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第17話 日常の終わり

 ――嫌な予感がしていた。

「よー、衛。一緒に帰ろうぜ」


 衛が帰り支度を整えていると、蛮が近づいてきた。蛮は『見回り』と称してぶらぶらしながら帰るのだが、たまに衛を誘うのだ。


「わかった」


 そう応じた結果が――これだ。


 威圧する声が聞こえたので気になって近づいてみると、そこにはわかりやすいカツアゲの構図があった。

 雑居ビルと雑居ビルの間。その狭い隙間に七人の男がいた。奥の二人は線の細い気弱そうな男子。彼らが逃げられないように立ちはだかるのは五人のいかつい学生たちだ。顔に幼さが残るので中学生のようだった。


「お前、引きよすぎだろ……」

「ま、持って生まれた星だな」


 くくく、と蛮が楽しげに喉の奥で笑う。


 蛮の犯罪遭遇率は異常だった。本人によると「犯罪が俺に寄ってくるんだな。退屈しなくていい」だそうだが。

 おかげでたまに同行する衛も何度か巻き込まれていた。最初こそは緊張していたが、今ではなんとも思わない。


(慣れって怖いな。ていうか、こんなのに慣れてもな……)


「ちょっとお兄さんら、ごめんね、取り込み中だからさ、帰ってくれないかな?」


 リーダーらしき男が眉間にしわを寄せながら近寄ってくる。

 疑問系ではあるが有無を言わせない様子だった。


「そういうわけにはいかんなあ」


 蛮が好戦的な笑いを浮かべる。


「こういうのを見逃さないのが南場蛮の人生訓でね」


 南場蛮――その名前が出たと同時に、男たちの間に緊張が走った。


「な、南場蛮!?」

「あの、不良殺しの!?」

「においだけで不良をかぎ分けるっていう!?」

「『鬼人きじん』南場蛮!」

「じゃあ、隣にいるのは、噂の『鉄面皮てつめんぴ』かよ!?」


 不良たちの声に動揺の色が濃く出る。


「有名ってのは悪くないねー。ていうか、何、鬼人とか呼ばれてるの、俺?」


 蛮がおかしそうに笑う。


「い、いや、ちょっと待て、俺が鉄面皮なのか……?」


 衛は面食らった。


 確かに蛮に巻き込まれてよく現場にいるのだが、衛自身は積極的には参加しない。衛はケンカが苦手だし、そもそも衛が加勢しなくても蛮は負けないからだ。

 そんな自分にまで怪しげな二つ名がついていることに衛は少しばかり傷ついた。


(もうついてくるのやめようかな……)


「まあ、俺の名前にびびって逃げるなら追わないさ。二度とやるんじゃねーぞ。さ、家に帰った家に帰った」


 そわそわしている不良たちだが、リーダーは違った。


「ふざけんなよ。ちょうどいいぜ。南場蛮、お前を倒して俺の名前をあげてやるぜ」

「ははははは。面白いこと言うね、お前」

「俺は本気だ。おい、やれ!」


 そのとき、衛の背後から誰かが近づく音がした。

 振り返ると同時――

 男が五〇センチくらいはあるスチール製の警棒を振りかぶっている姿を見た。


 こういう事態に備えて、入り口側に潜んでいたのだろう。


「うわ!」


 警棒が振り下ろされる。

 警棒は衛のこめかみを勢いよく打った。


「よっしゃ!」


 不良たちの数人から歓声が上がる。

 普通の人間なら昏倒してもおかしくない一撃。

 しかし――


「危ないだろ、お前」


 全身筋肉の蛮に殴られても、トラックにはねられても平然としている衛なのだ。不良の振るう警棒の一撃など何の意味もない。


「嘘だろ!?」

「何やってもきかないっていう、鉄面皮の噂は本当なのか!?」


 衛は頭が痛くなってきた。

 衛はいおりと静かに暮らしたいだけなのだ。蛮のように有名になって喜ぶ性癖はない。それに自分の体質はあまり知られたくないのだ。


(そうか、痛がればいいのか)


