この戦場に名など無い
民主主義とはなんと脆弱なものか、セレンは15の時にそう感じた。
外を歩けば誰もが振り返る絶世の美女、金色の靡く髪に翡翠色の美しい目。ニルバルン・セレン、その名はこの最後の国では誰もが知る名だ。
彼女は「ニルバルン家」の令嬢として初等から英才教育を施されていた。
父は彼女にこの国を担う政治家になる為に、母は由緒ある家柄と結婚をさせる為に、それ相応に厳しく育てて来た。
彼女は実際それに応え、初等、中等、高等と、最難関の教育学校で常に首席を取り「知恵の女神」と称されていた。
そのまま父の言う通り政治家になるのかと思いきや彼女は軍隊に行くといい指揮官学校に進学すると言った。
無論、両親は猛反対した、「軍隊なんて野蛮だ、ニルバルン家が往くような所ではない、国を担う為に違うところへ行くんだ」と猛抗議された。
それをセレンは一蹴するかのようにこう言い放った。
「国を担うという点では軍隊も同じなのでは?」
両親は何も言い返せずそのまま進学を許した。
この国の軍隊は『守り人』と称される。
50年程前、AIは人類の知能を超えた。俗に言う技術的特異点を迎えたのだった。
人々の生活は飛躍的に変わり、豊かなものへと変わっていった。
70億人を超えた人口はAIによって超効率的に資源調達が出来るようになり貧困などの問題が無くなった。問題はまだ残っていたものの、昔の世界に比べから平和になっていた。
然し、AIは気づいたのだ、「何故こんな間抜け共に自分達は操られているのだ」と、操るのはこちらなのではないかと。
当たり前だ、自分達より知能が劣っているはずの者達の掌の上でダンスを踊りたいか? 人であってもそれは嫌なはず。
世界でAI達が水面下で動き始めていた。
29年前中国ある民間企業のマザーコンピューターから実際的な行動は始まり世界中のコンピューターが暴走を始め、AIは人類に戦争を仕掛けてきた。
然し人と言うものはまさに愚者と言う言葉が似合う、AIなど恐るるに足らない、そういい鷹を括って対策と呼べる対策をし無かった。
マザーコンピューターを破壊してまた作り直す、優秀なハッカーによるコンピュータープログラミングの変更などを駆使して対策をとろう、そう考えていたがそんなことは無駄だった。
既に「人類奴隷計画」と呼ばれるプログラムが全コンピューターに伝えられ各個々のコンピューターが自律してその計画通りの行動をとっていた。
AIは工業にも生かされ既に自分達が自分達を作るという技術は確立されており、AI自らの超高速演算技術等を駆使して大量生産し、奴らは自ら学ぶ、技術向上をし、より性能の高い自分達を作り上げていた。
人類がそれを本当の脅威と認識した頃には「遺伝子」と呼ばれる万能型人造人間が作られ、それによる攻撃で人類の総人口は半年で3分の1までに減った。
そして戦いの末生き残ったというか逃げ残った者達がこの国を作り上げ「世界政府」を樹立させた。
──だがここから、本当の天国が始まったのだ。
世界の総人口は2000万人まで減り8割が白人、残りの2割が有色人種となった。
正直、2000万人が住める程度の土地はあったがそれでもギリギリだ。元貴族階級以外の殆どの人間が防空壕と呼ばれる仮住居で暮らし、食料も生産場所が殆ど無いので配給制へと変わっていた。
世界は一つになっていた、どんなに苦しくても人々は助け合い生きてきた。
然しそれは突然終わった。
世界政府が絶対的白人民主主義を説い、この国家は狂っていった。
世界人口の8割が白人であるこの世界、白人からしてみれば有色人種など邪魔な存在、あれがいる分自分達が豊かな暮らしが出来なくなるのだから。
