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第10話 カリギュラちゃん

「さすがだな」


 内務大臣ミゼラードが報告書を机の上に置き、眼前に立つセシリアに声をかけた。


「君を派遣してよかったよ。お疲れ様」

「ありがとうございます。しかし、騎士一一人が死亡――被害が出すぎたのは誤算でした」

「そうだな……報告書によると普通の騎士だと貸与したマジックソードでは傷すらつけられなかったそうだな。敵の魔族はかなり強力だったのかね?」

「そうですね。上位魔族ほどではないですが、中位のなかでもかなり強力な個体でした。十鬼将の配下と思われます」

「十鬼将か……」


 ミゼラードが苦々しくつぶやく。

 その名は魔王と同じく王国に悪名を轟かせていた。魔王の忠実なしもべであり、それぞれが強力な力を持つ大魔族である。


「十鬼将の配下という根拠はあるのかね」

「死ぬ前にシャルティエの名前を呼んでいました」

「シャルティエ……『大機工ザ・マシーナリ』シャルティエか」

「はい」


 セシリアはシャルティエと戦ったことがある。

 シャルティエとは女性のような名前だが――外見上は手足がひょろりと長い痩せた男だ。青い髪を肩まで伸ばしていて、その顔立ちは中性的で甘い。


 ――セシリアくん。いいかい、世界を壊して壊して壊して壊して壊し尽くして、さらにすべての生物を根絶やしにして根絶する。そうして真っ平らになった世界になって始めて美しいキャンパスが生まれるんだ。そこでようやく僕たちは己の意志のままに新たな創造を始められる。その日はもう目の前だ。ああ、本当に楽しみだねえ。


 そんなことをうっとりとした表情で言っていた。


(ただの変態だ)


 セシリアはシャルティエをそう評している。

 それでも実力は十鬼将に名を連ねるだけあり、勇者イオリとともに何度か戦ったが、倒しきることはできなかった。


「シャルティエ……。久しぶりに聞いた名前でした」

「そういえばそうだな。ほかの五体の動静は王国でも把握しているが、『大機工』シャルティエについては二年前から情報が途絶えている」

「それはそれで奇妙ですね」


 十鬼将はあまりにも強いため、その動きに王国は注意を払っている。二年間も消息がつかめない、ということはありえないのだ。


「十鬼将同士の同士討ちで倒された、という可能性は?」

「ないこともないでしょうね……」


 魔王という偉大なカリスマのもと、十鬼将は彼の両手両足として並んで戦っていたが、魔王の死後は統制を失って互いにライバル視する関係になっている。

 よって彼らはいまだに人類を滅ぼそうとはしているが――魔王が統治する昔の魔界のように、互いで互いを牽制し、勢力を争いをしている。


 その不和がかろうじて人類を死の淵でとどまらせていた。

 勇者イオリがいない今、もしも十鬼将が息をあわせて攻めてくればひとたまりもないだろうから。


「セシリア。中級魔族を一撃で屠れる君ならば十鬼将相手でも勝てるかね?」

「いえ……強さの次元が違います」


 セシリアは即答した。それは勇者イオリとともに戦った経験からくる絶対的な事実だ。

 王国最強のセシリアであっても――十鬼将相手に時間を稼ぐのがせいぜいだ。


「勇者イオリの力がなければ厳しいでしょう」

「なるほど……やはり、勇者イオリは我々にとって必要な存在だな」

「その通りです。……ですが、すべては過去形です。彼はもういません。我々だけで、彼が残したくれたこの世界を護っていかなければなりません」


 ふむ、とミゼラードは意味ありげに一拍あけてから言った。


「違うと言ったら?」

「は?」

「……もしも勇者イオリの行方がわかったとすれば君はどう思う?」


 セシリアは違和感を覚えた。

 現実主義者のミゼラードが根拠のない冗談を口にするのを初めて聞いたからだ。


「それは素晴らしいことですが――ありえないことでしょう」

「いや。そうでもないらしい」

「……どういうことでしょう」

「実は君を呼んだのはその件についてなのだ。君も知っているある人物から興味深い情報がもたらされてね。今日その人物を呼んでいる。ぜひ君にも話を聞いてもらいたい」


 すっとミゼラードが腕を上げた。


「では、始めてくれ」


 その瞬間、パチンと指を鳴らす音がして――

 突然、空間が変わった。


 そこは光源のない夜の草原のようだった。

 だだっ広くて真っ暗闇で何もない空間。そこにセシリアだけがぽつんと立っている。

 否、もう一人――


「お久しぶりね、セシリア・ニア・カッパート」


 セシリアの背後から声がした。

 セシリアが振り返ると――

 そこに魔族が立っていた。


 外見上はセシリアと変わらない若い女性だったが――その瞳は魔族特有の黄金で、緑の髪からは二本の角がのぞいている。


 魔族の女が柔らかい笑みを浮かべて立っていた。


 不倶戴天の敵、魔族。


 しかし、セシリアは腰の剣に手をかけなかった。

 それは魔族の女が言ったとおり、セシリアの知り合いだからだ。


「久しいな、カリギュラ」


 魔族の女――カリギュラが口を開いた。


「久しいな、カリギュラ――って」


 カリギュラはセシリアの口調をまねて大爆笑、セシリアに抱きついた。


「だーもー固いよー! 岩だよ岩! セシリアちゃーん! 久しいってあんた何歳よ? 宇宙開闢生まれ? このカリギュラちゃんよりぜんぜん若いくせにー!」

「ちょ、カリギュラ、ち、近い……」

「えー、いいじゃーん、ほぼ三年ぶりなんだからー!」

「いや、だから近い……頬をすりつけてくるのはやめてくれ……」


 なんとかセシリアはカリギュラの抱擁から脱した。

 カリギュラは物足りなさそうに自分の指先を軽くかみ、うーとうなっている。


 カリギュラは人類側に立つ、おそらくは唯一の魔族だ。

 魔王に戦いを挑んだ勇者パーティーの一員としてセシリアたちとともに戦った。


 その力は圧倒的で十鬼将と比べても遜色がない。

 特に空間操作や瞬間移動の魔法に長けており、この暗闇の空間もカリギュラが作り出したものだ。


「わざわざとんでもない場所に呼んでくれたな……話がしたいのならさっきの執務室で構わないだろうに」

「そうでもないよー。トップシークレットな情報だから誰にも聞かれたくなかったしね。念を入れて空間を切り離しておいたんだよ」


 ――空間を切り離しておいたのよ。


 何でもないように言っているが、とんでもないことだ。

 カリギュラがにっこりと笑って口を開く。


「じゃあ、勇者イオリの――その後の話を始めましょうか?」



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