第24話 衛vsガラトラ
「勝てるとか勝てないとかじゃないんでね。後ろには――妹がいる。俺が護ってやらなきゃダメなんだよ!」
衛が蹴りつける。
ガラトラはそれをあっさりかわすと、巨体に巨体に似合わない素早い動きで小刻みに斬りつけてきた。もちろん衛の肉体はびくともしないが、小さな痛みが少しずつ蓄積していく。
衛はガラトラの乱打に耐え続ける。ガードの隙間からガラトラの顔を見て衛はぞっとした。
荒々しく剣を振るっているようだが、ガラトラの目は違った。静かにじっと衛の些細な動きを見逃さない――そんな瞳だった。
――何かをじっと観察する目。
「くっそ!」
刹那的な恐怖に突き動かされたかのように衛は腕を振り払った。ガラトラは余裕の動きですっと後ろに下がってそれをかわす。距離を置いてもなお、剣の切っ先は油断なく衛の喉元を狙っている。
その動きは戦闘のプロのそれだった。さっきのようなラッキーパンチは決して許さない――そんな隙のなさがにじみ出ている。
「刃は通らないが、ダメージはあるらしいな」
(――!?)
衛はどきりとした。漏れそうになる呻き声をあわてて呑み込む。自分の防御力の高さは唯一の武器だ。その限界を知られてはならない。
「は? 意味がわからないんだけど」
「ごまかすならもう少し前からすることだな。剣が当たった瞬間、少しだけ表情に痛みが出ているぞ」
「――!」
「岩でも叩いているような気分で楽しくはないが、まあ、一〇〇〇回も叩けば結果も変わろう。覚悟しろ」
「……やれるものならやってみろ」
強がってはみたが――衛の心に焦りがじわりと広がる。
だが、負けるわけにはいかない。衛の敗北は衛の死だけではなく、いおりの死も意味するのだから。
ガラトラが再び間合いを詰めてきた。
ガラトラが剣を振り下ろす。素早く何度も何度も。まるで豪雨だった。無数の雨が振り落ちるかのように、衛の身体を斬撃が襲った。
痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。痛み。
小さな痛みが次々と蓄積していく。
――一〇〇〇回も叩けば結果も変わろう。
あの台詞は誇張ではなかった。
本気でガラトラは衛の体力を削りきるまで叩き続けるつもりだ。
ゲームのように例えるのなら――
例えダメージが1しか通らなくても、マイナス1を限界まで行えばいずれはHPもゼロになるだろう。
それがガラトラの戦術だ。
(そっちがその気なら!)
衛には衛の作戦がある。
ダメージ1はしょせんダメージ1。
ならば、削りきられる前にそれ以上のダメージを与えればよい。
前へ前へ。一〇〇発の痛みに耐えて一撃を叩き込む。
絶対的な防御力こそ――衛の最大にして唯一の武器。
ならばそれを信じて前に進む。
それが衛の見いだした生き残るための道だった。
「うおおおおおおお!」
衛は前に出た。
ガラトラの刃が左の肩を打つが――無視。衛は止まらない。
ガラトラの腹へと、力一杯の右拳を叩き込んだ。
Tシャツの向こう側にあるガラトラの筋肉はまるで金属板のような感触を衛の拳に伝える。
だが、ガラトラは衛のような鉄壁ではない。
「ぐぅお!?」
ガラトラが腹を抱えて後方へとよろめく。その口元は強く食いしばっていて、目は見開かれていた。
「やった!」
いおりの歓喜の声が響く。
(――効いている!)
衛は攻撃の手を緩めるつもりはなかった。すばやく踏み込んでガラトラのふところへと飛び込み、一発二発三発と連打を浴びせていく。
「うおおおおおおお!」
ガラトラの巨体がくの字に折れ曲がる。衛の一撃ごとにガラトラの体が揺れた。衛はひたすらに殴った。このチャンスを逃すつもりはなかった。ガラトラが膝を屈すその瞬間まで殴るのをやめるつもりはなかった。
ガラトラの手から剣が滑り落ちる。
(いけるか!?)
