第23話 追撃のガラトラ
ガラトラの視界から、衛たちの背中が少しずつ小さくなっていく。
即座に追いかけてもよかったが――
その前にガラトラは頭の中にある混乱を収めることに集中する。
(あの男は何なんだ?)
間違いなく普通ではなかった。
ガラトラの愛剣はともに何度も死線をくぐり抜けた『鋭刃Lv.10』。神器級には届かないが特級に値する魔法の武器だ。その威力は半壊したコンビニが物語っている。
その一撃を――
あの男は無防備な左腕で造作もなく受け止めた。
そして、その後の一撃。
ガラトラは自分の左頬を撫でた。今もじんじんとした痛みが残っている。勇者イオリとの敗戦以来、久しぶりに感じた痛みだった。上級魔族であるガラトラを傷つけられるものなどそう多くはいない。
それをやってのけたのだ。
この平和ボケした世界に生きる若造ごときが。
だが、問題はそこではない。
大きな問題は他にある。それは――
(俺はこの痛みを知っている)
それは三年前に味わった屈辱とともに刻まれた記憶だ。だから、ガラトラが忘れるはずがない。
ガラトラを殴り飛ばした男の攻撃は、過去ガラトラの体に叩き込まれた勇者の一撃ととても似ていた。もちろん左腕を切り落とした一撃とも。
キリ、キリ。
殴られた頬の痛みに呼応するかのように、左腕の切断面がさっきからずっとうずいていた。
(確か、聖気と言ったな……)
魔を払う力。聖気。
勇者が女神より与えられたとされる力だ。その名の通り魔族への特攻能力を持っている。
勇者の強さを支えるもの。それは――
極限まで鍛え抜かれた勇者個人の身体能力。
上級魔族のガラトラすら一蹴する最上級神器、聖剣『開闢』聖鎧『世界の礎』。
それらの能力はもちろん無視できない。
だが、聖気による攻撃ブーストもまた魔王軍を苦しめる力だった。
あの男によって殴り飛ばされた頬の痛みはまさしくその、憎らしいほどに懐かしい痛みと同じだった。
勇者のそれに比べればはるかに弱いとはいえ――
勇者と同じ力を、あの男が操っている。
それは無視できない事実だ。
(まさか――あの男が勇者なのか?)
そう考えたが、ガラトラはすぐに首を振った。
(いや、そんなはずがない。シャルティエのカラスが勇者だと告げたのはあの女のはず)
かみ合わない。
気になる齟齬ではあるが――ガラトラは頭からそれを消し去った。
どうでもいいことだった。
どちらにせよ二人とも殺すだけの話だ。殺す頭数がひとつ増えて、持ち帰る死体がひとつ増えただけ。あとはシャルティエに丸投げすれば答えをはじき出すだろう。
戦士の仕事は考えることではなく、首をはねること。
ただそれだけにガラトラは集中する。
女はものの数ではない。警戒するべきは男の力だけ。初見だったから驚いたが、次は慎重に構えて隙を見せなければいい。
(それに――それくらい抵抗してくれたほうが張り合いがある)
ガラトラの唇が嗜虐的にゆがむ。
ガラトラにとってこれは復讐戦だった。あのとき殺せなかった勇者を今ここで殺す。だからこそ勇者と同じ力を持つ存在は悪くない。その力を蹂躙してこそガラトラの心は満たされる。
「くくく、せいぜい楽しませろよ」
ガラトラは地を蹴り、獣のような足取りで衛たちのあとを追った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
衛は住宅街の格子状に延びる道を走っていた。右手側には小さな砂場と滑り台しかない、猫の額ほどの小さな公園が見えている。
そのときだった。
視界の端――屋根の上に夜の闇にうごめく陰を衛は見た。
「危ない!」
衛は反射的にいおりを自分の背中に隠す。
次の瞬間、繰り出された斬撃が夜の空気を切り裂いた。
異音。衛の足下のアスファルトが深々と断ち割れた。衛の身体にも斬撃は命中したが――それだけだった。
(大丈夫、大丈夫だ……落ち着け。俺がいおりを護るんだ)
屋根の上の影が重い音ともにアスファルトへと降り立つ。
山のような大男――ガラトラだ。右手には抜き身の剣をぶら下げている。
「逃げられると思っていたか?」
衛の背後でいおりが身を固くした。
「お前――どうして妹を狙っている?」
「別に。お前たちには関係ないことだ」
「気になるだろ。これでもまじめに生きてきたんだ。殺されるほどの恨みを買った覚えはないぞ」
「気にしなくていい。どうせすぐ――何も考えられなくなる」
喋りながらガラトラが一歩一歩近づく。
衛はいおりとともに下がっていき、背後の公園に入った。
(やるしかないか)
衛は覚悟を決めた。
南場蛮のパトロールに同行して何度か荒事に巻き込まれているが、衛自身がおおっぴらに戦ったことはない。ケンカ慣れしているわけでもない普通の高校生の衛であったが――
目の前の男が本気で殺しにきているのだ。戦うしかない。
「いおり、ここは俺が抑える。逃げろ」
衛が小声でいおりにそう言う。しかし、いおりは首を振った。
「い! や! 一緒にいるから!」
短く言い切ると、いおりはもう話す必要はないといわんばかりに口を閉ざした。
衛はいおりの頭を手で撫でた。
「わかった。だけど前には出るなよ」
衛はガラトラに向き合い、両手の拳を握りしめた。
ガラトラが無造作に踏み込み、剣を振るう。衛の左腕がそれを受け止めた。
澄んだ音ともに、鈍い痛みが衛の左腕を走った。
それはさっきも同じだった。ガラトラの剣を受け止めることはできるが――決してダメージがないわけではないのだ。
「勇ましいな。言っておくが、さっきのはまぐれだ。お前のようなシロウトが俺に勝てると思っているのか?」
「勝てるとか勝てないとかじゃないんでね。後ろには――妹がいる。俺が護ってやらなきゃダメなんだよ!」




