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第31話 女騎士、お風呂につかって極楽浄土を見る

「め、目が! 目をやられた! 敵か? 敵が来たのか!?」


「それシャンプー! シャンプーが目に入っただけだから! 頭洗っているときは目を閉じてないとダメだよ!」


「そ、そうなのか?」


 もちろん、セシリアがそんなルールを知るはずがない。

 そんなイレギュラーはあったものの洗髪はつつがなく終了した。いおりがセシリアの髪のシャンプーをシャワーで洗い流している。


「いやー、こっちも洗いがいあったわー」


 その表情は、心の底から満足していた。

 セシリアはセシリアで自分の身体の変化に驚いていた。いつもがさがさだった肌がすべすべになり、ごわごわだった髪はつやつやに変わっていた。指先を身体に這わせるたび、これが本当に自分の身体なのかと新鮮な感覚に戸惑ってしまう。


「す、すごいな、これは。どうやって洗ったのだ?」

「え? 普通のシャンプーとボディーソープだけど」

「ふ、普通なのか、これが……」


 こちらの世界、まったく侮れない――そうセシリアは思った。


(せめてこのしゃんぷーとぼでぃーそーぷだけでも手に入れて国に持ち帰り、姫さまに献上しなければ……)


 セシリアの忠誠心に火がついた。


「じゃ、これで洗い終わったから、最後は湯船ね」


 促されるままにセシリアは湯船につかった。


 確かに――王国の大浴場に比べれば小さい。一七〇センチのセシリアだと足を満足に伸ばせない。だが、ひとりで独占できる感覚は新鮮だった。誰にも気兼ねなく、静かに身体を休めることができる。


 さらに、明らかに優れている部分もある。


 温度だ。


 王国の風呂は人力で暖めるため、どうしても湯の温度にむらがある。 だが、この風呂はどうだ。


 まるで風呂の神が「これこそが人間の肌にもっともふさわしい温度である」と定めた絶妙な温度だった。


 そんな『人肌よりちょい熱め』の湯にひたればどうなるのか。


 一〇日間の野宿――否、セシリアが生を受けてから今日までずっと身体につもり続けた疲労。そのすべてがお湯に溶け出して消えていくかのような気持ちよさがセシリアの身体を包んだ。


「は、はあああああああ」


 あまりにも気持ちよくて――セシリアは無意識のうちに声を上げた。だが、それは想像以上に大きくてセシリア自身も驚いた。


 いおりと目が合う。


(ふ、不覚……!)


 かあっと恥ずかしくなり、セシリアは顔を赤くした。

 いおりが楽しげに笑う。


「いいんじゃない? お風呂って気持ちいいよね。声でるでる。あたしもでるから。じゃ、あたし行くから。満足したら出てきてね。服も新しいの外に置いとくから」


 そう言って、いおりは風呂場から出ていった。


(彼らに大事な話がある――あまりゆっくりもしていられない!)


 そんな使命感がセシリアを突き動かし、セシリアは腰をあげようとするも――身体がうまく反応しない。


 戦闘という行為において、常にセシリアの意志どおり正確に動き続けるよう鍛錬されたセシリアの身体が動けなかった。


 身体中の細胞が望んでいた。


 ――もう少しだけ、ここにいよ?


 セシリアに抗うことはできなかった。


「き、気持ちいい……」


 半開きになる口。だが、セシリアはすぐ口を引き締めてつぶやく。


「い、いや、しかし……」


 そんな感じでセシリアが心の中の押し問答に打ち勝ち、名残惜しさ満載で湯船から立ち上がったのは――

 それから一時間後のことだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 夕飯の片付けを終えた衛がリビングでくつろいでいると、いおりが戻ってきた。


「けっこう長かったな。一緒に入ってたの?」

「あたしは入ってないよ。セッシーを洗ってあげたの」

「セ、セッシー!?」


 変態マントから驚異の出世ぶり。

 何があったんだ、と衛は驚いた。


 いおりが、うふふふふと笑った。クッションを抱きかかえると床をごろごろと転がった。


「そう。もうセッシーでいいよ。うんうん、セッシー。セッシーチョーかわいい。イノセントすぎ!」

「そ、そうなの?」


 衛はセシリアの鷹のように鋭い目を思い出した。チョーかわいいという言葉とどうしても結びつかない。


「そうだよー。うっふっふっふ。いろいろ教えてあげたいなー。セッシーの女子力をごりごりとあげてあげたい。そうだ、マモのジャージ借りるね?」


「なにするの?」


「セッシーの服。着てた服は洗濯行きだから。代わりのがいるでしょ?」


「俺のジャージは女子力高くないぞ。お前の貸してやれよ」


「ホントはそうしたいんだけどね。セッシー背が高いし、肩幅も広いから、あたしのじゃダメなのよ。ま、今日は仕方ない」


「俺のジャージは仕方ない扱いかよ」


 一時間後、ジャージを着たセシリアが風呂から出てきた。


(おいおい、ジャージってださい系の服じゃなかったっけ?)


 ジャージを着ていてもセシリアは相変わらず美しかった。セシリア自身の顔立ちに加えて、背筋がぴんと伸びた立ち姿のきれいさも影響している。金髪碧眼の長身美人が自分のジャージを着ているちぐはぐさに衛は不思議な感覚を覚えた。


「風呂に続いて、こんな素晴らしい服まで用意してもらえるとは……感謝の言葉もない」


 セシリアは感心したような口調でジャージを触っている。


「え? ただのジャージだぞ?」


 衛が言った。


「ジャージ……そういう名前なのか。素晴らしいと思うがな……着心地がよくてとても軽い。さらにこの伸縮性。まったく身体の動きを邪魔しない。こんな完璧な服をわたしは知らないぞ」


 ――イノセントすぎ!

 いおりの言葉を衛は思い出した。


(なるほど、こういうことか)


 レイント王国第一騎士団団長と言っていただけはある。

 セシリアは外国の人間であり、まだ『騎士』が存在する後進的な国から来たのだろう――日本の当たり前に疎いのも納得できる。


 だが、理解できないこともある。


(ジャージやカレーを知らない人間がこの世にいるのか?)


 アマゾンの秘境で暮らしている部族ならばともかく、いくら外国人でも知っているのでは? というものばかりだ。

 それすら知らないというのはいくらなんでも違和感がある。


 おまけに――


(その割には日本語が完璧だ……)


 それも不思議だった。話している内容はもちろん発音すら完璧な日本語を操っている。それだけ日本語を操ることができるのに、基本的な知識が欠けていた。


 そのちぐはぐさが衛は気になる。


 セシリアが口を開いた。


「待たせて申し訳ない。では、話を始めようか」



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