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定跡外れ少女☆光珠ちゃん

私の名前は光珠ちゃん。

光る珠で「みすず」。玉石混淆、数多の石の中でピカリと輝く珠となれ、ってさ。親というものはこう、無邪気に独善的に期待(のろい)をかける。「May I help you?」並みにタチが悪い。

ともあれ私は、今の自分の背丈以上にも、またそれ以下にもならずに等身大の光珠ちゃんに育ったのだった。


私は日曜日の夕方という時刻を好まない。というか、それに付随するあらゆるもの───────要するに日曜日の夕方的状況というものを好まないのだ。日曜日の夕方が近づくと、私の頭はきまって疼き始める。そのときどきによって度合いの多少はある。でもとにかく疼くのだ。両方のこめかみの一センチか一センチ半くらい奥の方で、柔らかな白い肉のかたまりが奇妙にひきつれる。まるでその肉の中心から目に見えない糸が出ていて、ずっと向こうの方で誰かがその端を持って、そっとひっぱっているような感じなのだ。

もし、一切見知らぬ私の運命の人が、その赤い糸を引いて私を手繰り寄せてくれたならば、などと年相応の少女じみた妄想に浸ろうと、この不快感は紛れない。

結局として、私は依然歩を進める。

一歩も動かずとも歩は進む。裏を返せば超理論、とは成らずにと金と成る。

これが私の数少ない趣味である、「一人将棋」と相成ります。

仔犬が己の尻尾を追うかのような、非生産性がニヒルでしょう?

この遊戯を遊戯たらしめるに必要なルールは一つ、『一方に肩入れすることなかれ』である。ペルセウスを助けたアテーナのようにしてはならない。

我流の破茶滅茶変態将棋も、気付けば終盤に差し掛かっている。修羅と帝釈天の闘いのように、或いは北欧の最終戦争の如く、雨霰と斬り合いが勃発する。

一度火蓋が切られれば、両者共に血を見ずに戦が終わることなど有り得ない、と無血にて革命や開城を成し遂げた先人達に全力で中指を立てるようなこのゲームは、時に力強い旋律の様に、または華麗にステップを踏むように、沈黙の中に確かな音楽を奏で、終楽章へと至る。

此度はチャカポコチャカポコというリズムが聞こえてくるような、どこか小気味よく、どこかうんざりとするような戦いであったと言えよう。しかし、それもじきに終わる。

「これをこうすれば……はい、詰み」

退路を失った相手の王に、トドメとばかりに金を突き付ける。これで詰み。将棋を知らない人に説明するならば、チェスでいうところのチェックメイト、もしくは十八歳になった記念に大手を振って買いに行った美少女ゲームをプレイしたらとんでもない地雷だったとき、淫らなシーンの視聴時に運命(ははおや)が突然に扉を開いた時、更には自身の相棒がバベルの塔の様に屹立している時。そんな感じだろうか、いや、少し違うか。

矢鱈と将棋について語っていたが、でも正直なところ、ここでは将棋であるか他のゲームであるかはあまり重要な問題ではない。重要なのはその遊戯で時間を潰せる、ということだ。

恋人もいない、友人もいない、家庭もウン重水素並みの不安定さで崩壊秒読み状態である。

色々アレな女子高生である私が、たまたまハマったのが将棋であったという訳だ。深い理由など無く、ただそれだけのこと。

今でこそ華麗なるぼっち生活を謳歌している私ではあるが、小学校に通っていた頃は普通に友人もいた。それが狂い出したのは中学校での"ある出来事"が切っ掛けである。


中学生、思春期の訪れ。異性への関心が高まり、日常生活でも相手の何気ない動作につい意識してしまう……らしい、そんな時期。

自分で言うのは相当にアレではあるが、私の容姿は結構整っていると思っている。美少女と称しても差し支えない位には。

だがしかし、それで人生イージーモードだと思ってはならない。

ナンパだったり痴漢だったり、ナイフを持った変質者だったりと様々な脅威に晒された私はやがて引きこもりがちになり、高校生の本分も果たせずにいる。

そして家庭内では、私の顔がどちらにも似ていないことから父が不倫を疑い、前からあまり良くなかった家庭内環境がより劣悪なものと化した。地獄は実在する。きっと某小説執筆サイトの運営の方々の中には、この現世が簡単に地獄とコネクトするということを熟知している人も居るのだろう。だから地獄は異世界扱いではないのだろうな。何の話だっけ。


