Imaginary Creator ~俺の相棒が何故か神父なんですが!?~
これから始まる戦いを前に闘技場内は興奮に沸き返る。
その上観客たちの天を割らんばかりの大喝采が、これから戦う選手たちの闘志を更に奮い立てる。
そんな闘技場へと向かうための通路に二つの人影があった。
「はぁ……だるい、めんどい、帰りたい。 なあ、エイル。 俺だけ棄権して帰っちゃ駄目か?」
二つの人影の内、幼さの残る声で面倒臭そうに話す人物は十代半ば程の少年の様に見える。
だが、その少年は非常に奇妙な格好をしていた。
銀色の髪に眠たげな金色の眼をしており、若々しい肌の所々には痛々しい傷跡が付いている。
長身痩躯で動きやすそうな服装の上には、全身を覆う大きさの古びたコートを身に纏っている。
腰の辺りには小型のナイフが数本ぶらさがっており、ナイフはどれも光を吸い込むかの様に黒い。
まるで、殺人鬼を彷彿とさせる様な不気味な姿だった。
「駄目ですよジャック? いい加減に覚悟を決めたら如何ですか?」
「うるせえぞ、エイル。 元はと言えばお前がアイツらに喧嘩を売るからだろうが……」
ジャックと呼ばれた少年は声の主に対して愚痴をこぼす。
「私は彼らに喧嘩など売ってはいませ『はいはい、俺が悪かったですよって』……はぁ、ジャックには困ったものですね」
困った子供を相手にするかの様に落ち着いた様子で語り掛ける人影も声からして男性の様だ。
その立ち居振る舞いから少年の保護者の様に見える。
手入れされた茶色の髪、糸の様に細い目ながらも常に笑顔を浮かべている。
しかし、彼も少年と同様に非常に場違いな格好をしていた。
彼の服装は真っ黒な学生服の様だが、足元まで届く程の丈の長さがある。
また、彼が纏う衣類の生地はいずれも絹以上に滑らかで不思議な光沢を放っている。
さらに、その服の上には芸術的とも言える程に精巧な刺繍の入ったガウンを纏っている。
その上、身体の動きを邪魔しない程度に豪華な装飾品を服の随所に身に着けている。
その姿は、これから祭事を執り行おうとする司祭の様にも見える。
だが、彼らが向かう先はこれから選手たちが死闘を行おうとする闘技場である。
さらに、二人の胸元辺りには闘技場で戦う選手にのみ与えられる参加証のメダルを付けていた。
つまりそれは、通路を歩く二人はこれから闘技場で戦う選手であることを意味していた。
「そうは言ってもな、エイル。 正直だるいもんはだるいんだから、しょうがないだろうが……。 はぁ、何でイマクリを始めて早々にこんな面倒臭いことになったんだか……」
そうつぶやきながらジャックと呼ばれた少年は、先程から視界の端に投影されているステータス画面を弄りながら歩き続けるのだった。
▽
――≪ Imaginary Creator Online ≫
『イマクリ』の愛称で呼ばれるこのゲームは、専用のVRギアを頭部に装着し、仮想現実世界での冒険を楽しむことを可能にしたフルダイブ型VRMMORPGである。
『最強の相棒を想像し創造せよ!』というキャッチコピーと共に半年程前に発売され、当時はニュースになる程の熱狂ぶりだった。
そして、このゲームの購入者は皆一様に同じ言葉を口にする。
「このゲームのVRは本物だ。 夢が現実になったかのようだ」と。
現在までに他の会社の開発するVRゲームはどれも五感の再現にまで至っていない。
だが、他のVRゲームとは一線を画する存在であるイマクリでは、現実と遜色がない位に精巧な映像処理技術と完璧に近い五感の再現により、第二の現実とも言うべきファンタジー世界を体験することが出来る様になっている。
そして、イマクリの人気は未だに衰えることはなく、新規プレイヤーたちは熱狂と興奮のままに新たな世界を夢見て参戦し、進化をし続けるイマクリの世界は古参のプレイヤーたちを未だに魅了し続けている。
公式発表によれば、このゲームの世界観は人間や魔物、魔族や神話に出てくる様な者たちが住まう中世を基盤とした剣と魔法のファンタジー世界である。
そして、その世界でプレイヤーたちは冒険者として自由に世界中を回りながら、様々な人たちとの交流を繰り返し新たな世界を創造していくことで物語が徐々に進行するらしい。
