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色めく世界と比翼の旅烏《たびがらす》

 身に染みる寒さに震え、少女は目を覚ました。

 同時にガタゴト、ゴロゴロと車輪が回る音と振動を感じる。馬車に揺られているのだと気づいて、もう一度ぶるりと身を震わせる。


「ん……」


 それにしても、さむい。華奢な腕もあらわな少女は、ぬくもりが欲しいとばかりに胸に掻き抱く。

 重い瞼をやっとのことでこじ開けると、外套(がいとう)を下敷きにしていたらしい。乳白色の霧と薄暗い景色がより一層寒さを感じさせる。

 どうりで寒いわけだ、とぼんやりと考えていると、二の腕のあたりに温かい感触。


「起きたのか? クレア」


 温かい手の持ち主が少女の名前を呼ぶ。

 低い声、男性のものだ。声とともに一番寒さのこたえる二の腕をさすられる。

 じん、と温まる感覚が心地よくて、クレアの意識は再び眠りへと落ちていく。


「――まだ早朝だ。着いたらちゃんと起こすからまだ寝ていなさい」

「んん……さむい」


 少女がそうこぼすと、苦笑する気配に次いで体を抱えられる。


「っと、これでいいか?」


 背中から感じるぬくもりと、布越しの腕の重み。膝の間に座るような形だった。

 ゆりかごのように揺られる感覚にますます睡魔が襲ってくる。少女はそれに逆らわずに身をゆだねる。


「お休み、クレア」

「――うん、おやすみ……ケー……スケ」


 眠りに落ちる直前、何とか言えた義兄(あに)の名前。ようやく安心して意識を手放した。



「――お兄さんはどこからやってきた人だい?」


 少女が眠ったのを見計らって、御者が青年に話しかけてきた。


「どこから……難しい質問ですね」


 青年――ケースケは声を潜めて相槌を打つ。まだクレアが眠ってからまだいくばくと経っていない。


「と、これは失礼……」


 御者も声を潜める。内緒話は馬車の音に紛れてしまい、難しい。この場はあきらめてくれたようだ。

 ケースケはクレアの髪をそっと撫でる。朝霧に紛れるような白髪は、梳いてみるとところどころ引っかかってしまう。起こさないように慎重に梳かしていく。

 幸いにして、あらかた梳かし終わるまでにクレアが起きることはなかった。時々くすぐったそうに吐息を漏らしてはケースケをヒヤリとさせたが、少女の赤い瞳が開かれることはなかった。

 ずれた外套を掛けなおし、少女の体をしっかりと抱きとめる。そうしないと、この子は消えてなくなってしまうのではないかという錯覚に陥ってしまう。


 あまりに白い少女の体。色素の抜けた髪に、赤い瞳。

 アルビノの、典型的な特徴だ。それだけでも注目を浴びるが、その容姿もまた一因となるだろう。

 かれこれ三年の付き合いになるが、年を重ねるごとに幼かった彼女は劇的に変わった。


 花も恥じらう、乙女へと。


 ケースケは改めて膝に抱えた少女を見下ろす。目鼻立ちの整った愛らしい顔立ちに、小柄で小動物を思わせるしぐさ。冷えた腕がじんわりと熱を持ち始めるのを感じ、思わず詰めていた息を吐きだす。

 我ながらずいぶんと過保護だと思うのだが、ケースケはこの熱がふとした瞬間に無くなってしまうのではと思ってしまう。庇護欲を誘うような儚さも、あるいは彼女の魅力なのかもしれない。


(でも少し、ふっくらとしてきたよな。昔に比べて)


 健康的で、いいことだ。ケースケは内心でうなずいていたが、眠れる少女は身じろぎをひとつ。


 そして如何様(いかよう)な偶然か、その肘が青年のみぞおちに入った。


「うっ……」

「? 大丈夫か?」

「いえ、はい。大丈夫です……」


 異変を察知した御者になんともないことを伝え戻ってもらう。料金割り増しなだけあって、よく気の回る男ではあるのだが、少し融通が利かないような気がするケースケであった。


「しかし、白い髪の嬢ちゃんは病気かなんかでそうなるたぁ知ってたが、お兄さんの黒い髪ってのは今まで見たことがねぇなぁ」

「まあ、世界は広いってことで」


 ケースケは御者の質問をはぐらかす。こればっかりは正直に答えたところでまともに取り合ってはくれないだろう。


 青年は再び少女を眺める。身じろぎした際にでもずれたのか、首に巻いている水色のマフラーの下から精緻なきらめきをのぞかせていた。そっと直してやり、マフラー越しに指を滑らせる。