閑話休題。


何故私が突然に、ネット上の一部の人のように自分語りを始めたかというと、先程の"ある出来事"も私の美少女故の悲劇(言ってて猛烈に恥ずかしい)だからである。

少し時は遡り、中学二年生の春。

桜の花びら舞い躍る、そんな始業式。

「(この木を切り倒したらどれだけの紙が作れるのだろう?)」などと考えながら桜の大木を眺めていたら、一人の男子生徒が近寄ってきて、

「……好きですっ!付き合ってください!」

と、最早テンプレと化した告白文句を口にした。だが、ここからがいけなかった。

あの時の返事を一字一句違わず再現しよう。

「あっあの……すごく大掛かりなドッキリですね……」

そう、この娘、言うに事欠いてドッキリなどと言いよったのである。

一応弁明させて頂くと、実は彼女はこれ以前に既に数回告白されているのである。人間基準であれば、ざっと片手の指の数ほど。イカの触腕であればその半分ほどだ。

更に、彼女は普通の女子はそんな頻度で告白されないということも知っていた。

(知っていた、とは言うがもしかしたら実際には十分有り得る話なのかもしれないが、私はその実例を知らない。)

中学制服を着て初めて校門をくぐったあの日からおよそ一年、今回の告白も合わせれば、二ヶ月に一回の頻度である。

頭の中で高度な計算が繰り広げられ、至ったのが「長期的なドッキリ」の可能性。

硬直する彼を置き去りに、私は「どこにドッキリ看板があるのだろう?」と辺りを見渡す。誓って言おう、この一連の発言には一切の悪意は込められていない。ステュクス川に誓ってもいい。

彼は半泣きで走り去った。

次の日からは誰も私に近付こうとしなくなった。

組織的な個人の無視。流石にそれが三日続いた時には私も「どうして無視するの?」と問うたが、クラスの中心たる女子Aはこう仰った。「○○君のことフッたんだってね、それも酷い言葉で。……少しぐらい顔がいいだけで調子に乗るなよ!」

衝撃が体中を駆け巡った。少なくとも私は自分の"顔がいい"と思ったことは無いし、一方的に調子に乗っていたと決めつけるその言い分にも驚いた。

後にAの友人を介して『Aは○○が好きであり、その○○をキツい言葉でフッた私を許せなかった』らしい。ありがちな話だ。

ともあれ、結局卒業まで許されることの無かった私は、高校に進学後も同様にぼっちのポジションに甘んじた。そして今に至るのである。

こうして、家にも学校にも居場所の無い憐れ少女が生まれたのだ。


とは言え、私とて現代を生きる女の子。恋というものに憧れはある。欲しい物があるならばまず行動すべし。穴熊から一歩踏み出すのだ。


時刻は午後五時を少し過ぎた頃、今は夏であるため暗くはなっていない。が、夏なので少し暑い。

白いワンピースに麦わら帽子、サングラスにマスク。この格好だと軟派な男も近付かない。それどころか道行く人が奇異の視線を向けてくるまである。

てくてくと街を歩き、私の運命の人を探すのだ。あてもなく、果ても見えず。

とぼとぼと歩き続け、運命の出会いを待つのだ。いのち短し、恋せよ乙女。

そろそろ歩き疲れ、それでもそぞろに恋を想う。

日ももうじき暮れそうで、頭が疼く。頭から伸びるこの糸は、本当に運命の人と繋がっていようか。

そんな疑いすら、次の瞬間には吹き飛んで消え去っていた。

今私とすれ違った彼、それはまさに私にとっての理想であったのだ。否、運命こそが私と彼をすれ違わせたのだ。

正直言ってそれほど格好いい男の子ではない。目立つところがあるわけでもない。素敵な服を着ているわけでもない。髪の後ろの方にはしつこい寝癖がついたままだ。しかしそれにもかかわらず、私にはちゃんとわかっていた。彼は私にとっての100パーセントの男の子なのだ。彼の姿を目にした瞬間から私の胸は地鳴りのように震え、口の中は砂漠みたいにカラカラに乾いてしまう。

三十分でもいいから彼と話をしてみたい。彼の身の上を聞いてみたいし、私の身の上を打ち明けて……みたくはないな。聞いても面白くはないだろう。そして何よりも、二〇十八年の七月のこの宵の時に、我々がこの街角ですれ違うに至った運命の経緯のようなものを解き明かしてみたいと思う。

彼我の差は十五メートル程。どう話し掛ければよいだろうか。

恋の定跡など知らぬ私は、ここで思い悩んでしまう。そもそもあちらにとってこちらが100パーセントの女の子である可能性は殆ど無い。

だが、そうやって受けに徹していては、相手の王将(ハート)は奪えない。ならば攻めるのみ。攻めに攻めて寄せきる。

サングラスとマスクを外し、遠ざかる背中を追いかける。

「あのっ!」

呼び止める声に気付いてくれたか、彼はゆっくりと振り返る。

ああ、運命がすぐ近くに。私は意を決して、

「少しだけ、近くの喫茶店で話しませんかっ!」

言えた。恥ずかしくて相手の顔が見れない。

そして、私の乾坤一擲の誘いへの返答は。


「これはこれは、中々のドッキリだね」

顔を上げれば、そこにはいつか見たような顔。

「どこにドッキリ看板があるのだろう?」

それらしく辺りを見渡す彼に、私はにっこりと微笑んで。

その顔面を思いっきり殴るのだった。

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