第32話 レイント王国はどこですか? 答え:異世界
セシリアがテーブルまで来て、衛の前に座る。
「いおり?」
「あたしはここで聞いてる」
いおりがソファからテレビを見たまま言った。
「わかった。じゃ、セシリアさん始めてくれ」
「さて、何から話したものか……」
「そうだな、レイント王国の場所はどこなんだ?」
「場所?」
「そうだな、地球上のどこにあるんだ?」
「チキュウ? チキュウとは何だ?」
セシリアが眉をひそめる。
「え、いや、地球は地球だろ。近くにある有名な国はどこなんだ? アメリカとかドイツとかロシアとか中国とか」
「? ああ、そういうことか……チキュウとは君たちの世界のことなんだな。で、レイント王国はチキュウのどこにあるのか、と」
セシリアが納得したように言う。
「結論から言うと、レイント王国はこの世界には存在しない。別の世界にある王国だ」
「は?」
衛には理解のできない言葉だった。
それに対して補足を入れたのはセシリアではなかった。
「マモ、わかんないの? セッシーは異世界から来たってことだよ」
「い、異世界? 地球じゃないってことか?」
「だよね?」
「うむ、そうだ」
セシリアがうなずく。衛はその事実に驚いたが、それ以上に冷静な妹に驚いた。
「どどどどうしてお前は当たり前みたいな口調で言ってるんだ!?」
「そう? カレー知らない人類なんて地球上にいないでしょ?」
「いやいやいやいや、世の中広いから! 絶対いるから! アマゾンの奥地とか!」
「そういう人、日本に来ないでしょ?」
「異世界人のほうが日本に来ないぞ!」
「ま、でもとにかく来てるわけだし?」
「根拠がどっかいっちゃってるが!?」
「本当のところはカレーで気づいたわけでじゃないよ?」
「そうなの?」
「お風呂に入っているとき、セッシーがマジックアイテムとか魔法がどうのこうのとかって言ってたからね」
「ま、魔法……セシリアの世界には魔法があるのか」
「ああ。まあ、わたしは騎士なのでまったく使えないがな」
セシリアの世界には魔法があり、
衛たちの世界には魔法がない。
つまるところ、同じ世界のはずがない。
あまりにも途方もない話だが、剣を振り回して戦うセシリアやガラトラの姿を思い出せば、それほど信じられない話でもなかった。
「だけど、ちょっと待ってくれ。言葉はどうなってるんだ? どうして日本語がそんなにうまく話せる?」
「ああ、言語の問題はわたしも気になったから、あらかじめ転送門を開けてくれた知り合いに確認したんだ。そいつによると『異世界の人間を送り込むためにはいくつかの次元回廊に存在を接続しなければならない。その回廊のひとつが意志の回廊で、そこに接続していれば同じ知的水準の生物が話す言葉は自動的に翻訳される。気にしなくていい』とのことらしい」
「すまん。何を言っているのかよくわからない」
「わたしもだよ。とりあえず、言語については気にしなくていい、というのは事実らしい。わたしにはそれで充分だ」
うん、とうなずくセシリア。
「そうだな、では、わたしの国の話をしたほうがいいな」
セシリアがレイント王国について語り出した。
レイント王国は一〇〇〇年の歴史を持つ伝統ある国である。王国の名の通り国王を統治者として仰ぎ、王を補佐する貴族たちによって国政が執り行われている。
比較的平和な時代が続いていたが、それが乱れたのが約三〇年前。
魔族を中心とした魔王軍が攻めてきたのだ。
「魔族――?」
衛はガラトラの言葉を思い出した。
――魔族と……出会うのは始めてかい……坊や。
「さっき戦ったガラトラも魔族のひとりだ。それぞれが人よりもはるかに強力な力を持つ個体だ」
もともと魔族は人類が生まれるはるか前から魔界に住んでいた。魔族は本質的に非協調的であり、彼らは彼ら同士で敵対して戦っていたのでそれまで人類とは接点がほとんどなかった。
「やくざとやくざが戦ってつぶしあいしてるみたいな話ね」
「やくざ?」
「いおり、変な例えで話の腰を折るな」
その魔族たちに大きな異変が起こったのが三〇年前。
何千年も群雄割拠が続いていた魔界がついに統一されたのだ。
その偉業を成し遂げたのが――魔王。
「それまで魔界は大きく分けると一〇の勢力に支配されていた。そのすべての王たちを屈服させ、支配下に置いたのだ」
魔王の支配欲は魔界だけでは終わらなかった。
彼は人間界に宣戦布告を行い、大規模な進行を開始した。
当初、人類は――
負け続けた。
「魔族の力はそれだけ圧倒的だった。普通の武器を無効化し、強大な魔法を操り、軽くひねるだけで人間の身体を引きちぎる膂力。雑兵をどれだけ送っても死体が増えるだけだ」
「よく三〇年も持ちこたえられたな」
「魔族は強大だが個体が少ないのが救いだった。それほど戦線をすばやく展開できないのだ」
「なるほどね」
「あと、魔族も本気ではなかったからな。遊びのようなものだ」
「そうなのか?」
「お前が蟻の巣をつぶす仕事を任されたとき、全力でやるかね? 彼らにとって人類などその程度のかよわい生き物なのだ」
本気ではない魔族――彼らにとって遊びのような戦いであっても、人類はじわりじわりとその力を弱めていった。
このままではじり貧。最後に全戦力をぶつけて決戦すべきだ。
いや、そんな犬死にをしても意味がない。粘り強く抗戦せよ。
じりじりと国力を失うだけだ。最終決戦を挑むなら今すぐだ!