しかし、衛の歓喜は続かなかった。
ガラトラが衛の腕をつかんだ。次いで、動きの止まった衛の首を逆の腕でつかむ。
「ぐ、が!」
万力のような圧力が衛の首を絞めた。突然、息ができなくなって衛の脳内はパニックになる。
「やるじゃないか……少しばかり驚いた」
にやりとガラトラが笑った。
それは反撃してきたネズミを捕まえた猫のような笑顔だった。
「お前の身体がどういう仕組みで俺の刃を弾いているのかさっぱりよくわからんが……一応は人間らしいな。喉を絞めれば息ができない。なるほど、なら絞め殺すとしよう」
衛の脚が宙に浮いた。
ガラトラの木の幹のように太い腕が首を絞めたまま衛の体を持ち上げたのだ。
「マモ!」
いおりが悲鳴をあげた。
衛は宙づりになったまま足をばたつかせる。自由な腕を動かしてガラトラの手を喉からはがそうとするがびくともしない。
根本的な力が違う。
ガラトラが笑った。
「削り殺してほしかったのか? まあ、どちらで死のうが死は死だ。諦めろ」
ガラトラの体がくるりと反転した。
同時、まるで柔道の一本背負いのように衛の体が宙に跳ね上がり――次の瞬間、背中がアスファルトに叩きつけられた。
「げほっ!」
衛の肺に残っていた空気が一気に口から漏れた。ガラトラは衛の体を起こすと、今度は滑り台の壁に押しつけた。
小さな滑り台が揺れるほどの衝撃。
肺の空気はもうからっぱだった。そして、背中を圧迫された状態で、ガラトラに喉を締め上げられる。
(だめだ。息が――!)
もう酸素がなかった。身体を動かすだけで身体中の筋肉が酸素不足に悲鳴を上げる。衛の脳はがんがんと警告のアラームを鳴らし続けている。衛は最後の力を振り絞って拘束を解こうと暴れるが、ガラトラは見かけ通り巨山のごとく微動だにしない。
衛は自分の死を覚悟した。
(ぐ、くそ……せめて……)
――逃げてくれ。
衛はいおりに目を向ける。
いおりは――
今にも飛びかからんばかりの形相でガラトラの背中をにらんでいる。逃げるという言葉が頭にないのは明白だった。
衛は知っている。
自分の妹はプライドが高く好戦的であることを。
「バカ! やめろ、お前に何ができるんだ! 早く逃げろ!」
衛はそう叫んでやりたかったが、首を絞められている今、ただくぐもった音しか出せない。
何もできるはずがないのだ。
男の衛ですらあらがえない力の差。それを女の細腕でどうにかできるはずがない。
だが、いおりは――そんなことがわかっていても――後には引かない性格なのだ。この場で衛を見捨てるくらいならば、自分も戦って死ぬ性格なのだ。
そんな性格、衛にはわかりすぎるほどにわかっている。そして、いおりのその強い気性を好ましいと思っている。
だが――死が迫っているこの瞬間だけは――
ただ、逃げてほしかった。
この瞬間だけはその性格を曲げてほしかった。
(逃げてくれ……いおり)
いおりが一歩前に踏み出したときだった。
いつの間にか変わった外見の女性がいおりの横に立っていた。
年の頃は二〇前後。身長は女性にしてはかなり高く衛と同じくらい。金髪碧眼で顔立ちは非常に美しい外国人美女だ。だが、その目に宿る意志は非常に強く、自分がただのきれいなお人形ではないとはっきり主張している。
それだけなら、そこまで変ではなかっただろう。
問題は――
全身をすっぽりと覆う茶色のマントを彼女が羽織っていることだ。
「無理はしないことだ」
美女がいおりの肩を押さえて言った。
いおりは驚いた表情で女を見て、さらに驚いた顔になった。
「え……? まさか変態マント?」