 少女の細い首には不釣り合いな、金色の首輪。出会った時にはすでにはめられていたもの。

 彼女の秘密を、青年はいまだ知らないでいる。


 ◇ ◇ ◇


 しばらくして、馬車は目的地となる街へと到着したようだ。ガラガラ、ゴトゴトという音と振動が緩やかに止まる。


「クレア」

「――ぅん……」


 相変わらず寝起きの悪い少女を揺り起こし、乱れた服装も直してやる。

 ぼうっとした表情で身支度をするクレアを眺めて、ケースケは思案顔。


「――何?」

「いや、う~ん……」


 今朝の様子を見るに、そろそろ袖なしのワンピースではつらいだろう。去年の服は着られなくなるのが目に見えていたため、路銀確保もかねて古着屋に出してしまった。


「町についたら新しい服、買ってやるからな」

「! 本当!!」


 まだ眠そうだった少女が一瞬で覚醒する。現金なものだと思いつつ、緩みかけたマフラーを整えてやる。

 それが終わると、今度は自分の身なりを確認。そして荷物、と手際よく確認作業を終える。


「――よし」


 二人は御者に礼を言うと、通行証を手に町の入り口まで歩いていく。


「ケースケ、次の町はどんな場所かな?」

「仕入れた情報通りなら、いい町だよ。なんてったって、治安がいい」

「……いつもと同じだね」


 クレアはあきれたとばかりにため息をつく。

 不満があるわけではないが、いささか過保護すぎるのではないか。


「私、もう子供じゃないもん」


 ――からだつきはまだまだかもしれないけれど。

 クレアは自分の胸元を見下ろす。16歳ともなれば、少しずつ女性らしい丸みを帯びてきたけれど、全然足りない。


「……」


 胸に両手を当てて、ふにふにと指を動かしてみる。彼女のちいさな手でも全体を包み込めるほど、ふくらみは小さかった。

 大人の女性はみんな、服からこぼれ落ちそうなぐらいあるのに。


「むぅ……」


 未発達の胸に触れて指を動かす少女から目を外し、そっと嘆息する。

 そういうところが心配なのだ。


「はしたないからやめなさい」

「……でも、誰も見てないよ?」


 無自覚なのか信頼されているのか、判断に困った。


 ◇ ◇ ◇


 いよいよ開門の時間となったようで、ぞろぞろと行列が吸い込まれていく。

 検問は町中に身元の不確かな人間を入れないためのもので、事前に発行された通行手形があれば難なく通ることができる。



「さあ、こちらも仕事だ。こんな出来の悪い偽造手形(・・・・)でこの町の土を踏めると思った理由を聞かせてもらおうか」

「ひどい濡れ衣だ……」


 ――ハズだった。

 突然呼び止められて守衛室に通されての尋問。

 門衛が手にするのは正真正銘、役場で発行した正規の手形だ。それをひらつかせてのこのセリフに、ニタニタといやらしい笑みと視線。


「ッ、……」


 悪意を乗せた視線におびえるクレアをみて、さらに笑みを深める門衛。


(こいつ……)


 ケースケのフラストレーションも募るが、刃傷沙汰はさすがにまずい。深呼吸を一つして、何とか激情を飲み下す。


(落ち着け、これは茶番だ)


 要求は、金品だろう。席に座る直前、鍵付きの棚を気にするそぶりをしていたのを見逃さなかった。

 にらみ合いが続いたが、門衛はわざとらしくため息をつき、


「話せんならいいさ、こちらも相応の態度で挑ませてもらおう」


 謝るなら今のうちだ、そんな雰囲気をかもしだして言う。

 ここらが限界だろう。ケースケは無造作に袋を突き出した。


「ふむ……」


 門衛がそっと中身を確認する。

 ケースケはその様子を、固唾を飲んで見守った。もしこの男が渡した金銭以上を要求してきたら、あるいはクレアに価値を見出してしまったら。


(その時は――)


 気取られないように、そっとポケットに触れる。

 ズボンの生地越しに返ってくる硬質な感触こそ彼の奥の手――できれば頼りたくはない、初見殺し(ジョーカー)だ。

 永遠にも感じられた時間が唐突に終わる。硬貨を数えていた男が顔を上げた。


「まあ、いいだろう」


 引きとめて悪かったなと悪びれもせず言う門衛。二人はようやく町に入れることになった、らしい。


 詰め所を出る際、クレアがしかめ面をして不満を表す。


「――納得いかない」

「同感。もう二度とやりたくないな、あのやり取り」

「それもだけど、あのおじさんともう会いたくないよ……」


 情報と食い違う町の現状。先行き不安だが二人はようやく新たな地へ足を踏み入れた。




















「あ」

「なに、ケースケ?」

「……服買う分のお金、使っちまった」

「…………」

「あー、クレア? その、すまん」

「むぅ~……!」


 彼女の機嫌を直すのが先決と、ケースケは説得を試みるのだった。

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