者と同質の力――聖気。
もちろん、本家の勇者が放った力に比べれば出力不足もいいところだが、衛の腰の入っていないシロウトパンチですら無視できないダメージを与えてくる。
それほどに聖なるエネルギーは魔族にとって天敵なのだ。
祝福の剣はその聖気と同質の力を刀身に宿し、魔族の身体に切り裂くと同時に爆発させる。まさに対魔族戦闘用に特化した武器なのだ。
そのとき――
ぱちんと指の鳴る音がした。
同時、嘘のようにガラトラの身体をさいなんでいた痛みが消えた。
「とりあえずの処置として痛みだけは消しておいたよ」
声の主がドアの横にいた。中性的なシルエットの男が薄闇の中から静かにガラトラを見下ろしている。
「失敗してしまったようだね、ガラトラくん」
十鬼将のひとり――
大機工シャルティエ。
容赦のない一言にガラトラは歯がみした。
怒りが沸騰して頭が熱くなる。自らの主である『剣鬼』アーベルーダを見捨てた過去からくる汚辱のため、ガラトラは侮られることに対して敏感だった。
痛みが消えた今――その怒りを遮るものは何もなかった。
「失敗だと……! それを言うならば貴様もだろう。貴様のカラスはただの女を勇者だとして追跡していたが、間違いもいいところだ。この俺を痛めつけたのは後からやってきた男のほうだ」
「ああ、そうみたいだね」
シャルティエが目を細める。
――すべてを知っている。
その目はそう語っていた。
「君の活躍のほどは見せてもらったよ。カラスの目で見た映像はこのスマートフォンに転送される仕組みなのさ」
シャルティエがポケットから取り出した箱を見せびらかす。
「カラスはずっとひとりの少女を監視していた。だが、君がとどめを刺そうとしたとき、別の男が立ちはだかった――そうだろう?」
「ああ……女はただの普通の人間だったが、後から来た男は――勇者と同じ聖気を使って戦ってきた。まだまだ未熟だが……あれは間違いない、勇者と同じ力だ!」
ガラトラは強く床を平手で叩く。
「男が聖気を使う。ならば! 勇者の生まれ変わりはあの男だったということだ!」
「いや――男のはずがないんだよ。僕が間違いを犯すわけがない」
シャルティエが断言する。
「大機工のこの僕が失敗するはずがない。僕のカラスは聖気の探知などというアバウトなものには頼らない――もっと深くて細かい感知を行っている。それが勇者はこいつだと言っているんだ。間違っているはずがない」
「……あの女が勇者だというのか? ありえない。あの女はそこら辺にいる人間どもと何も変わらないゴミだぞ」
「確かに――そうだったね」
「男のほうははるかに強い。とんでもない硬さだ、あれは」
ガラトラの鋭刃Lv.10をものともせず、さらには解放した左腕の一撃すら耐えしのぐ。どちらも触れただけで人間などばらばらにしてしまう威力を誇るのだ。それを防ぎきるなど、尋常であるはずがない。
「ガラトラくんの攻撃が通じてなかったからね。ただの人間にしてはおかしいくらい硬いね」
ふんふんとシャルティエが楽しげにうなずく。
「勇者はひとり。勇者候補はふたり。僕のカラスは女を勇者と定めたが、君の話だと男のほうがより勇者に近い」
シャルティエが不敵に笑う。
「興味深いことだ」




