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第16話 『正義の味方』南場蛮

 衛が子供を護って車にはねられた日の放課後――

(さて、今日はいおりに何を作ってやろうかな……)


 そんなことを考えながら衛が帰り支度をしているときのことだ。


「よー、衛。一緒に帰ろうぜ」


 友人の南場なんばばんが声をかけてきた。


 南場蛮は御堂衛と同じく東野高校に通う一年生である。

 やや長目に伸ばした髪と野性味のある整った顔立ちのおかげで女生徒たちのイケメンランキングでは上位に入っている。


 というか、蛮を彼氏にしたい女生徒は多い。

 外見的な優秀さに加えて家柄もいいからだ。


 彼は数多くの警察官僚を輩出している名門南場家の三男だった。五五歳の父親は警察組織のトップに近い立場にいて、南場家の跡取りである長男もキャリア組としてエリート警察官の道を歩んでいる。家系図をひもとけば祖父も曾祖父も同じく高位の警察官僚だった。


 祖父は蛮たち孫を集めてよく言ったものだ。


じんぎん、蛮。お前たちは南場家の人間として日本国に尽くさなければならない。我々の義務なのだ。それが南場の人間の覚悟であり、名誉だと知れ」


 祖父は言葉だけを教えて満足する人間ではなく、現実的な人間でもあった。よって祖父は幼い蛮たち三兄弟に厳しく格闘技を教えた。


祖父は今の時代のような「生徒たちの良さを引き出しましょう」「コーチングには技術があります」などといった概念が存在しない時代の人間である。その教育手法は間違いなく今の時代なら問題になるレベルで、蛮の子供の頃の記憶はおっかない祖父と地獄のような訓練と筋肉痛だけでだいたい埋まっていた。


「じいちゃんの訓練を思い出せばだいたいの辛いことは耐えられる」

 それが南場三兄弟の共通認識だった。


 祖父譲りの体術は長じてから役にたった。

 蛮の性格をまとめると――

 正義感の強いお節介焼きだ。


 なので弱いものいじめやカツアゲなどを見かけると見過ごせない性分であり、必要に応じて悪者をその手で制圧していた。


 やっていることは正しい行いだったが、暴力は暴力。良識あるおとなたちからは南場家の三男は問題児だとみなされていた。


「蛮、くだらないことに首を突っ込むな。南場の名前に傷をつけるな。目の前の微罪をいちいち相手にしてどうする。南場の仕事は大局から人々を護ることだ」


 南場のサラブレットである長男は冷たい瞳でそう言った。

 しかし、南場の次男はまた違った見解だった。


「面白いことやってるな、蛮。兄貴は大局から、蛮は近場から救っていけばいい。両方から攻めていけばいつか日本から犯罪がなくなるんじゃないか?」

「銀! そうやって蛮を甘やかす! 適当なことを言うな!」


 兄の叱責を南場の次男は肩をすくめてやり過ごした。


 次男の銀は「兄貴が警察官僚目指してるんだから、俺は別にいいだろ」と言って自衛隊に入隊した。

 彼もまた南場家の人間にしては個性の人であった。


 銀が家を出る前、蛮にこっそり言ったことがある。


「蛮、頑張れよ。正義の味方みたいでお前、カッコいいと思うぜ」


 その言葉は蛮の指標になった。

 正義の味方。

 それは蛮にとって『しっくりくる言葉』だった。


(そう、そういう感じだ!)


 その言葉を真に受けて、より一層、蛮は正義の味方活動にのめりこんでいった。

 中学三年になったばかりの頃だ。

 蛮が繁華街を歩いていると、かわいい女子に言い寄っている男三人がいた。


「人待ってるって言ってるじゃない。どっかいってよ」


 蛮よりも少し年下くらいの女子が眉間にしわを刻んで男たちをにらんでいる。


「そんなこと言わないでさ、ちょっと遊ぼうよ。人来るまででいいからさ。俺たちといたほうが絶対楽しいぜ?」

「いや、もう、そういうのいいから」


 女子がぷいっと横を向く。


 アーモンド型の瞳が印象的な女子の顔立ちは充分に美人と言っていいレベルだった。好色そうな男たちが夢中になるのも当然だった。


「強気だねー。気が合うって。俺たちもちょっと強引にいっちゃうタイプだからさ」


 男が手を伸ばして女子の腕をつかもうとする。


「ちょ――何するの!」


 女子がその手を払う。


「いいからこっちこいって!」


 男が伸ばした手を蛮がつかんだ。


「いい加減にしろよ。いやがってるだろ?」

「あ? お前関係ないだろ、どっか行けよ」


 男がどんと蛮の胸をつく。しかし、一八〇センチを超えた長身で筋肉質の蛮の体はびくりとも動かない。


「なんだよ、こいつ! こっちは三人だ。痛い目見せてやれ!」


 襲いかかる三人を蛮は一瞬で殴り飛ばした。

 最後の一人の体をボディーブローでくの字に折ったときのことだ。


「おい、お前、何やってるんだ!」


 蛮の背後に気配が生まれた。血相変えた男の声だ。


(こいつらの仲間か!)


 そう判断して、反射的に――

 蛮は振り返りざまに気配の主の頬を殴り飛ばした。


「マモ!」


 さっきの女子の声が響く。それは心配な響きを多分に含んでいた。


(え、まさか……間違えた?)


 男は蛮と同じくらいの年齢だった。殴られた頬を撫でながら、涼しい顔で立っている。


「マモ、大丈夫?」


 さっきの女子が男に近づく。


「ああ、すまない。この女子のつれか。間違えちまった、すまん」

「いや……だいたい察しはつく。妹を助けてくれたんだろ。別にいいよ、これくらい。ほら、いおり、礼を言ったか?」

「あ、ありがとう……」

「いや、いいってことさ。ま、嫌なことはさっさと忘れて楽しみな。ほら、お前らどっかいけ!」


 蛮は起き上がり始めた男たちを追っ払った。男たちは悪態をつきながら人混みに消えていく。


「じゃ、俺も行くわ」

「ありがとう、南場くん」


 男がそう言ったので、蛮は足を止めた。


「あれ、知り合いだったか?」

「同じ東野中学の生徒だよ。同じクラスにはなったことないから君は俺を知らないだろうけど。君は有名人だから、俺は知っている」

「名前は?」

「御堂衛だ」

「みどうまもる、ね。覚えとく。じゃあな」


 それは社交辞令ではなく本音だった。二人と別れてから、南場蛮は手を何度も握り直した。

 蛮は滅多に本気で人を殴らない。基本的な戦闘力が違うので、本気で殴ると危険だからだ。だから、さっきの不良たちも本気で殴っていないし、衛も本気で殴っていない。

 だが、不良を吹き飛ばすには充分な一撃だ。

 にもかかわらず、衛は全くダメージを受けていないようだった。それどころか、

 ――別にいいよ、これくらい

 などと言い出す始末だ。


(これくらい、かよ)


 だが、そう言い放つだけのことはあると蛮は思った。

 なぜなら、殴った感触が異常だったからだ。

 まるで金属の壁を殴ったかのような感覚。殴った側の蛮のこぶしから腕肩へと電気のような衝撃が走ったほどだ。

 蛮は好奇心が強い方だった。


「御堂衛か。興味沸いてきた」


 その後、衛が「あれはストーキングだ」という蛮の追跡行為により、二人は友人となった。


 今は二人とも同じ東野高校に通っている。


 そして今、二人は一緒に下校して、

 カツアゲ中の不良たちに遭遇した。


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