第27話 覚醒・衛+セシリアvs強化ガラトラ
覚醒したガラトラの左腕、そして『鋭刃Lv.10』による斬撃。
いずれも直撃を受ければ戦闘不能は避けられない致命の一撃。いかに卓越した剣技を持つセシリアといえど防戦一方に追い込まれた。
ただの一撃ももらえない、ひとつのミスも許されない神経の張り詰める戦い。
肉体的にも精神的にも倍以上の疲労が積み重なる状況で――そんな一方的な戦いがいつまでも続くはずがなかった。
(しまった――!)
セシリアは自分のミスに気がついた。
右側から迫ってくる肥大化したガラトラのこぶし。セシリアの今の体勢、タイミングでは絶対に――かわせない。
セシリアは神器『祝福の剣』の腹を、迫りくるこぶしに向けて盾とした。さらに体裁きを駆使して打点をずらし真っ向からの直撃だけでも避ける。
衝撃。
ガラトラに殴り飛ばされ、セシリアの身体は木っ葉のように舞う。
空中で態勢を整えて膝を折りながら着地。
すぐに立ち上がろうとしたが――
自分の右腕から祝福の剣が転がり落ちて愕然とした。
右腕の骨が、折れている。
奥歯をかみしめて痛みを我慢した。痛みなどどうでよかった。そんなものはセシリアにとって処理するだけのもの。常に考えるのは状況をどう打開するのか。それだけだ。
だが、今回ばかりは何も思いつかなかった。
今のガラトラはあまりにも強すぎる。左腕を解放する前で互角だったのだ。今の力の差は話にならない。
それがさっきまでの状況。
今はさらに利き腕をへし折られ、剣すらまともに握れない。
勝算ゼロの状況が――さらに悪化。
「ここまでか……」
さしものセシリアも敗北と、その先にある死を覚悟した。
この程度の危機、魔王軍との戦いで何度も味わった。そのときは自分の力のなさに絶望するときはあったが――諦めることはなかった。
勇者がいたからだ。
「お前なんて顔してる。諦めんな。何とかなる。いつだってそうだっただろ?」
そう言って、勇者はどんなときも笑っていた。その笑顔を見たとき、セシリアは本当にそうできるような気になって――何度も何度も死地を仲間たちと脱した。
勇者イオリがいたからこそ、できた。
だが、今ここに勇者はいない。
(イオリさま、すいません。わたしの旅はここまでです)
そう、諦めようとしたときだった。
「セシリアさん、ごめん。任せてしまって」
背後から衛が現れた。
「君は――君こそ大丈夫なのか?」
「俺もいおりも大丈夫だ」
大丈夫、という意味をセシリアはすぐに知った。
衛がそっと右手をセシリアの肩にのせる。それだけで、セシリアの身体に暖かい何かが流れ込んできた。それはセシリアの身体から疲れを拭い去り、右腕の痛みも消し去った。
右腕が痛くない。
その事実に気づき、セシリアは右腕を動かした。痛くない。右手を何度も握ったり開いたりする。問題ない。
(この力は――!)
セシリアには覚えがあった。勇者のかたわらにいるだけで精神が高揚し、傷が癒えていく勇者の技――
スキル『不滅の軍勢』。
まだ衛は未熟で接触しないと力を発動できないようだが――
逆に言えばそれ以外に違いはない。暖かい波動も次から次へとダメージが消えていく感じもすべて同じ。
信じられないものを見るような目で衛を見上げた。
(君が……勇者さまの生まれ変わりなのか!?)
セシリアの視線に気づき、衛が笑った。
「治ったみたいでよかった。作戦通りやろう」
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「治ったみたいでよかった。作戦通りやろう」
そう言い残すと、衛はガラトラの前へと進んだ。
ガラトラがにやりと笑う。
「小僧――あれだけの直撃を受けてよく生きていたな。逃げればいいものを。せっかく助かった命、捨てるつもりか?」
「逃がす気なんてないだろ?」
「察しがよくていいな」
ガラトラが左拳を握りしめる。
「そう、皆殺しだ」
ガラトラの左拳が空気を切り裂いて――否、圧殺して驀進する。
視界を埋め尽くす巨大なこぶし。
衛は――逃げない。
交差した両腕でそれを正面から受け止めた。颶風のような衝撃が衛の正面から背中へと抜ける。
痛くないわけはなかった。
だが、我慢できないほどでもなかった。
そして正面から受け止めても衛の身体はびくともしなかった。その足は根が生えたように動じない。
「バカな!?」
余裕だったガラトラの声に焦りが生まれた。
「……剣鬼の左腕を正面から受け止めた……だと!? 貴様!」
ガラトラが左腕を引いた。
今度は衛の頭上から左腕を打ち下ろす。
巨大なハンマーのような一撃を衛は再び両腕で受け止める。桁の違う膂力に重力を加えた一撃。
衛の足が地面に沈み込む――
が、衛の背は腰も膝も折れない。
「うおおおおおおおおおおおお!」
衛は雄叫びを上げて、その大滝のような暴力に抗う。
力の拮抗。
その瞬間、ガラトラの頭は衛を屈服させることで一杯になった。
己の存在が消えた瞬間を――
セシリアは逃さなかった。
――治ったみたいでよかった。作戦通りやろう。
セシリアは衛の言葉の意味を正確に把握していた。何も変わっていない。衛が盾となり、セシリアが矛となる。その役割は何も変わっていない。
セシリアが祝福の剣を拾い上げ、ガラトラに向かって走り出した。
ガラトラがセシリアに気づく。
右手に握った『鋭刃Lv.10』をセシリアに向けて威嚇する。
だが、セシリアに足を止めるつもりはなかった。祝福の剣を両手で握りしめる。
「来るか、セシリア!」
ガラトラの声に呼応するかのように、セシリアが叫んだ。
「光あれ!」
神器『祝福の剣』の力が解放された。その刀身から昇りゆく太陽のような、周囲を圧する輝きが爆発した。
光り輝く刀身と、ガラトラの『鋭刃Lv.10』が激突。
瞬間――ガラトラの剣が真っ二つに断ち切られる。
「なっ――!?」
ガラトラの驚きの声は最後まで続かなかった。
セシリアの一撃がガラトラの脇腹をなぎ払ったからだ。
「おおおおお!?」
圧倒的な聖なる力を叩き込まれてガラトラは――しかし、滅びなかった。
ガラトラは左腕を地面に叩きつけた。轟音と振動、同時に公園の土がほこりとなって舞う。衛とセシリアの動きに乱れが生じる。その隙をつき、ガラトラは後方へと大きく下がった。
衛はガラトラの姿を見た。
ガラトラの巨体がくの字に折れ曲がっていた。
腹部の右側がぱっくりと削り取られている。普通の人間ならば確実に死んでいるだろうが――ガラトラは生きていた。血は流れておらず、断面も削った鉱物かのように真っ白だった。
「人間じゃないのか!」
「魔族と……出会うのは始めてかい……坊や」
ガラトラは笑みを浮かべた。だが、その笑みに余裕はなく凄絶という言葉がぴたりとあう様子だった。
「この借りは……必ず返す……」
先ほどよりも声は弱々しくなったが、力は失われてはいなかった。怒りと憎悪の込められた声だった。
「今日は出直す。だが、次は殺す。必ずだ」
そう言って、ガラトラはきびすを返すと夜の闇に消えた。