敗戦陥落失陥と暗い報告ばかりが届けられる空気の中、王宮では連日そんな意見がぶつかりあっていた。
全く異なる方針であったが、根っこの部分は同じだった。
いずれにせよ――人類は滅亡する。
ただ、最後に意地を見せて華々しく散るか、明日死ぬかもしれない恐怖に耐えながら一〇年生き延びるのか。それだけの差だ。
人類に逆転の目はない。
誰もがそう思っていたが――
神は見捨てていなかった。
魔界と対をなす天界。そこに神々は住んでいる。人類は神の手によって造られたと言われている。
神は、神の子である人を見捨てなかったのだ。
「汝に救世を命ず。我が剣と鎧を貸与しよう。すべての魔を世界より打ち払え」
神の啓示を受け、ひとりの救世主が立ち上がった。
「それが勇者さまだ」
絶対神より賜った二つの至宝。
世界創世と同じ力を保持する聖剣『開闢』と。
世界そのものの堅牢さを誇る聖鎧『世界の礎』。
その二つを身にまとい、勇者が歴史の舞台に姿を現した。
「ふーん、勇者って強いの?」
いおりが訊く。
「ああ。圧倒的だった。その剣の一振りで何匹もの魔族を滅し、魔族の放つ魔法は勇者に届く前にかき消える。彼の周囲にいる人間はそれだけで傷が癒え、勇気がわき上がった」
遠い目をしながらセシリアが言った。
「ただそこにいるだけで人類の勝利を確信させてくれた――そんなすばらしい人だったよ」
「なんか詳しいけど、会ったことあるの?」
「ある。というか、ずっと一緒にいた。わたしは勇者さまと同じパーティーで戦い、最後の魔王城の決戦にも帯同したからな」
「えええ!? それすごくない!?」
「ふふん、ま、まあ、それほどでもあるかな? いや、な、ないぞ。ない。それほどでもない、うん、ない」
否定しつつも、セシリアの表情はかなり得意げだった。
(あー、むっちゃ自慢なんだろうなあ……)
衛はそう思った。
「勇者さまが前線に出てから、形勢は一気に人類へと傾いた」
勇者の進撃はまるで放たれた一本の矢のようだった。魔王が人類侵略の拠点として人間界に建てた魔王城めがけて一気に迫る。その前に立ちはだかる魔族たちはすべて聖剣『開闢』によって滅せられた。
そうして――
ついに勇者は魔王と相まみえる。
「勇者さまも強かったが――魔王もまた強かった。魔王の操る魔剣『オメガ』は『開闢』の対といわれているほどの力を持っている。光と闇、二人の戦いはいつ果てるともなく続いたが――」
最後に膝を屈したのは魔王だった。
だが、魔王はまだ力を失っていなかった。
「魔王が最後の魔法を使おうとしたとき、勇者さまはそれを阻止しようと魔王のふところに飛び込んだ。だが、時はすでに遅かった。魔法が発動してしまい――勇者さまと魔王は一緒にかき消えたのだ」
「消えた、のか?」
「消えた。完全に」
「死んだのか? それともどこかに行ったのか?」
「もともとは死んだと思われていた。だが、それは違った。勇者さまと魔王はふたりとも別の世界に転生していたのだ」
――別の世界に転生していたのだ。
その言葉は、衛の疑問に対する答えだった。
その瞬間に、衛はすべてを理解した。
「別の世界って――つまり、それが俺たちの世界なのか?」
セシリアはゆっくりとうなずいた。
「そのとおりだ」
勇者が転生をした。
そして、魔王の部下らしき男が衛といおりの命を狙ってきた。
となれば、得られる結論はひとつ。
「てことは……俺かいおりが勇者の生まれ変わり?」
「そういうことだ」