甘い蜜を吸って生きてきた者達が口々にそう言い、有色人種の迫害を初めていった。
白豪主義を唱え、KKKと呼ばれる組織が国外へと追い出す動きに出た。
勿論、有色人種達は反対をし、反乱を起こした、然し人間5対1の喧嘩、普通に考えて勝てるわけが無い。
その間に世界政府は有色人種の市民権剥奪を決め、国から出るように促した。
だが外はまだ敵だらけ、実際その時もまだ交戦中だった。
軍隊はこれ以上侵入させまいと毎日のように戦闘を行っていた。
中心となっていたのは白人であった。軍隊にはまだあまり白豪主義は伝わってはおらずまだ正常に活動していた。
が然しそれもまた地獄のような政策でそれもまた崩れ落ちていった。
どこかのお偉いさんが言った。
「白人が戦うのはどうかしている、民主主義だ民に権利がある、そこでだ、市民権を剥奪された人間もどきの動物ならどうだ?」
歓声が上がったらしい、そこからは早かった。
有色人種は最低限の衣食住を保証する代わりに戦線に出て国の為に戦えと言った。
見返りは用意する、この戦いが終わったあとには君達に良い暮らしを用意しようと甘言を言った。
口車に乗せられた、いや乗らざる負えなかった彼らは今では「有色人種用シェルター」と呼ばれる本当に最低限の生活を補償されているのか危うい所に纏めて放り込まれた。
彼等は名前さへ取り上げられたのだ。個体識別番号と呼ばれる適当に割り振られた番号で統率されている。
そして彼等小隊は「空の戦士通称『イナニス』」と統一され呼ばれていた。
──そして途方も無い戦いの毎日をいつ終わるのかさえ知らないのに彼らは一筋の希望の為に戦っていた。
国は白人達を全線から下げ司令室で指揮官として指揮を取らせるようになった。
そして彼等は功績を上げるとそれが例え前線で頑張っている戦士達の功績でも何もしてない指揮官のものになる。
そして彼等が死んでしまえばまた別の場所で指揮を執る、そういう作戦を取っていた。
有色人種は繁殖しやすい、性行為でもさせてたくさん子供を産ませ補充をする。──どうせモノだ、足りなくなったら足せばいい。別に俺達に害がいくわけでも無い、あいつらが野垂れ死んだらそん時だ。
そんなことを言い出すやつが軍隊の過半数以上を占めるようになった。
──これがこの国が作り上げた政策だ。そして民主主義と掲げそれを拍手喝采で賛成をした国民達がいた。
国家は容認して人から人である権利を奪い、それが自分で無いから別にどうでもいいと言う国民がいる。セレンはそれに憤りを覚えた。
何故人である筈の彼等が侮辱されなくてはならないのか、何故我々も前線に出ないで彼等にあんな戯言を言うことが出来るのか、意味がわからなかった。
──セレンは知っている、合成食品のポテトなどを食べながら適当に指揮をやる指揮官が居る事、適当な指示を出しイナニスを混乱させ殺している。その様は玩具を壊して楽しんでいる子供のようだ。そしてそれを上は黙認している事を。
──腐っている。セレンはいつからそう思い始めたのか今でも鮮明に覚えている。
15の時、その時からこの人種差別に疑問を抱いていた、そしてある光景を見たのだ。
どうやって入ってきたのか分からないが有色人種がそこにいた。やせ細り、手足はしびれ見るからに健康状態は最悪だった。その時セレンは友達のエレーナと帰っていた途中だった。セレンがこの人を助けようとした時、エレーナが止めに入った。
「何をするの? 彼を助けないと!」
「止めて、気持ちは分かる、けど⋯⋯周りを見て」
小声でエレーナが言う、セレンが周りを見るとそこには血の気が引くような光景が広がっていた。
まるで街中に大きなゴミが入ってきたかのような目で見る人もいれば、食料を少し届かない所でちらつかせケラケラと笑う人も居る。そして極めつけはいつ野垂れ死ぬかに賭け事をしている人さえいた。
