「それが真実」
私は全てを思い出し、全てを理解しました。気まずそうなお父様と陛下を見てにこにこと微笑むものの煮えたぎる湯のような怒りに心が悲鳴をあげていた。
「まず、アイリス嬢、すまない」
「──失礼ながら、陛下。その謝罪はなんの謝罪でございましょうか」
私はすべて思い出しましたというのを暗に告げれば陛下は苦虫を潰したような表情を浮かべ、殿下を睨みつけましたわ。
ビクビクと震える殿下は私がこの部屋に案内されてからも一度も口を開いておりません。元々気の小さい方ですから、父親に怒られるということに恐怖を感じているのでしょうね。
ですが“誓い”の後ですもの、私には関係ありません、と笑みを浮かべ、大きくもない丸机を囲むようにある席に着くように言われ腰を下ろす。
向かいに座っているお父様は悲しさを隠そうともせず私の顔色を伺っていた。
「…もう、愚息と結婚する気は」
「元より、ありません」
陛下の前置きのない問いかけに即答すればシワはあるものの美しい顔を少し顰める。
記憶があったなら、私が殿下と婚約すること自体ありえなかった事なのです。誓いがあろうがなかろうが私は殿下と添い遂げる未来など存在しなかった。
それを曲げたのがこの二方なのだから、理由も何もわかっている──というのに。
「理由を聞いても?」
陛下は私の顔色を伺いながらまた問いかけて来ました。その質問は予想外でしたので思わず固まってしまいましたわ。
私としたことがなんてことでしょう。
「私が、華であるからです…私を花開かせたのは殿下では御座いません。そして、殿下も私に誓ってくださいました」
「誓った?! まさか…」
「私のことをなにがあっても愛さぬと、誓ってくださいました。」
私の言葉に陛下は顔色を真っ青にして思わずというように殿下を見る。殿下は何の話をしているかは分からないようでしたが、何が問われているのかは分かったようで…。
「確かに、誓いました…ですが父上私は…っ」
私の言葉を肯定した殿下の頬に陛下の拳がぶつけられる。ガタン、と大きな音を立てて殿下は椅子ごと床に倒れ込む。少しばかりの血と白い歯が床にとんだ。
「お前は…お前は私が言ったことを聞くこともせぬのか!」
「っち、ちうえ?」
「愛人も側室も好きにしろと言った! だが正妃はアイリス嬢にしろとも言ったはずだ! それを…お前は…っ」
実の父に怒りを通り越し憎しみすら顕にされ殿下は呆然とする。無くなった歯を気遣うこともなく、下品…いえ間抜けな表情をして固まっております。
私はバルベル公爵家の娘です。ですが、この体に血に流れる血の一つは華娘の血。
母は華娘の血を引く唯一の存在でしたの。華娘は醜い姿で生まれ。愛する存在ができたその時。その醜い姿を捨てて、美しい女性へとなるのです。
華娘が選ぶは勇者の候補。それははるか昔から密かに継がれてきた伝承からわかっている事です。
“醜き娘 誰も見ず 誰も愛さず
しかし一人の 男と出会えば
男は娘を愛す 娘も男を愛し華となる
美しき娘 愛する男に勇者の力を与える”
それが代々継がれてきた伝承の一部です。
華娘は醜く生まれてくる。それは勇者としての本質を見出すために神によってかけられた呪い。それを解けるのは唯一呪いを通さず見える勇者に足るもの。
勇者とはかつて魔王を倒した存在の事で、その勇者の力を王家に取り入れたかったのがお父様と陛下だったのです。だからこそ、幼い私があの方に恋をし、花開いたのを見て焦り。幼い子供のうちに私の記憶を改ざん、殿下の婚約者に置いたのです。
それが真実でございます。
私は記憶が改ざんされた後、婚約者の立場を受け入れてはおりました。仕方ないことだと…。恐らく、私の記憶を改ざんされた際に、華娘の能力の一部が封印されてしまったのでしょう。
だから受け入れた。けれど、殿下のことを私はどうしても好きになれませんでしたの。王妃としての教育をこなしながらも殿下のことを未来の夫として受け入れられてなかったでしょう。
だからこそ、殿下がエカリーテに対し心を傾けたとしても動じなかったのでしょうね、今となってはそれが幸いですが。




