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第18話 魔族の戦士ガラトラ

 マンションの屋上に、ひとりの男が立っていた。

 四〇歳くらいの男で盛り上がった筋肉が山のような印象を与える。


 男の名はガラトラ。


 レイント王国にて魔王とともに戦った魔族のひとりだ。

 ガラトラは右手に持ったポーションの中身を空にぶちまけた。

 飛び散った黒い液体はゴムのように形を変え、何羽もの漆黒のカラスへと変貌する。カラスたちは大きく鳴くと、赤い空へとその黒い翼を広げて飛び去った。


「いけ。そして見つけてこい。にっくき勇者の依り代を」


 勇者――

 その言葉を口にしただけでガラトラの視界は怒りで真っ赤に染まった。そして、左腕に激しい痛みを覚える。


 ガラトラは左肩を強く押さえた。

 そこからは見事な左腕が伸びている。だが、その腕はガラトラの本当の腕ではない。勇者の聖剣によって叩き切られたからだ。


 代用品。造り物の腕。


 ガラトラの怒りに呼応するかのように、まがい物の左腕がキリキリキリと耳障りな音を立てた。

 ガラトラは用のすんだガラス瓶を屋上に叩きつける。


 砕けたガラス瓶を何度も踏みつけた。


「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!」


 口の端から漏れた唾液を腕でふき、ガラトラはきびすを返した。

 屋上の中央に立つと同時、ガラトラの足下に黒い穴が出現する。ガラトラの体は穴の中に沈み込んだ。


 一瞬の闇。

 そして、暗転。


 天井にあいた穴から降り立った場所は、普通の3LDKのリビングだった。

 普通だが――普通ではない。


 この部屋は今いるマンションのどこにも存在しない部屋だった。

 部屋の主が――もちろんガラトラではない――ほかの部屋を完全にコピーして魔法的な空間に作成したものだ。


 居住区域など誰かから奪えばいいだろう、そうガラトラは言ったものだが、主は鼻で笑ってこう諭した。


「いいかい、ガラトラ。こちらの世界にはこちらの世界のルールがある。それを犯すと警察という機構が追いかけてくる。殺して奪うのは簡単だ。そして、追いかけてくる警察を殺すのも簡単だ。だけど、きりがなくて面倒だろう? だから、この世界のルールを知り、それに沿った生き方をするのが利口というものさ」


 そう言って、部屋の主はガラトラから甲冑を奪い、Tシャツとジーンズというガラトラには理解できない格好をさせた。

 今、ガラトラの甲冑はリビング隅の飾り物になっている。


 ガラトラは主が住まう部屋のドアを開けた。


 部屋の奥に白いソファがあり、そこに男が座っていた。男には似合わないオフショルダーの白い服を着ているが、違和感があるどころかとても似合っていた。理由は彫刻のように顔が整っていて、ガラトラとは対照的な中性的な外見であるためだ。