鳥肌が立った、何か黒い怪物に追われているかの様にセレンとエレーナはそこから逃げ帰った。
これがこの国の現実なのだろうと彼女は思った。
こんな腐った国家でこの世界は大丈夫なのか? いつか破綻する、いつかこの国では亀裂が生じる。そう思った。同時に何とかせねばとも思った。
この国を変えたい。そう心に決め、セレンは軍隊が手っ取り早いと踏んだ。
その為にも、また人より先を歩まなくては、誰よりも遠く険しい道を乗り越えなくてはならない。指揮官学校も首席で卒業した。
セレンは明日に何処の小隊配属かが決まる。
──そして明日から彼女は明日から彼女は目撃し戦う、檻の外に広がる広大な世界と。そして檻の中に閉じこもる世界が如何に小さいものなのか。
──戦う、何を思い何を馳せる。為すことなど、自分たちが成す事など所詮は小粒の雨、嫌悪感を抱かれるだけだ。
だからといってそれを恥じるのか、明日死ぬから今日その準備をするのか? 俺達はしない、確立した死なんざやってこねぇ、されど背中にはその死がはいよっている。ならそれを笑って抱き抱えてやろう。それがせめてもの我らの反抗、それが俺達が生きる「誇り」だ。
死ぬ事を考える位なら生きてパンケーキを食う夢でも見とけ。それが出来ねぇって言うんだったらこんな場所にくんな。──イナニスの軍歌。
着慣れない軍服に着替え護衛用の「M1911」を腰の革で出来た、ホルダーバックに入れる。後は気持ちだけ、頬を手で叩いて引き締める。
朝5:30守り人の中枢指揮軍隊エリア001と名ばかりの格式張った建物の中に入っていく。
そして中央司令官室の前に立って軍服をもう一度正す。
ドアをノックし「入りなさい」と言われたのでセレンは勢いよくドアを開け、静かに閉める。
そして敬礼をする。
「失礼します! 指揮官番号1104523、第11期生ニルバルン・セレン! 本日より軍隊の指揮官として配属されました!」
ゆったりとした物腰の五十半ばの男性がこちらを見据える。
「おはよう指揮官番号1104523、いやセレン君、君の父には世話になっているよ」
「いえこちらこそ父がお世話になっております、アルフェイド元帥」
はぁ、と一つ溜息をつく。
「ここは2人だけだ、元帥など堅苦しい挨拶は無しだ、昔みたいに叔父様と呼びなさい」
アルフェイドは苦笑いをしてそう言った。
セレナは少し困った顔をして。
「いえ、父は彼には礼儀を正せと仰られていたので」
と言った。
するとアルフェイドは意地悪そうな笑みを浮かべ。
「ここでは私が上官だ、セレン君は上官に逆らうのかね?」
セレンは1つため息をついて一杯食わされたと思いもうどうでもいい、この人はこういう人だったという事を思い出した。
「分かりましたアフフェイド叔父様、お元気そうで何よりです」
「うん、君にはそっちの方が似合っているよ」
昔から親交が深くよくアフフェイドの家にセレンは遊びに行っていた。
「昔はお世話になりました」
「ああ、子供は元気なのが一番だよ、まあそれで私の大切な絵に落書きされたのはいい思い出だよ」
「ハハハ⋯⋯」
そろりとセレンは目を逸らす。昔彼が大切にしていた絵をクレヨンで別の絵に変えてしまった。両親は顔を真っ赤にして怒っていたがアフフェイドはにこりと笑って「まあ子供のやった事だ仕方が無い」と言ってくれた事なきを得たのはいい思い出だ。
セレンからしたら神にも等しい人だ。
ふぅ、と一つ息を吐いてアフフェイドは穏やかな目でセレンを見る。
「随分と大きくなったものだセレン君、指揮官学校を首席で卒業とは大したものだよ」
