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雅探偵事務所は今日もビンボー

「んきゃああああーっ、うぐっ!?」

 ふわりと身体が浮いたかと思うと、どんと落とされ胃が圧迫される。私を肩に担いで全速力な男が、後ろを振り返りながら叫ぶ。

「舌噛むぞ、黙ってろ!」

「何言ってるのよ、おじさ……んぷっ!」

 元々酔いやすい体質なのに、さっきから胃の辺りが男の肩とリュックに挟まれて気持ち悪い。背の高い男は、右に左にと狭い路地裏を駆け抜けている。その度に頭が男の背中にぶつかって吐きそう。ああ、スカートじゃなくジーパン穿いててよかったっ……!

「いたぞ、あそこだ!」

「てめえ、待ちやがれ!」

 コンクリート迷路の向こうに黒スーツの男達が叫んだ。

 パアン! パンパン! バキッ!

「きゃあっ!?」

 路地に置いてあった青いゴミ箱が弾け飛んだ!?

「ちっ、あいつらハジキ持ってるのかよ」

 ハ、ハジキって……拳銃の事ぉぉぉっ!?

「んきゃああきゃあ、うぐぐぐっ」

 ――なんで!? どうしてこうなったの!?

 ほんの十分前まで、私はリュック一つで家を追い出されたJKだったはず。ネカフェにでも泊まろうかと繁華街をうろついてて、パトロールの警官が見えたから咄嗟に路地裏に隠れて。

 そうしたら、頭の上でパリンと音がして、ガラスの破片が目の前に落ちてきて、黒パーカーに黒ズボン穿いた犯人みたいな男がいきなり目の前に飛び降りてきて。

 すたっと着地して立ち上がった男がグラサン越しに私を見下ろした――瞬間、上から声がした。

「おい、見つけたぞ!」

「ガキと一緒だ!」

「いいから捕まえろ!」

 ちっ、と舌打ちした男は、「一緒に来い!」と私を担ぎ上げて、猛スピードで走り出し――今に至る。


(ううう……ぎぼちわるい……)

 だめだ、酔ってる。ゆさゆさ揺らされて、頭の中、ぐわんぐわんと変な音が。ああ、でも

(声、聞こえなくなった……?)

 後ろから破裂音も聞こえなくなった。

「これに乗れ」

「うぐ」

 唐突に地面に下ろされた私は、ふらつく間もなく唐突に車に押し込まれた。口元を押さえ何とか耐える。反対側の運転席に座った男は、自分と私のシートベルトを締めた後、いきなりハンドルを右に回した。

「んきゃあ!」

 ぎゅんとタイヤが鳴り、車が走り出す。はずみで思い切りドアに肩をぶつけた私に、前から重力が掛かってくる。ハンドルを右手で回しながら、左手でグラサンとフードを取った男は、横目で私を見た。 

「ふう……やれやれ。ま、ここまでくりゃ大丈夫だろ。巻き込んで済まねーな、お嬢ちゃん」

「す、まんで済んだら、警察いらな……んぐ」

 胃液が喉元まで上がって来てる。うううと口を押えて呻く私に、「げ、この車汚すのだけは勘弁してくれっ! 俺が芙美子に殺されるっ!」と焦る男。

 ――誰よ、ふみこ

 心の中でツッコミを入れたものの、気分の悪さはMAXに達していた。

「ほら、これ使えって!」

 しわくちゃのコンビニ袋を差し出された私は、冷たくなった手でそれを受け取った。ふっと顔を上げると、こちらを見ている男とまともに目が合った。

 前髪はくしゃっとカールしてて、鼻ががっつり大きくて、無精ひげが生えてる。そして――緑がかった、たれ目の瞳に私が映ってる。

(――っ!?)

 一瞬気持ち悪さを忘れた。いつもの感覚がない。私は咄嗟に視線を逸らす。男も前を向いて、再び運転に集中してる。

(嘘……何も見えなかった(・・・・・・)……っ!?)

 気味が悪い。化け物。出て行け。

 ずっとそう言われ続けた、この力。なのに、見えないなんて初めてだ。もう一度じっくり見たい……けどお!

(気持ち悪っ……)

 あ、ぶり返してきた。狭い車の中、カーブする度に扉に肩がぶつかり頭が揺れる。胃が上に上がって来てる……っ

「だめ……気持ちわ、」

「わーっ、ちょっと待てえええ! すぐ停めるからよ!」

「う……」

 隣で叫ぶ男の声を聞きながら、私はコンビニ袋に顔を突っ込んだのだった。


「ちょっと、何訳アリ拾ってるのよ、あんたは!」

「いやあ、偶然? ってやつで」

「拾ったんだったら、あんたが面倒見なさいよ! いいわね!?」

「へいへい」

 ――そんな会話を、古ぼけたソファにぐったりと横たわりながら聞く私。天井で、水色ペンキがはげかけたプロペラがのんびり回ってる。

「ほら、あんたも。大丈夫なの?」

「……ふあい」

 よろよろと起き上がった私は、足元の紙の隙間に足を下ろした。真っ赤なネイルの指先からペットボトルを受け取り、こくんと水を飲む。見上げると、これまた真っ赤な七分袖ブラウスに黒のパンツを着た、ド派手なおばさ……あ、死ぬな……お姉さんが立っていた。金髪に近いカールした髪に、真っ赤なルージュ。胸でかっ。牛みたい。

 お姉さんとも目が合った。アーモンド形の猫みたいな瞳……目の奥がツキンと痛む。こっちは、見える(・・・)けど。

(……こんなの、今まで見た事ない……)

 視線をお姉さんの後ろに投げると、私を連れて来た男が、真正面のソファに座っていた。ここはちょうど四人掛けのスペースみたい。でも、脱いだ服やら新聞やらタオルやらが散乱してて、生活感丸出しだよ。掃除してるの!?