 男はふたが開いた銀色の薄っぺらい箱を膝の上にのせていた。ふたにはリンゴのマークが輝いている。


「リンゴでも買ったのか?」

「これはパソコンだよ。リンゴは作っている会社のロゴマークさ……なかなか使えるものだよ」

「新しい武器か?」

「君は戦うことが本当に好きだね。武器ならその義手をあげたじゃないか?」

「武器はいくらあってもいい」

「やれやれ、君ってやつは……残念だけど違うよ。これはとても便利な――ただの道具さ」

「そうか」


 ガラトラには興味がない。

 ガラトラの興味は自分の強さを高めることと勇者への復讐を果たすこと。それだけだ。


「お前の命令通り、カラスどもを放ってきたぞ」

「素晴らしい。後はカラスの報告を待つだけだ」

「あんなただの鳥で大丈夫なのか?」

「ただの鳥じゃないさ。魔法で作り出した暗視機能付きの夜でも飛べる特殊なカラスだ。なかなかの性能だぞ」

「だといいがな――本当にお前の言うとおりになるんだろうな、シャルティエ」


 ガラトラの疑いの視線に部屋の主は不敵な笑顔を向けた。


「十鬼将のこの僕を疑うのかい?」


 魔王に仕えた、絶大な能力を誇る十鬼将。そのひとり――大機工ザ・マシーナリシャルティエ。


 それが彼の正体だった。

 シャルティエは二年前に勇者が転生した場所を割り出した。その追跡調査を行うため、こちらの世界にやってきたのだ。


 そして――

 ようやくシャルティエは勇者の場所を特定した。


 その報がガラトラにもたらされたのが今日の昼だった。


「いや、疑ってない。祈っているだけさ。本当の本当に勇者の居場所がわかりますようにってな。だが、どうして今日わかった?」

「勇者が力を発動するときに発生する聖気。今朝方その高まりを計測したんだよ。だいたいの場所はわかっている。あとはカラスたちがしらみつぶしに探してくれる。時間の問題だよ」


「俺が行く――文句はないよな?」


 ガラトラは半年前にこちらの世界にやってきた。

 三年前の最終決戦でガラトラは左腕とともに、彼の主である十鬼将のひとり『剣鬼』アーベルーダを失った。復讐相手の勇者は魔王とともに姿を消し、彼の失意と怒りは行き場を失っていた。


 その彼の前にシャルティエが現れた。


「勇者を殺したいかい? その心臓に刃を突き立てたいかい? ちょうどいい。あれの行き場所に心当たりがあるんだ。力を貸してくれないか? 新しい左腕をプレゼントしてもいい」


 そうして、ガラトラは生きる目標と新しい左腕を手に入れた。

 喜びの声を漏らすようにガラトラの左腕がキリキリと鳴った。 


 だから――殺す権利はガラトラにある。


 シャルティエはにこりと笑った。


「もちろん。勇者は君の獲物さ。僕は約束を守る。ただ、本当に勇者だという調査はしたいから死体は持ち帰ってきてくれ。最悪、腕の一本でも残っていればいいさ」

「わかった」


 シャルティエが何かをガラトラに投げた。

 反射的にガラトラが受け取る。それは四角くてカードのように薄い箱だった。


「これは?」

「こちらの世界のアイテムでね。スマートフォンだよ。言うとおりに操作してみなよ」


 ガラトラが操作すると地図が現れた。地図の上にはいくつかの光点が輝いている。


「この映像はなんだ?」

「この辺の地図だ。光点はカラス。勇者を見つければ光点が赤くなる。そこに向かうといい。なかなか便利だろ?」

「これはお前が作ったのか?」

「もちろん。こちらの資材をベースにね。大機工のスキルは伊達ではないよ」


 十鬼将にはそれぞれほかの魔族を圧倒するレアスキルを持っている。大機工のそれは『あらゆるものを造りだし、あらゆる未知のものを解析し使いこなす能力』。

 その彼にかかれば、未知の世界のアイテムなどただの新しいおもちゃでしかないのだろう。


(俺には全く理解できないこの箱を、こんな風に当たり前のように使いこなすのか……)


 それは畏怖するべき能力。

 間違いなくそれこそ、魔王直属の十鬼将たるにふさわしい能力。


 当たり前のように存在するこの部屋も、シャルティエがその能力を駆使して作ったものだ。ガラトラの失った腕の代わりも、シャルティエはあっさりと作って見せた。


 ガラトラには全く理解できない、常軌を逸した力。


 しかし、ガラトラには興味がない。

 何でもいいのだ。勇者への復讐さえ果たせればそれでいい。


 ガラトラの左腕がキリキリと歓喜の音を鳴らす。


「……赤くなったら、そこに勇者がいるのか?」

「その通り。そのカラスの行方をたどるといい」

「ならば、もうチェックメイトか?」


 ガラトラの見せた画面には、燦然と赤く輝く光点があった。

 シャルティエは目を細め、薄く笑った。


「おめでとう」


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