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第30話 女騎士、身体と髪を洗われる

 風呂はコンパクトな造りだった。二メートル四方くらいの空間にひとり用の風呂と体を洗う場所がコンパクトにまとめられている。すでに風呂にはお湯がはられていてもうもうと湯気が立ち上っていた。


「じゃあ、まずは体を洗おうか」


 いおりが両手両足のすそをまくりながら言った。いおりは風呂場に入ると壁に掛かっている棒のようなものを取り外した。


「それは?」

「シャワー」


 いおりがドアノブのようなものをひねると『シャワー』から水が出てきた。


「すごいな! 水がいくらでも出るのか?」

「まーねー、はいどーぞー!」


 いおりがいきなりシャワーをセシリアに向けた。


「ひゃっ!」


 セシリアは二重に驚いた。


 ひとつ目はいきなり水をかけられたことに対して。

 もうひとつは、その水がまったく冷たくなかったことに対して。


(え? 水じゃなくて、お湯?)


 セシリアの常識だとお湯とは火をたいて作るものだ。そんな貴重なものが、壁のスイッチを押すだけで出てくる?

 しかも、ちょうどいい温度に設定されていて、とても心地よい――


「お湯が出てくるとはすごいな」

「へへへー、そうでしょ?」

「だけど、出しっ放しだとお湯が切れるのでは?」

「切れないよ。ガスがずーっと沸かしてくれるからね」

「無限に出てくるのか!?」


 セシリアは目を丸くした。


「これは高位の――いや、神器級のマジックアイテムなのか!?」

「は? マジック? 魔法のこと? そんなのあるはずないじゃん。科学よ科学」


 いおりが不思議そうに首をかしげる。


「ま、いいか。はい。じゃ、体を洗おうねー」


 いおりがスポンジにボディーソープをつけた。


(なんだ、あのスライム状のものは……)


 いおりがスポンジをこねくり回すと、もこもこと夏の雲のように泡があふれ出した。


(泡が、あんなにも!)


 セシリアの世界にも石鹸ならある。だがそれは、こちらの世界に比べてはるかに質の悪いもので、泡立ちも悪かった。

 王宮に入っている高級商人が言っていたものだ。


「当店が扱う石鹸は腕のいい職人が作ったものを独占で扱っております。ほかのものと泡立ちが違いますよ。ほら、ね?」


 目の前に展開された泡の量は、そのときの優に――一〇倍。


 泡の量を石鹸の質の目安とするのなら、いおりが使っている石鹸のスペックはいかほどのものなのか。


「ほら、座って座って」


 いおりがセシリアを風呂場の小さないすに座らせる。


「はーい。洗うよー」


 いおりがセシリアの背中をスポンジでこすった。


「――!」


 あまりにも心地よくて――セシリアは声を呑み込んだ。


 現代社会が生み出した科学の結晶――スポンジとボディーソープ。そのハーモニーはセシリアを驚愕させた。こんなにも弾力と柔らかさにあふれた物質をセシリアは知らない。さらに、その表面を雲霞のごとく泡だったボディーソープがなめらかにコーティングしている。


 体を洗うといえば、薄手のタオルでがしがしと体をこするだけだったセシリアにとって、それは新感覚の体験だった。


「やば! ちょっとセシリアさん、泡が黒くなってるよ! 汚れとれすぎやばい! 面白い! 全部あたし洗う!」


 一〇日分の野宿の汚れはすごかった。


 言葉の通り、いおりが調子に乗り始めた。スポンジを背中だけではなく、セシリアの脇やふともも、お腹へと滑らせていく。

 体中を未知の気持ちよさに包まれて――セシリアの口から思わず吐息のような声が漏れる。


 セシリアはそんな自分自身に驚き、恥ずかしく感じた。

 だが、肌に広がる喜びは拡大の一途。いろいろなものがキャパシティーオーバー。このままではいけないと感じたセシリアは必死に身をよじった。


「ちょ、ちょ、ちょちょ! ちょっと待ってくれ、いおり! わわわたしには刺激があり過ぎて、だ、だめだ、そんなところは――!」

「だーめだめ! ちゃんと全身を洗わないと、ね? こっちの世界のマナーだから!」


 そんな感じで容赦なくいおりはセシリアの全身を洗いきった。

 セシリアの体中についた黒い泡をシャワーで洗い流しながら、いおりが言った。


「ふぅ、満足」


 その表情は、心の底から満足していた。


 一方、セシリアはぐったりしていた。


 もともとセシリアは若い頃から剣の道に明け暮れ、ストイックな人生を送っていた。勇者とともに旅をしてそれこそ一ヶ月間は街にも帰らない生活を平気でして、それに疑問も抱いていなかった。


 だから『心地よい』という感覚に耐性がなかった。

 むしろ心地よいことに浸ることに罪悪感すら感じていた。


 そんなセシリアだからこそ、全身を襲っている感覚をまだうまく処理することができなかった。

 だがそれは、決して嫌な感覚ではなかった。


 新しいことを知り、生まれ変わったような感覚――


(すばらしい。なんてすばらしいんだ)


 だが、いおりはセシリアに余韻に浸るいとまを与えない。


「はい、じゃ、次は髪ね」


 いおりがシャワーでセシリアの頭を流した。

 シャワーからはき出されたきめの細かいお湯がセシリアの頭に降り注ぐ。頭を覆うように存在していた、まるでぴんと糸が張ったような緊張がお湯に溶かされるようにふわりと消えた。


 なんとも言えぬ、心地よい感覚――


「ふ、ふわぁ……」


 セシリアの口から小さな吐息が漏れる。


 シャワーというものがセシリアの世界にはなかった。頭を洗うときは桶から大量の水をかけるだけ。

 それとは一線を画す圧倒的な快感だった。


 いおりの手はシャンプーによって泡まみれになっていた。いおりは泡で濡れた指をセシリアの髪に伸ばす。柔らかな指先が自分の頭皮をもみほぐすたび、セシリアはあまりの気持ちよさに思考が停止した。


「セシリアさん、髪も汚れてるねえ……ちょっと気合いいれてごしごしするから痛いかも。我慢してね」


 その宣言通り、いおりはかなり強く髪を洗ったが――

 むしろセシリアにはそちらのほうが気持ちよかった。


(ああ……もうどうにでもなれ……)


 忘我のときをセシリアが過ごしていると、セシリアの髪からシャンプーのしずくがたらりと垂れ、セシリアの目に入った。


「――!」


 突然の激痛にセシリアが体をびくりと震わせた。


「ど、どうしたの、セシリアさん!?」


「め、目が! 目をやられた! 敵か? 敵が来たのか!?」


「それシャンプー! シャンプーが目に入っただけだから! 頭洗っているときは目を閉じてないとダメだよ!」


「そ、そうなのか?」



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