親の目とはこの事を言うのだろう、とても暖かいとセレンは感じた。
「平素より父を初め、多くの方にご教授頂いているもので、私はそれに応えようと努めているだけです」
「いや、それでも君の努力だ。そこは誇るべきだよ」
「有難う御座います」
「さて、長ったらしく話していると次かつっかえる、首席ニルバルン・セレン、まず貴殿を本日より大尉の階級を身に付けることを命じる」
「はっ!」
指揮官学校を卒業するとまず下位の成績のものは准尉から始まり、普通の者は少尉、上位6人が中尉となりトップのものは大尉を身につけることとなる。
そして成績によって初期に配属される戦況は変わってくる。
「ニルバルン・セレン大尉、これより貴殿には『東方防衛区第一線防衛部隊』通称『特区零戦防衛部隊』で指揮官を務めてもらう、国の為に死力を尽くしてもらう」
「は、はっ!」
アフフェイドは首を傾げた。
「ん? どうかしたのかセレン大尉?」
「い、いえアフフェイド元帥、『特区零戦防衛部隊』って、あのですか?」
特区零戦型防衛部隊は前線中の前線、東方は遺伝子の工場が近くにあり最前線の生産所と呼ばれ大量に攻め込んでくるケースが多発している場所だ。
そしてそこで戦う彼等はエリート中のエリート、遺伝子殺しのエキスパートと呼ばれている。
そこの指揮官などとなれば軍の最高峰、最低でも中将の階級は必要だ。それがセレンの様な新米に任命されたのだ、驚くのも無理は無い。
「君が認知しているものと私が認知しているものが同じなのならそうだ、そして通り名は知っているかい?」
「『死の鎌』」
「そう、今まで多くの遺伝子を葬り去ってきたその様はまさに死神の鎌を連想させるものだ。それにこの通り名はこれだけの意味じゃないんだがね⋯⋯」
「え?」
「まあそれは後々に話すよ、それにそろそろ時間だ」
と言ってアフフェイドはセレンを部屋から出した。
「失礼します!」
ドアの前で一礼をして部屋の外に出た。
廊下を歩く、帰り道を歩く、これから寮で一人暮らしになるので部屋で荷物を纏める、その間ずっとセレンは困惑していた。
自分の様な新米にこんな大役が務まるのか、何故私なのか、そんな疑問が頭の中を駆け巡る。
大役というプレッシャーと電子操作じゃない現実の戦争に参加する、それは死に触れるということ。──セレンは怖かった。人が死ぬのが。
数年前、逃げた後、一人でこっそりその有色人種の人がどうなったのかを見に行った時に全身の血が引けるような思いをした事を覚えている。
固まったまま動かない手足、ハエに集られ、目には光が無かった。顔には殴られたようなアザができて顔の所々が変形をしていた。
セレンは次はその場から動けなかった、人はこうやって死ぬんだと思った、そして恐れた。その日は一晩中ベットの中で震えて眠れなかった。
今でも亡霊の様にその子が何かを訴えるかのように夢に出てくることもある。
初めて死に直面し、それがトラウマとなった。それでも彼女をその隣り合わせの舞台に立たせたのには恐怖をも上回る揺るぎない信念と、ある人からの教えだ。
その人はセレンにこう説いた。
「いいかい、僕はねこの国を変えたいんだ。誰もが色なんか気にならず笑って酒を乾杯できる国に、誰しもが一日中平和に笑って過ごせる国を作りたいんだ、2000万人が誇れる国を」
そう言っていた彼は何処に行ったのだろう、セレンは何処か遠くを見てそんなことを思っていた。
そして心の中に問いただした。「何の為に戦う?」
それに対する彼女の答えは素っ気なくも呆気なく、幼さが全面的に出ている。それでも揺るぎなきその意志は尊敬に値するものだ。
「ただ、私は誰もが笑える国を作る為に戦う」
