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MS05 「ソナー」 


 車のバックソナーが働き、警戒音が鳴った。車体に物体が接近したことを伝える仕組みだ。電気仕掛けの九官鳥が泣き叫ぶように、けたたましく規則的な音が響いた。

 ソナー音は車体におおよそ1mの近さまで何かが接近した時に鳴るので、停車中でも車体の横を人や自転車が通ると警戒音が鳴り、驚くことがある。

 だが、車の周囲に接近した人や物体は見当たらなかった。


 俺の名前は高梨という。しがない営業マンだ。

現在、社用車を海沿いの駐車場に停め、休憩中。

新たなリゾートレストランの出店に関して、上司と取引先の営業課長を建築予定地まで送ったのはよいが、散々待たせたくせに、予定になかった地元の企業との懇親会に上司達だけが参加することになり、俺はお役御免となってしまった。上司と営業課長は明日の朝に電車で戻るそうだ。確かに、俺には明日、外せない仕事がある。それでももう少し融通を利かせてくれてもいいのではないだろうか? ちなみに地元企業との相談とは、この地域を舞台にした映画への出資だそうだ。今時、サメが襲ってくるパニック物なんて誰が見たがるんだ、と思ったが、地元のSF作家(名前は全く知らない)が脚本を書くというので興味が湧いた。なんでも火星から来た宇宙サメが襲ってくるらしい。

 ……歴史的な駄作が生まれる瞬間、もしくは金がハリボテのサメの形をしたゴミ箱に突っ込まれる瞬間に立ち会いたかったが、それも叶わなかった。

 俺が不機嫌でやる気がないのも理解できるだろう。


 シートの上で寝返りをうつ。職場には戻るのが遅くなると伝えてあるから、しばらく休憩していても罰は当たらないだろう。

 とはいえ、観光地として名高いこの海辺の町も、6月の半ばでは流石に海水浴客はいない。缶コーヒー片手に浜辺でしばらく海を眺めていたが、水技の女の子は一人もいないとわかったので、車に戻って仮眠を取ることにした。

誰かが置き忘れたストライプ柄のビーチサンダルを蹴飛ばし、空き缶を駐車場のゴミ入れに捨てる。二つある金属製のゴミ入れの一つは転倒し、今ではあまり見かけなくなった黒いビニール袋が破けて、風に舞っている。朝が早かったので、一眠りしておかないと帰り道の運転が不安だ。上司を待っている時は流石に眠れないので、ストレスだけが溜まっていた。いきあたりばったりに行動されると、部下が困るんだよな。


 ソナーの警戒音が鳴ったのは、座席を倒し、横になった数分後だった。最初は誰かが車の横を通ったのだろう、と考えた。俺の車以外は一台も停まっていないとはいえ、道沿いの駐車場だ。人くらい通るだろう。だが、警戒音は鳴り止まなかった。10秒ほど鳴った後、止まり、また10秒後に鳴り始める。まるで誰かが車の横を行ったり来たりしているかのようだ。だが、起き上がって周りを見ても車体の周囲には誰もいない。車内の表示を見ると車の左前のソナーが反応している。ソナーのセンサーは車体の下部についている。窓からは見えない位置に何かがいるのかと思い、ドアを開け、車体の前に回った。

 誰もいない。

 見渡しても誰もいない。見晴らしはよい場所だ。先ほどまでソナーに飯能していたなら、見える範囲にはいるはずだ。考えられるのは、センサーの故障。もしくは、更に見えない場所に隠れたか、だ。

 車体の裏側から何かが動く気配が伝わってきた。日差しで熱くなったドアの金属を裏側から小さく叩くように振動が伝わる。


 ……まったく。


 かがみこみ、車体の裏を覗き込む。

 

 誰もいない。

 

 てっきり、子供が潜り込んで遊んでいるのか、動物でもいるのかと思ったが、そこには何もいなかった。小石の転がったアスファルトの上にストライプ柄のビーチサンダルが一足、転がっているだけだ。

 これはソナーの故障か?

 センサーが付いているフロント部分を覗き込みながら、ふと、気付いた。

 さっきのビーチサンダル、どこかで見たな、と。

 そうだ。先ほどビーチで蹴飛ばしたのによく似ている。

 

 ……いや、ただの偶然だ。

 

 確認のために、もう一度、車体の下を覗き込む。そこにあのビーチサンダルはなかった。どこに行った? 視線を振ると、車の前方、1m付近にあった。右足が前、左足が後ろ。左足はひっくり返っていた。まるで、何かから慌てて逃げようとしてバランスを崩したかのように。

 そんな馬鹿な。

 そんな馬鹿な。

 これは何の冗談だ?

 俺はサンダルを拾い上げた。何の変哲もないタダのスポンジの加工物だ。紐でも付いているのかと思ったが、そんなものはついていない。当然、動かない。


 その時、電子音が鳴った。バックソナーの警戒音。

 そんな馬鹿な。

 車を降りる時にエンジンは切った。鳴るはずがない。

 振り返り、車を見る。何もない。車の周囲1mには何もいない。ただ、視界の中で動くものがあった。風に飛ばされてきたのか、いつの間にか黒いゴミ袋が車体の下に引っかかっている。

 風が吹き、ゴミ袋がはためき、車体の下に消える。

 次の瞬間、何か巨大なものが下から突き上げたかのように車体が揺れた。金属が硬いものとこすれ合う音とともに前輪が浮き上がる。続いて後輪。

 車体の下から、ゴミ袋が出てきた。風に逆らい、直立した状態で地面の上を進んでくる。

 その形は肉食の大型海洋生物の背びれを思わせた。


 

 



 








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