「いたたたたたたたたたた! 頭蓋骨割れたかも! 死ぬ!」


 衛は頭を押さえてしゃがみ込んだ。


「いや、それ、わざとらしいから」


 蛮がへらへら笑う。


「まあ、こんな感じで人間離れしている俺らだけど、どうする? やるの?」

「うるせー、今さら退けるかよ!」


 その威勢のいい言葉から一分後――

 六人の不良たちは路地裏で伸びていた。


 衛は痛いふりをして横に逃げただけだった。蛮がひとりで反抗する不良たちを一方的にぼこぼこにしたのだ。

 カツアゲされていた被害者の二人は蛮に礼を言って帰っていった。


「まー、今後は気をつけろよ。また狙われたら俺の名前出していいから。じゃーな」


 二人を見送ってから、蛮たちも通りに戻った。


「じゃ、行こうぜ、鉄面皮」

「誰がだよ、鬼人」

「しかし、今日は別にパトロールするつもりじゃなかったのにな。事件にぶち当たってしまうなんて、まじで俺はついてるな」

「悪霊がな」

「違いない」

「ていうか、待て、パトロールしてたんじゃないのか?」


「違う。今日は女騎士狩りだ」

「女騎士――?」


 唐突な単語だった。


「知らないか? 金髪のマント女の噂」

「いや、知らないな……それ何だ?」


 金髪ということは外国人なのだろう。東京なら珍しくもないが、ここは都心から一時間も離れた街だ。外国人はほとんど見かけない。


「金髪碧眼の超美人なんだけどさ。マントをすっぽりとかぶったおかしな格好をしてるんだよ」

「そういう風習の国から来た人なんじゃないのか」

「だけどな、公園で寝泊まりしてるっぽくてな。旅行だったらホテルとるだろ」

「それもそうだな……」


 話を総合する限り、ただの変質者にしか思えない。いおりに気をつけるように言おうと衛は思った。


「待てよ、蛮。お前、さっき女騎士狩りって言ったよな? どうしてそいつが女騎士なんだ?」

「ああ……さすがに異邦人すぎるからさ、警察も放置しておけなくて職務質問したらしい」


 南場家は警察と強力なコネクションを持つ。また、南場蛮は本人のざっくばらんなキャラクターと地道な治安維持活動のたまもので地元の警察官たちから信用が厚い。

 その関係で手に入れた情報なのだろう。


「そもそも日本語が通じるのか不安だったらしいが、流ちょうな日本語で答えてくれたそうだ。職業は? って訊いたら『レイント王国の第一騎士団の団長をしている』だってさ」


 くくくく、と南場蛮が笑う。

 衛が訊いた。


「どこなんだ、レイント王国って?」


「一応、外交問題になったらいけないから、あとで警察は馬鹿正直に地図帳で調べたらしい。そんな国はないんだってさ」

「てことは、そういう設定のイタイ人なのか?」


「それだけだったらただのイタイ人でもよかったんだがな……警察としてはマントの中身を訊かずにはいられなかったから次にその質問をしたんだよ。そうしたら『お前たちには関係ない』って言って協力しない。帯同していた女の警官が検査するといってもきかない。無視してどこかに行こうとしたから警官が前に立ちはだかろうとしたら――その瞬間、警官の体が宙を舞った」


「何が起こったんだ?」

「見ていた警官の話では、投げ飛ばされたらしい。警官たちが動揺した隙をついて、女は逃げたそうだ」

「警察って鍛えてるよな? それを投げ飛ばすって――」

「そう、普通じゃない。それも軽々と一瞬にして投げ飛ばしたそうだから、とんでもない力だ。だから『イタイ人』だけの人ではなさそうだな」

「そういうことか」


「で、それが昨日の話。公務執行妨害扱いだから、わりと警察も本気で女騎士を探している」

「じゃあ、そのお手伝いってわけ?」

「それもあるが、単純に面白そうじゃないか? 自称女騎士がどれだけぶっ飛んだ人間か見てみたいじゃないか」

「あいかわらず積極的に首をつっこむスタイルだな」

「好奇心旺盛なんでね」


 蛮が続ける。


「日中、女騎士は街をふらふらしているらしいから、こうやってぶらついてみたんだけど、そううまくは会えないか」

「蛮の事件アンテナも反応しないか」

「別のを当てちまったから今日はもう働かないかもな」

「そうか。じゃ、今日はここで帰らせてもらうよ」

「つれないな、もうちょっとつきあえよ」

「いや。着いちゃったからな」


 衛が指さした先には行きつけのスーパーがあった。


「いおりの夕飯を買って帰る」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 一四階建てのマンションの屋上に、ひとりの男が立っていた。


 四〇歳くらいの外見で口の周りに豊かなひげをたくわえている。一八〇センチの身長に加え、筋肉質ながっしりした体つきをしている。着ているTシャツが筋肉で盛り上がっており、まるで山のような印象を与える。


 男の名はガラトラ。


 ガラトラはこの世界の生まれではない。

 レイント王国にて魔王とともに人類と戦った魔族の一人である。


 ガラトラは屋上のへりまで歩いていくと、右手に持ったポーションの中身を空からぶちまけた。

 黒い液体が、夕暮れに染まる街に降り注ぐ。


 しかし、その液体が地上に落ちることはなかった。


 液体はまるでゴムのようにぐにぐにと形を変えて、何羽もの漆黒のカラスへと変貌していった。カラスたちは大きく鳴くと、赤い空へとその黒い翼を広げて飛び去る。


「いけ。そして見つけてこい。にっくき勇者の依り代を」


 男の目は静かでも冷淡でもなく――

 狂気じみた怒りの炎で燃え上がっていた。



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