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第25話 変態マントvsガラトラ

「無理はしないことだ」


 美女がいおりの肩を押さえて言った。

 いおりは驚いた表情で女を見て、さらに驚いた顔になった。


「え……? まさか変態マント?」


 一瞬、美女の顔に動揺が走る。

 しかし、女は無視することに決めたようで、すぐ硬質な表情に戻るとガラトラに近づいた。


「まさかこんなところでお前に会うとはな、ガラトラ」


 その声に――ガラトラの体は電気で打たれたかのように反応した。ガラトラは首だけ振り向いて幽霊でも見たかのような表情になる。


「セシリア……お前までこっちに来ていたのか」

「それはわたしの台詞だよ。とにかく……そこの彼を離せ。わたしがここにいる以上――狼藉は許さん」

「魔族である俺がお前の言うことをきくと思うか?」

「それもそうだな……ならば、お前たちのルールに従って――力ずくといくか」


 セシリアが全身をすっぽりと覆うマントを脱ぎ捨てた。

 その姿を見て、衛はなぜ彼女がマントを羽織っていたかを知った。


 その下にあったのは――

 全裸


 ではなく。


 男性のような白いシャツと緑のズボンという出で立ちで黒のブーツを履いている。問題はそれ以外の部分だ。胸部を護るため小さな白銀の鎧をセシリアは装着していた。そして、さらに腰の部分。

 そこには鞘に収められた刃渡り一メートルほどの長剣がぶら下がっていた。


 セシリアが抜刀する。


 同時、一気にガラトラへと肉薄した。


 ガラトラは衛の身体を横に放り投げると、彼女の斬撃をかわす。その斬撃は今まで衛が押しつけられていたコンクリートの壁をぱっくりと削り取った。

 衛はごろごろと地面に転がる。


「がはっ、はっ!」


 衛は必死に息を吸い込み、枯渇していた酸素を肺に送り込んだ。唾液が口から垂れるのかも構わず空気をむさぼる。死に瀕していた身体中の細胞が普通の状態へと戻っていった。


「マモ!?」


 いおりが衛の横にひざをつき、倒れている衛の上半身を起こした。


「バカ、死ぬかと思ったじゃない……」

「ごめん……」


 衛にはそれ以外の言葉が思いつかなかった。

 ガラトラが剣を拾い上げて、セシリアへと襲いかかる。


 二人の剣――『祝福の剣』と『鋭刃Lv.10』。 三年以上昔、何度もぶつかりあった剣が異世界で再び激突した。


 剣と剣がぶつかりあい、甲高い音を立てる。


 刃と刃が接したのはほんの一瞬だった。二人ともすぐに態勢を整え、次の一撃を放つ。金属音。次、次、次次次――

 互いの斬撃を、斬撃で高速応酬する。


 ガラトラもセシリアも、その動きは最短で最速。

 才能ある存在が自分の技術を極限まで磨き上げることによってようやく到達できる領域だった。

 無限に続くと思われた斬り合いは唐突に終わった。

 同時に二人とも一歩後退して間合いを置く。


「さすがだ、セシリア。腕は衰えるどころか、むしろ強くなっていないか?」

「日々これ研鑽だ。常にわたしは昨日のわたしより強いよ」

「まじめなことだ」

「こちらも質問だ。お前は確か左腕を失っていたと思うが、その左腕はどうした?」

「義手だ――それ以上でもそれ以下でもない」


 興味なさそうにガラトラが応えた。

 そして、沈黙。


 会話は終わったとばかりの沈黙。


 ただの敵同士でしかなかった二人。三年ぶりの再会で語り尽くせぬほどの言葉があるはずもなかった。

 セシリアが短く言う。


「行くぞ」


 二つの影が再び斬り結んだ。

 衛から見て、二人の力量は互角だった。このままだとどちらが勝つにしてもそれは運の差でしかないだろう。

 ガラトラが勝てば衛たちの死は間違いない。


 衛には、そんな運否天賦に自らの運命を託すつもりはなかった。

 衛は立ち上がった。


「え、ちょ、マモ!」

「あいつの遠距離攻撃が怖い。ずっと俺の後ろにいろよ、いおり」


 衛はいおりを後に残して二人の戦いに割って入った。

 天秤が釣り合っているのなら――

 自らの力で天秤を傾けるだけ!


「な!? 危ないぞ、少年!?」


 セシリアが引きつった顔で警告する。

 だが、その表情は――ガラトラの刃を受け止めた衛の姿を見て驚愕へと変わる。


「な、ど、どういうことだ?」

「知らない。俺はどういうわけか――頑丈なんだよ。戦いのシロウトだけど、あんたの盾くらいにはなれる」


 衛は言った。


「俺も戦うぜ!」

「面倒なことだ!」


 ガラトラが叫び、舌打ちと同時に後ろへ下がる――だが、すぐにセシリアが距離を詰める。セシリアは状況の変化を理解していた。


 ガラトラの刃の前に衛が立ちはだかり、できた隙をついてセシリアが斬りかかる。

 逆にガラトラがセシリアにばかり注意を向ければ、衛のこぶしがガラトラの身体に突き刺さる。


 二人の攻勢にガラトラはだんだんと防戦一方に追い込まれた。


 まるでガラトラの悲鳴を代弁するかのように、ガラトラの左腕がキリキリと大きくきしむ。


(勝てる!)


 衛はそう思った。そして、それはセシリアも同じだっただろう。

 だが――そう簡単にはいかなかった。


 キリ、キリ……キ、リ。


 ガラトラの左腕の音がやんだ瞬間――

 まるで目の前の空間が爆ぜたかのような、空気が突然膨張したかのような衝撃が衛の全身を襲った。


 あまりの勢いに、衛の身体は大砲の弾のように後方にすっ飛んだ。


(――!)


 衛は混乱した。理由は二つあった。

 ひとつは、もちろん自分がいきなり吹っ飛んでいること。


 そしてもうひとつ。

 身体中から伝わる――激しい痛み。


 それはガラトラの剣で斬られたときに感じた小さな痛みとは全く違う――あの事故の日から衛が感じたことのない真性の『痛み』。それこそ文字通り、車にはねられたかのような痛みだった。


 衛の防御力を貫通するほどの――超ダメージ。


 そのまま背後にあったあらゆるものを巻き込んで、衛は公園のフェンスに激突した。


「ぐ、はっ……!」


 痛みで衛の視界がぐらつく。

 その視界の先にガラトラが立っていた。


 ガラトラはさっきまでと様子が異なっていた。もともと厚みのあった左腕がまるで牛の胴体くらいまでさらに膨張し、長さも二倍くらいに伸びている。


 その巨大な拳が衛のいた空間を貫いていた。


 衛はようやく理解した。

 あの巨大化した拳に殴り飛ばされたということを。


「貴様――貴様はなんてものを己の左腕に!」


 激高したセシリアが叫び、剣を構える。


「黙れ! これはもう俺の左腕! こうなってしまえば俺の腕、俺の力だ!」

「己の主の腕を奪うなど! 正気の沙汰か!」


 二人の声は、混乱と痛みでぼうっとする衛の耳には遠く聞こえた。彼を現実に引き戻したのは、背後から聞こえる呻き声だった。


「マ、モ……?」


 衛の身体が意識よりも早く反応した。


 身を起こして振り返ると、そこにはいおりがいた。いつもの溌剌とした瞳は弱々しい半目になっていて、口からは荒い呼吸が漏れている。相当の苦痛に耐えているのは明らかだった。


(お、俺は……いおりを!)


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