プレイスタイルは多種多様で、リアルな映像と五感を通して世界中を気ままに探索し楽しむも良し。
自我を持っているのではないかと思う程、人間味溢れたNPCたちとの会話を楽しむも良し。
鍛冶やアイテム生産に特化したプレイヤーたちやダンジョン探索に特化したプレイヤーたちが協力して活動することも良し。
変わったところでは、プレイヤーを狙う犯罪者とその犯罪者を狩る賞金首によるロールプレイを楽しむ者までいる。
そして、このゲームの人気を支える大きな要因として、相棒と呼ばれるシステムの存在がある。
ゲーム開始時、プレイヤーの半身とも呼べる存在である相棒と呼ばれる唯一無二の仲間が手に入るというものだ。
相棒と言ってもただのNPCではない。
プレイヤー毎に異なるオンリーワンの相棒だ。
使える能力、行動パターン、性格、強さ、種族、さらにはプレイヤー自身の経験値の積み重ねなどに応じて異なる進化をするため、無限に近い組み合わせの相棒が存在する。
特に種族に関しては、それこそ古今東西全ての種族が揃っているのではないかと噂される程の数が確認されている。
スライム、ドラゴン、ゴブリン、ゴーレム、妖精やアンデッドといったファンタジーでも有名な魔物もいれば、エルフやダークエルフ、吸血鬼や鬼人といった亜人種に分類される者も存在する。
噂では妖怪や神話に出てくる様な生物、意思を持った武具や神を相棒にしたプレイヤーもいるらしい。
また、β版時にスライムが相棒だったプレイヤーが周囲の蔑む雰囲気に負けずに、今では最前線で活躍するトッププレイヤーになっているという有名な逸話もあり、単純に種族だけで優劣が決まることがないことも人気の一因となっている。
しかし、膨大な数の種族が確認されている中で唯一、人間の相棒を手に入れたプレイヤーは確認されていなかった。
彼がこのゲームを始める日までは……。
▽
『さあ、会場のボルテージも最高潮に近付いて来たようだな! ここで改めて【葬音実狂】の二つ名を持つこの俺! 実況の〈ディスク〉様と相棒のリズムモンキーの〈ジョッキー〉が簡単な説明をするぜ! 今回の試合形式はイマクリでも好評のデスマッチだ! つまりは、相棒とプレイヤーの両方が戦闘不能になった瞬間に勝敗が決まるって訳だ! つー訳で、早速対戦するプレイヤーとその相棒を紹介していくぜ―――!』
『ウッキ――――!!』
どうやらジャックがステータス画面を弄っている間に、対戦相手は闘技場に入っていたようだ。
『まずは、これまでのデスマッチ成績では常勝無敗のプレイヤー! 付いた二つ名は【剣禍上等】! 一体コイツの快進撃を止められる奴なんてこの闘技場内にいるのか―――!? 近接攻撃が得意な職業である剣闘士の〈オウガ〉選手とその相棒でカウンター攻撃が得意な復讐鬼の〈キラー〉は今日も闘技場を挑戦者の血で染め上げるのか―――!?』
『キィキキィ――――!?』
『ワアアアアアァァァァァァァァァァッ――――――――――!』
実況のディスクとジョッキーが対戦相手の情報を読み終えると、観客の歓声はさらにヒートアップする。
だが、そんな会場の様子に臆することなくジャックたちは歩みを進める。
『歓声サンキューな! それじゃあ、〈オウガ〉選手と〈キラー〉のタッグに挑む命知らずな挑戦者の紹介に移るぜ……ってマジかよ!? 何と、本日イマクリを始めたばかりのビギナー中のビギナーが挑む様だ―――!! オゥ、まるでβ版の頃に起きた伝説の戦いを再現したみたいな展開だな―――!?』
興奮した様子のまま実況は続く。
『あの時も俺が実況していて、当時は初心者感丸出しの少女だった〈フゥ〉選手と彼女の相棒でスライムの〈ユイ〉が逆転勝ちをしたが、あの奇跡がまたこの闘技場で見られるのか―――!? おっと、俺としたことがエキサイトし過ぎて挑戦者の紹介を忘れていたぜ! それじゃあ改めて紹介に入るぜ―――!!』
『ムッキィ―――!!』
ジャックとエイルが通路を抜けて闘技場へと入ると、実況がちょうどジャックたちの解説をし始めていたところだった。
「たくっ、何でこんなややこしいことになっちまったんだか……」
ジャックはそう呟きつつ、こんな面倒なことになった隣にいるニコニコと微笑んだままの元凶を睨み付けながら、改めて今に至った経緯を振り返るのであった。