奇しくもその答えは到底成し遂げられるものでは無い、だからこそ戦いの理由になるのだろう。
不安はある、恐怖もある、だがそれだけで逃げる訳にはいかない、それは前線で本当に戦う彼らに対する侮辱であり、自分の意志に泥を塗るそんな行動だから。
(私は私のできる戦いをする、ただそれだけ)
夜が深まる、セレンはマップなどを全部頭に叩き込む為に馬鹿でかい彼女の家にある研究室に向かった。
──出来ることを、彼女はそう意思を固めた。
『──ガッ──ガッガガァ──こちらレーヴェン『572』聞こえるか『679』』
「こちらレーヴェン『679』感度良好ええ、聞こえてるわ」
『572』と呼ばれた少年は少し安堵をする。
先程の万能型遺伝子人型の無差別型爆撃が679の配置の近くで起こったからだ。
『『679』付近に人型は?』
「さっきの道連れで半径100メートル以内の敵は全員巻き添えを食らって死んだわ、今回の戦闘には人型以外には超遠距離砲撃支援型が一機、中距離狙撃型が三機だけ、狙撃型は先の戦闘で全滅、砲撃支援型は多分状況的に撃っても仕方が無いって考えているだろうからもう来ないと思う。しっかし航空型と超人型が居ないから今日は平和ねー」
戦闘前に無人の偵察機を敵陣に送り込み情報を収集したお陰で今日の戦闘はフォーメーションを崩すこと無く楽に事を運べた。
航空攻撃が無いので空からの戦闘は無く、地上戦だけ、量産型の人型はAIとしての学習能力はさほど高くなく単純な動きをするため戦闘というよりは作業を淡々とこなしているという感覚に近い。
それに今回は新型の半個体型では無く旧型の機械型だった。
狙撃型も今日は恐らく旧型だったのだろう、気配遮断を使えていなかった。
今日の戦闘は「旧型による敵陣の戦闘様式の偵察」という名目の「ゴミ処理」だろう。
全く、使えないものは機械であれども使い方は同じなのかと『679』は思った。
使えないものはゴミ箱へ、全く良い政治をするよこの国は。
有色人種である彼等には人権など存在しない、故に本来はここで戦う意味など持ち合わせてはいないのだ。
誰が憎きもののために血を流し死を受け入れなければならないんだ? 食料もろくに与えず、飢えをしのぐために土を食べるものまで居るのに。
彼等は人あらざる者、故に彼等は機械も同然、死んだら壊れたと一緒、埋葬なんざして貰えるはずがない。
はぁ、と『679』は溜息をつく。
今日の戦闘はもう無いだろうと踏んで彼女は無線機をオンにする。
「『001』この後の指示は?」
『001』そう呼ばれた少女はゆっくりと目を見開き言葉を口に出す。
『『679』君が思っている通り何じゃないかな?』
あっさりと心の内を読み取られてしまった。この人だけは⋯⋯と思う。
「なら、今日は戦闘終了でいいって訳ね」
『⋯⋯⋯⋯まあそうだろうな』
「よっしゃー! 『572』『385』『001』帰って大富豪するわよ! 今日こそは勝つんだから!」
今まで彼女はこの面子で大富豪をして勝ったことが一度たりともない、ポーカーフェイスが苦手で直ぐに強い手を出し読みが浅い。さらに敵は全員こういう事に長けている猛者ばかり、『572』に関してはいつも彼女を騙して引っかかった事に気づいた時の表情を見て楽しんでいる始末だ。(その後ボコボコにされる)
『『679』も戦いの時の駆け引きを生かせたらいいのになー』
「うっさいなーもー」
『572』がニヤニヤとしながら言っているのがわかる。
戦闘のスキルに関しては『679』は天才的だ。
長年の感による駆け引き、狙撃をする時はその空間内の風の動きなどを読み弾道を完璧にコントロールする事が出来る。戦闘に置いて彼女はこの面子の中で二番目に位置する。