 ふわあと大きな生あくびをした男は、くしゃりと髪を掻いた。

「あー、本当済まなかった。あのままお前放置してたら、俺の連れと勘違いされて、あいつらに掴まってマワされて、どこぞに売られる所だったからな」

「……」

 あんたのせいですか、やっぱり。汚れたお皿や封筒が散乱してるテーブルにペットボトルを置き、真っ直ぐ前を――男を見た。

 ウェーブ掛かった黒髪を一つに括って、咥えたばこをふかしてる男。二重のたれ目ってだらしなく見えるなあ。組んでる足見ると、結構長いかも。あごの線もしっかりしてて、男臭いっていうの?

 ――そして。やっぱり何も見えない。

「で? お前何て名だ?」

 私は渋々口を開いた。

「……花園 咲綾(はなぞの さあや)。そういうおじさんは?」

 きゃははとお姉さんが「おじさんだって!」と笑い声をあげた。おじさんはたばこを灰皿に擦り付け、じろりとお姉さんと私を睨み付けた。

「俺はまだ三十五になったばかりだってーの!」

「JKからみたら、おじさんじゃん。……で? おじさんの名前は?」

 二十近くも年上なんだから、おじさん認定してもいいはずでしょ。

「ったく……」

 むすっとした顔で頭を掻きむしったおじさんは、私を真っ直ぐに見て言った。

「俺の名は、雅 浩一郎(みやび こういちろう)。探偵さ」

「へっ?」

 何その、眼鏡かけた小学生みたいな自己紹介文は。探偵って。

「探偵が何で拳銃持った男に追いかけられてるのよ?」

 あ、目逸らした。

「色々あんだよ、大人には」

 とりあえず、こいつがロクな探偵じゃない事は分かった。もう一度ペットから水を飲み、探偵やお姉さんを見たその時、カラン、と音が鳴って、探偵の背中側にある古い木の扉が内側に開いた。そっちに視線をやると、キラキラした金髪が目に入る。

「ほへ?」

(……天使?)

 輝く金の髪に青い瞳、漫画かアニメに出て来そうな美少年が、だぼっとしたトレーナースーツを着て立っていた。ああ、もう! 服装が残念過ぎる! 白のブラウスに黒い半ズボン穿いたら、合唱団みたいなのに!

 天使が眉を一文字にしたまま、口を開いた。

「浩一郎、うるさい。芙美子、化粧がケバい。……誰だよ、あんた」

「へ」

 青い瞳が私の瞳を捉えてる。またツキンとした痛みに襲われた……けど。

(な……なんなの、この子も!?)

 背筋がぞわぞわしてきた。ここにいる人間、皆まともじゃない。おかしい。思わず二の腕を擦った。

「あー、その子は俺が連れて来た。巻き込んじまってな」

 探偵がそう言うと、天使は冷たい目で彼を睨んだ。

「うるさくて、寝れないだろ。こっちは忙しいんだよ」

「へいへい」

 お姉さんが腰に左手を当てて、ふんと胸を張った。何カップあるのか分からない胸が眩しい。

「偉そうに言うんじゃないわよ。真夜中までふらふら起きてるの、あんたの勝手でしょーが、源三郎」

「ふえ!?」

 さーっと天使の顔が強張った。え、げんざぶろう? この子の名前が!? 似合わなさすぎ!  

「そう呼ぶなっ、年増の化粧お化けがっ!」

「大人の魅力が分からないガキンチョのくせに、きゃんきゃん煩いのよ。ねえ、あんたもそう思うでしょ?」

「ええ!?」

 いきなりこっちに振らないでよっ! うううと口籠る私を見て、探偵が深い溜息をついた。

「お前ら、いい加減にしろ。何も知らない嬢ちゃんがかわいそうだろ……ああ、今日はもう遅い。ここに泊まっていけよ」

「はあ!?」

 この散らかった部屋のどこに寝ろと!? 

(ソファは洗濯物で一杯だし、床は見えないし、テーブルの上は洗い物が積み上がってるし……!)

 絶対G(ゴキブリ)がいる。顔を引き攣らせたまま、きょろきょろと辺りを見回した私に、探偵のおじさんはにやりと微笑んだ。

「気になるようだったら、掃除してくれてもいーぞ。別に捨てても困るもんなんかねーし」

 ――ぷちん。

 何かが私の中で切れた。勝手に巻き込んでおいて、何それ!?

(そっちがその気なら……やったろーじゃないの!)

床に落ちた紙をぱぱっと足で退けた後、立ち上がった私はにやける探偵を睨んだ。

「じゃあ、おじさん!」

 びしっと人差し指を探偵に突き付けた私は、お腹の底から大声を上げた。

「掃除機! バケツ! 新聞紙! 揃えて出しなさいーっ! あ、あんた達も逃げないっ! 大掃除するわよっ!」

 ぽかんと口を開けて固まる探偵とお姉さんと天使に、私はふっふっふと黒い笑みを浮かべて見せたのだった。

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