「咲いた」
私は陛下が用意した馬車にのり、目的の場所へと向かう。
お母様は無口な人でした。とても静かな人で、太陽のようだと人々に囲まれる父とは正反対の方でした。
けれどお母様は私におっしゃったのです。
『醜いことが何なのでしょうか、美しくあれば愛してもらえるとでも? 馬鹿らしい事です』
いつも父を美しいと賞賛し言い寄る女性達を見てはお母様は勿体ないものを見るかのように目を細め。優しく慰めるように勇気をくれるように孤立した私の髪を心底愛げに撫でてくださいました。
『誇りなさい、アイリス…あなたはあなただけを見てくれる人を見つける手段があるのだから』
お母様は無口な人でした、何も語らず、微笑みもせず、ただ凛とした美しい佇まいの。人に囲まれた父とは正反対の。
けれどお母様はお父様を選びました。華娘である、ということは私が産まれた時に不貞を疑われて仕方なく話したと聞きましたわ。
お母様はお父様に恋をして、お父様に愛されて、そうして美しくなったのです。お父様は華娘の一族を探しておりましたが、それがまさか妻と娘だとは思ってなかったそうです。慌て様は面白かったわよと珍しくお母様は笑って教えてくださいました。
だからこそお父様は殿下と私の結婚を勧めたがったのです、お母様が王家に嫁ぐわけにもいきませんし、なによりお母様も華娘です。愛した方以外の血を混ぜたいとは思いません、そんなことをすれば私を連れて華娘の能力を使い、逃げてしまうでしょう。
なれば私を王家に嫁がせるしかなかった。だからお父様は大切に大切に私を育て、恋をせぬように男のいない屋敷で育てましたの。お母様は呆れてましたわ。
『華娘の運命をそんな事で抑えられると思ってるのかしら』と。
現に私はそんな状況でもあの御方にお会いしました。そして、愛してくださるあの方に恋をしたのです。
醜くても優しくいたわってくれる。見るに耐えなくても、手を伸ばし助け、怖いものから守ってくれる。
愛しい人、大切な人、守りたい人。いつだってそばにいて、愛して、愛されたかった人。
思い返せば長かったわねと、独りごちて笑っていれば、馬車は冒険者ギルドの前に止まりました。
あの方に会えるかしらと心配にはなりました。けれど、華娘の運命がそう簡単にあの方を手放すはずがないのですぐにその考えを捨てます。
そして私は早足で冒険者ギルドの扉を開け───中に足を踏み入れます。
陽がおちかけていることもあってか、ギルド内に人が多く、カウンターの前では列をなしています。
そして
その列の中にあの方はいらっしゃいました。
「リェイル」
愛しさに震えながら名を呼べば騒いで私を遠巻きに見ていた人は驚愕の眼差しを私とリェイルに向けます。
リェイルは私よりもずっと背が高く、顔は厳ついがよく見れば整っている方で、記憶よりもいくらか老けた顔には相変わらずの右目の下から口の左下まで、斜めの斬られた傷痕があります。
銀の髪は短く、撫で付けられていて、大きめの耳にはキラリと光る銀のリングのピアス。それは幼い頃に私が渡したものでした。
愛しさに溢れ思わず笑ってしまう、オレンジの目が訳が分からないと揺らぐその様がとても愛らしい。
私は皆が手本とするほど美しい貴族の礼をリェイルにしてそしてゆっくりと再び目をリェイルに向ける。
「私、アイリスをあなたの妻としていただけますでしょうか、リェイル」
「なっ、にを…てか、誰何だそもそも君は」
あら、私だと気づいてはくださらないのねと考え思い返してみればあの頃の私はあまりに幼すぎましたし、アイリスの名ではなくイリスと名乗っておりました。
それでも気づいてくれてもいいのにとは思いますが、そんな鈍感なところも愛おしく感じるのだから華娘の血は恐ろしい。
「イリスですわよ、リェイルお兄ちゃん?」
「……え、は…おま…っ」
そこまで言って分かったのかはくはくと口を閉じては開くリェイルににこにこと微笑み返す。
「お嫁にもらってくださると約束してくれましたのでちょうど年頃になってから会いに来ましたの」
本当は会いたくても会えなかったのですけれど。
そんな本心を飲み込んで、悲鳴やら雑言が響くうるさいギルドの中、私の耳は綺麗に彼の声だけを拾う。
「……うそだろ」
「嘘なはずないじゃないですか」
哀れみの言葉だった? 冗談だった? そんなはずないのよ。
『泣くなよ嬢ちゃん、もしお前をもらってくれる奴がいなかったら兄ちゃんが貰ってやるから』
『ほんとうに?』
『本当だ、なにせ俺は───』
「約束を破ったことない、頑固者のリェイルですものね?」
「ぅあ……」
真っ赤に染まる厳つい顔に私はふんわりと微笑んでみせました。
全ては、貴方のために。
本編はここまで、次回からの更新は番外編になります。