第29話 女騎士、風呂に入る
一口食べた後、セシリアが放心状態のようにぼぅっとしていた。
(どうしたんだ?)
様子がおかしかったので衛は気になって話しかける。
「どうだ? 食べられそうか?」
衛を見ず、声すら出さず、セシリアはうなずきだけで答えた後。
猛然とした勢いでスプーンを操った。
米とカレーをすくい口の中へ米とカレーをすくい口の中へ米とカレーをすくい口の中へ米とカレーをすくい口の中へ米とカレーをすくい口の中へ米とカレーをすくい口の中へ米とカレーをすくい口の中へ米とカレーをすくい口の中へ米とカレーをすくい口の中へ――
ものすごい勢いでカレーが消えていくさまに衛といおりはしばし言葉を失った。
やがてそれすらまどろっこしくなったのだろう。
半分ほど平らげたところでセシリアは皿をつかみ、そのまま口に寄せて一気にかきこんだ。
そして――
ごとりと皿がテーブルに戻される。
皿の上からはきれいさっぱりカレーも米も消えていた。
(すっげー……そこまで腹が減っていたのか? まあ、五日も食ってなかったらこれくらいにもなるか……)
気持ちのいいほどの食べっぷりだった。
が、実のところはむさぼり食う勢いに、食べ盛りの衛といえど引いていた。
セシリアはきらきらとした瞳で衛の手を取った。
「こんなにおいしいものを施してもらえるなんてどれほどの感謝をすればいいのか! 君の歓待に礼を言わせてもらう。感動した!」
「あ、ああ、そんなにうまかったか?」
「うまい! 食べ終わるのがとてもつらかった!」
「そうか。ならおかわりするか?」
「え、ま――まだあるのか?」
思わずセシリアの口が半開きになる。
「ああ。カレーだしな……いくらでもあるぞ」
「そ、それならぜひ……い、いや!」
そう言ってセシリアが首を振った。
「こんなおいしいもの――さぞかし高価なものに違いない。そんなものを何度も頂戴してはレイント王国第一騎士団団長の名がすたる!」
「いや……気にしなくていいぞ。スーパーで二〇〇円もしないし」
「二〇〇エン?」
「安いってことだよ。子供の小遣いくらいじゃないか」
「こんなおいしいものが、子供の小遣いで……!?」
驚いたような様子でセシリアがカレーの消えた皿を見つめる。しばらく悩んだ表情を浮かべてから、おずおずと皿を差し出した。
「では、おかわりして構わないだろうか……なにぶん腹が減ってしまっていて……」
「いいぞ。あんたは命の恩人だ。こんなものでよければ遠慮せずに食べていってくれ」
その後、セシリアはカレーを三杯おかわりした。
まだまだ食べられる様子だったが、カレーが尽きてしまったのだ。
(カレーって飲み物だったんだな……)
本当に飲み干すかのような勢いの食べ方をまざまざと見せられて、衛は都市伝説が真実だと知った。
セシリアは恍惚とした表情を浮かべている。
「ありがとう。こんなにおいしい夕食は初めてだよ」
「そりゃよかった。落ち着いたところで、話とやらを聞かせてくれ」
「そうだな――」
「その前にちょっといい?」
そう言って手を挙げたのはいおりだった。
「どうした?」
「セシリアさんなんだけどさー……ごめんね、女の子に言うのは気が引けるんだけど、ちょっと臭わない?」
いおりが身を乗り出してセシリアの体をかぐ。
「うーん、やっぱり。さっき脱いだマントもけっこう臭いがきつかったんだよね……」
「そ、そうか……?」
セシリアは慌てて自分の腕を嗅ぐが、首をひねっている。
「セシリアさんって一〇日前にやってきて公園で暮らしていたんだよね?」
「そうだが?」
「お風呂は?」
「もちろん、入っていないが?」
「「それだ!」」
衛といおりの声がハモった。
「あのね、セシリアさん。こっちの世界だと風呂には毎日はいるのが常識なんだよ」
「そ、そうなのか?」
「そう。しかも野宿してたわけだから、そりゃ臭うって」
「そうなのか……。一〇日間の野宿くらいは普通だったりもするので気にならなかったな。気づかなくて悪かった」
そう言った瞬間――
セシリアが服を脱ぎ始めた。
「だあああああああああ! 何やってんの、セシリアさん! ていうか見てるんじゃない、マモ!」
言うなり、いおりが衛の顔に手を押しつけた。
(な、なんで俺がこんな目に……)
「ん? いや、せめて体だけでも拭こうと思ってな。すまないが水だけでも貸してもらえないだろうか?」
「だからってここで脱ぐことないでしょ! マモもいるし! それにそもそも、そういう原始的なの無し! 風呂そこにあるから! 貸してあげるから入りなよ!」
「ふ、風呂がここに!? そんな広い屋敷には見えなかったが……」
「狭くて悪かったわね! 現代社会では家につきお風呂ひとつあるのが常識なのよ! ほら、どうせシャワーの使い方ひとつわかんないでしょ。教えてあげるからついてきなさい!」
いおりはセシリアを風呂場へと連れていく。
ドアの向こう側に消える前、ぎろりといおりが衛をにらんだ。
「のぞいたら殺すから」
「やらない。やらないって」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
脱衣所でセシリアは素っ裸になった。
「すご! ……すご!」
隣でいおりが食い入るような目でセシリアを凝視していた。最初の「すご!」ではセシリアの大きな胸に視線が向けられていて、次の「すご!」では見事に鍛え抜かれた腹筋に視線が向けられていた。
「すごー、そんなに体って鍛えられるんだ」
「まあ、騎士だからな……鍛錬の成果だよ」
「鍛錬って何するの?」
「うーん、素振りを毎日五千回とか」
「やりすぎじゃね!?」
「そうか?」
「ちょっと、お腹触らせてもらっていい?」
「構わんが……ひゃうん!」
いおりの手は意外と冷たかった。いきなり素肌をさらわれたのでセシリアは驚きの声を上げてしまった。
いおりは口を半開きにしたまま、セシリアの腹筋をなで回した。
「あー、固いわー、でも肌がなめらかで気持ちいいわー。これずっと撫でてたいわー」
ちょうどセシリアの顔の前にいおりの頭があった。彼女の髪はとても手入れが行き届いていた。美を競う貴族の娘たちよりもさらりとしていてきらきらと輝いている。見ているだけでも美しいと感じた。
いおりの髪からふわりといい香りが漂い、セシリアの鼻孔をくすぐった。
それはとても甘くてかぐわしい香りだった。
その瞬間――セシリアは自分を恥じた。
いおりがセシリアを「くさい」と言ったのは当然だ。これほどの香りを持ち、身支度に余念のない女性なのだから。
こんな汗臭い姿でいたこと、それ自体が非礼だ。
「いおり」
「ん?」
「君からとてもいい香りがする」
いおりの顔が真っ赤になった。
「なな、なに言ってんの! ま、まあ、それほどでもあるけど?」
「君に比べると確かにわたしはくさいな……」
「あー、もう! ごめん、気にした? だけど大丈夫だから。体と髪洗えばセシリアさんもすぐいー感じになるから、ね?」
「そうかな……」
「はいはい、現代社会はそういうものなの。お風呂入ろー」