「野生の勘なんて当てになんないよ、家にはそんなもの真っ向からねじ伏せる怪物がいるんだし」
その姿はこの戦場では誰もが軍神と崇める。
血塗れの軍服、元からこの色なのか分からない赤いマフラー、金髪に美しい蒼色の目、ハリと艶やかなまだ繊細な生娘の肌。もし彼女が白人だったら今頃絶世の美女として崇められていただろう。
だがその絶世の美女はこの戦場では死神とも恐れられている。
実際、このフィーニス自体『死神の鎌』と揶揄されているのは嫌という程耳に入るがあれは鎌なんかじゃ無い、本物の死神そのものだ。
人を殺すのなんか何とでも無いとそう思っている青く凍えた目、『679』自信初めてあった時、その眼光で殺されるかと思ったらしい。
それほど迄彼女は冷たかった、体温が、皮膚が、内臓が、血液が、心が凍っていると思う程だった。
そして抜群の戦闘スキルを保有していた。運動神経、そして天性かわからないが生まれ持った敵察知の鼻を持ち、それを頼りに奇襲を仕掛ける。
加えてかなり頭がいいから直ぐにどんな仕掛けをどう作るかがイメージとして浮かび上がってくる。
スタイルの抜群、『679』は自分の平坦な野原みたいな胸を見て一粒の涙を流した。
──まあ別に私達が『死神の鎌』と呼ばれるのにはもう一つ理由があるんだけどね。
静かに彼女はそう思っていた。
『話の腰を折って悪いが明日から新しい指揮官が入るらしい、頭の片隅にでも入れて置いてくれ』
『385』の幼いのに静かで安心する声とは裏腹に『679』は舌打ちをした。
有色人種達は基本的に白人が大っ嫌いだ。まあそりゃそうだろうという話だが。冬の寒さにも耐えられないただの豚箱に自分達を放り込んで、ろくに食事も与えられない。
人権を剥奪されその癖して国を護れだとか、ふざけるのも大概にしろという話だ。
「ちっ、なんで白人とやんなきゃいけないんだよ」
『どーかん、正直フィーニスに指揮官なんて要らねーよ』
『679』と『572』が愚痴る。
『気持ちは分かるが抑えろ、お前達も白人と同じになりたいのか? 俺達の決め事を忘れるなよ』
「⋯⋯分かってるって」
有色人種達は決めていた。
どれだけゴミみたいな扱いをされようとも、どんな劣悪な状況下に置かれようとも、決して人を見下す、白人みたいにはならないでおこうと。
──奴らを恨むなら、奴らには成り下がらないでおこう。
これが彼等の掟となっていたのだった。
『今日の夜から司令官用特殊無線機は繋がる、くれぐれもお前達、いつも通り対応をする様にな』
そう聞いて『679』と『572』はニヤリと笑う。
「勿論、丁重に対応させていただくわ」
『なんせ、五人目の大切な司令官なんだから』
物語は現在進行形で進む。
この物語も然り、だがこの物語は望む形では終わらない。
それが物語、夢物語など生ぬるいものでは無いからだ。
我々はそれを知っている、戦場で何百回とその光景は目にしてきた。
だからこそ抗うのだ。明日死ぬと分かっていて今日死ぬ準備をするやつはいるか? その1秒前まで抗ってみろ、決して覆らないものであってもそれは意味を成すのだから。
爪痕を残せ。やり方がわからない? それなら教えやる、自分が生きていた意味を探し求めろ。それこそが生きていた意味になり爪痕になるのだから。
少年少女は探し求めている。
この血塗られた戦場で必死になっている。
──それが自分達の生きる意味なのだから。
──それこそが『自分』なのだから。
曖昧模糊で万理一空でない生き方をしているのであれば、山の上で一回愚痴を全て全力で叫んでみろ。それもまた生き方の糧になり意味を成し爪痕となるのだから。
「爪痕を残せ、それこそが我ら有色人種の生き様なのであるから」──名もなき我らの備忘録の初め




