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第22話 俺の妹に何してやがる!

 ――嫌な予感がしていた。


 最初はファミリーマーケットへと向かった衛だったが、すぐにT字路に引き返した。


 いおりの出た時間から考えて、そろそろ戻ってきてもいい時間だと思ったからだ。T字路で待っていたほうがすれ違わずにすむ。


 そして、胸騒ぎを無視できなかった。


 選択肢を間違えると後悔する――理由もなく衛はそう感じていた。


 異変はすぐに起こった。

 T字路に立つとすぐ、血相を変えて走る二人の人物が現れた。

 何かから必死に逃げている――そんな様子だった。


 だが、それ以上に問題は、そのひとりの着ている服がセブンセブンの店員の制服だということ。


 考えるよりも早く――

 衛は走り出した。


(いおり!)


 セブンセブンはすぐに見えた。入り口のあたりには建築材の破片が飛び散っており、一目で普通ではないことがわかった。


 遠くに見える店の中からひとりの少女が転がり出るのを衛は見た。


 それが誰なのか。

 遠くからでも衛なら背格好だけで一目でわかる。


 自分の不安が的中したことを衛は知った。普通の状況でコンビニから人は転がり出ない。


 立ち上がったいおり目掛けて、店内から男が飛び出してきた。横幅がいおりの倍はありそうな巨大な男だ。

 男の一撃をいおりはかろうじて避けて――アスファルトの砕け散る音が鳴り響いた。


 とんでもない破壊力――人間離れしている。


 男の右手には厚い刃の剣が握れている。模造刀だと思えるほど衛は楽観的な性格ではない。

 男が剣を振り上げた。

 腰の抜けたいおりは動くそぶりを見せない。


(くそ、間に合え!)


 衛は懸命に走った。ぐんぐんといおりたちの姿は大きくなっていくが、それでもまだ衛には遅すぎて――遠すぎる。


 一秒でも早く。

 

 衛はいおりの前に立たなければならなかった。

 それが兄である衛の義務。死の間際の母親から託された、全人生を賭けるに値する誓い。

 いおりの声が響き渡った。


「マモ! どうしていないの! どうして電話に出ないの、どうしてひとりにするの、バカッ! かわいい妹が死んじゃうじゃない!」


 そして、泣き出しそうな声でぽつりと言った。


「護ってよ……」


 いおりは何も変わっていなかった。あの事故が起こった日、震えながら兄の腕をつかんだ頃から何も変わっていない。


 兄を頼る恐がりな妹がそこにいた。


 だから衛にできることはたったひとつ。何も変わらない。あの日と同じようにいおりを護るだけ。

 それが衛の命を賭すべきたったひとつのこと。


「死ね」


 男が冷たい声を放つ。容赦なく剣を振り下ろした。

 同時――衛はいおりの前に割って入る。


 考えるよりも早く左腕を剣の軌道に割り込ませた。

 金属と金属が激突するような甲高い音が響き渡る。


 山のような大男の顔が驚きでゆがんだ。それも無理はなかった。普通ならば男の刃は衛の左腕を切り飛ばし、勢いそのままに衛の胴体を深々とえぐっていただろう。


 だが、そうはならなかった。


 まるで静止の魔法でもかけられたかのように、男の刃は衛の左腕に食い止められていたのだ。

 男の驚きも、いおりの救出に間に合った事実も――

 何ひとつ衛の気分をよくはしなかった。


 自分の妹を傷つけるどころか殺そうとした男。その存在そのものが衛には許せなかった。どろどろと煮えたぎるマグマのような怒りが腹の底からわき上がってくる。


 衛はこぶしを握りしめた。そのとき――衛は気づかなかったことだが、こぶしにうっすらと光が宿った。


「俺の妹に何してやがる!」


 衛はためらいなく男の頬を殴り飛ばした。

 まるで車にでもはねられたかのように男の体は吹っ飛び、アスファルトの上に転がった。


「大丈夫か、いおり!?」

「マモ!」


 衛はいおりの手をつかみ、立ち上がらせた。

 いおりがうるんだ瞳で衛をじっと見つめていた。そこにある感情を伝えようといおりの口が小さく開閉する。


 だが――言葉にならない。


 気持ちが膨大すぎたのだろう。きっと人類の言語力自体にそれを表現するだけの力がないのだ。


 だから、いおりは単純な方法で表現した。

 握った拳を振り下ろし――


 衛の頭を殴った。


「いてぇよ!?」

「衛! あーた何やってるの!? 遅! チョー遅! ていうか、なんでケータイでないの? 電話したじゃん! このタイミングで出ないとかマジ妹死なす気? 何回死にかけたと思ってんの!? あたしじゃなかったら五回は死んでるから! 六回かもしれない! そんくらい危なかったんだから! ちょっときーてんの!?」

「で……電話はすまなかった。すぐ帰るつもりで家に置いてきた」

「しし信じられない! スマホ世代でしょあたしたち! 手の延長にスマホがくっついて育ちましたーみたいな。接着剤で手のひらに貼りつけておきなさいよ! で、あたしが鳴らしたら即出る! いい?」

「料理が作れなくなるんだけど」

「じゃあ、おでこにでも貼っときなさい!」

「電話に出れないんじゃないか?」

「もー、どうしてわかんないかなー! そういうんじゃなくて、心意気! そういう気持ちなの! 妹からの電話は一〇〇%とる覚悟ってやつ! 武士道みたいな! その象徴が接着剤なわけ! と、に、か、く! あたしからの電話は出る! それがうちの決まりだから!」


 いおりはそう言ってから、衛の右手をきゅっと強く握った。


「お願い――怖かったんだから」

「わかった。頑張る」


 いおりがにこりと笑った。


「ありがと」


 衛の視界の端で男が立ち上がるのが見えた。


「何だ……お前は……」


 男が憎悪のこもった瞳を衛に向ける。衛はひるまずにらみ返した。


「それはこっちの台詞だ。俺の妹をこんな目に遭わせやがって!」


 男が飛びかかろうと身構えた瞬間――

 衛は反射的に片手を突き出した。


 同時――

 まるで見えない衝撃破で弾かれたように男の体がぐらつく。


「え、マモ、今のなに?」

「知らん! 逃げるぞ!」


 衛はいおりの手を引っ張り、半壊したコンビニから逃げ去った。

 もちろん、こんなことで逃げ切れると――衛は思っていなかったが。


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